異世界転生は突然に

水晶

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 チカチカ、目の前が光っている。

「何だよ、もう・・・」

ぼやきながら、僕は体を起こした。

 どうやら、日光だったようだ。まだ3日目だが、これまでの2日より変な感じがするのは、きっと場所が変わったせいだろう。空を見上げると、太陽はもう高く登っていた。

 いつもよりずっと長く、寝ていたらしい。太陽の位置から考えるとまだ昼前ではあるようだが、いつも自然に起きる時間帯はとっくに過ぎている。

 寝起きのはずなのに、やたら目が冴えているな。何かしただろうか?すごく変な夢を見たような気が・・・。

 僕が思い出せなくて悶々と悩んでいるとふと、地面に書かれた字に目が止まった。

『ステータスと唱えろ』

何語だ?少なくとも僕の母国語、日本語ではない。どちらかといえば、ハングル文字をもっと崩したような感じだろうか。

 ・・・なぜ何語か分からないのに、僕は読めている?

 何が何だか、分からない。でも僕の勘は、この文字が読めることと今朝方に見た思い出せない夢が関係していると訴えていた。

 物は試しだ、何かあったら速攻で逃げたらいいだろう。【ステータス】ということは、危ないことはなさそうだし。小学生や中学生の頃は、毎日ゲームばかりしていたものだ。ひょっとしたらあの頃の知識、まだ活きるかもしれないな。

「ステータス」

ポワッ。

 僕の前に、画面が現れた。

 ・・・まさにまさにのゲーム展開なのは、どうしてくれようか。

 それは良いとして。

 中身は・・・?

[ワカヤマ・リョウ   Level1
HP:∞(年齢により疲労度は変化)
MP:∞
称号   異世界人
        神からの贈り物
        マスターの右腕
        剣術師
        双剣術師
        魔術師
        体術師
        斧術師
        槍術師
        弓術師
        龍騎術師
        変身術師
スキル   言語理解 使用可
           剣 使用可(skill level  100/100)
           魔法 使用可(skill level  100/100)
           武闘 使用可(skill level  100/100)
           斧 使用可(skill level  100/100)
           槍 使用可(skill level  100/100)
           弓 使用可(skill level  100/100)
           変身 使用可(skill level  100/100)
           動物手懐け(言語理解可) 使用可
           身体能力向上 使用不可
           特殊能力 使用不可
  注:レベルが上がるごとに使える技は増えます]

普通か、これ?

 何だかやたら称号が多いし、スキルも何か多くないか・・・? skill level100ばっかりだし・・・。

 まあ、良い。

 勇者とかそんなのじゃなければ、良い。この世界に来てまで、他人と張り合うことはないからな。

 空を見上げると太陽はもう、頭のてっぺんの所まで登っていた。ステータスを見るのにどれだけ時間が掛かったんだ?

 そろそろ昼御飯を探して食べるか、などと思っていた時。

「キュピー!」

「ガウガウッ!」

そばで、動物の争い(?)のような声がした。

 ガサガサガサッ。

 茂みを掻き分ける音と共に。

 ピョーンと、兎が僕の方へ飛んで来た。

「ええ⁉︎」

慌てて、受け止める。ふわふわで、柔らかい。この世界にも、動物がいたのか。

「待てやゴラァ!」

ヤクザか、おい。

 そのヤクザっぽい声を出したのは、兎を追い掛けていたらしい虎だった。

「助けて!怖いよぉ・・・」

兎がひしっと僕にしがみつく。

「そこの兄ちゃん、俺の昼御飯返せや!」

なぜか、虎に怒られた。

「怖がってるのを無理に食べるのは、どうかと思うんだけど」

目の前に動物園の虎以上に大きい虎がいるのに、案外冷静に返せた。

 そこで、気付いた。

 音が戻っている!

 自分の発した声も聞こえるようになっているし、兎や虎の声も聞こえている!

 やっと、普通の世界の感覚が全て戻ってきたような気分だ。

ーーーこの時は、何で兎や虎と話せているのか、ということには頭が回っていなかった。

「俺はここで飢え死にする訳には行かんねん!ワカヤマリョウって人に会わなあかんねや!」

え?

 ひょっとして、この虎が探しているのは僕なのか?

 虎に探される理由はないと思うが・・・?

「一応僕もワカヤマリョウだけど」

「⁉︎」

虎が驚いたように一歩引いた。

 そして、恐る恐る・・・という感じで尋ねてきた。

「兄ちゃん、ほんまなんか・・・?」

「同姓同名の別人を探してるなら別だけど」

ありえそうな可能性を示唆すると、虎はぶるぶるっと頭を振った。水を払う時の動作みたいだな。

「それはありえへん。だって俺の主人は、ワカヤマリョウって人は1人しかおらんはずやから、分かりやすいよぉって言ってくれてん。主人の言葉は絶対や。間違っとうはず、ない!」

そんな自信たっぷりに宣言されても。ていうか、虎に主人なんかいるんだな。

「じゃあ何で君は、僕を探していた?虎に探される覚えはないぞ」

素朴な疑問をぶつけると。

「だって兄ちゃん、【転生者】やろ?」

息が止まるかと思った。

 何でこの虎が、僕の個人情報を持っている?しかもそんな急に。驚かせるなよ。

「そうだが、何だ?」

「俺の主人が、転生者の人について行って世界中を旅してきぃって言ってん。だから俺はこの一ヶ月、ずっと『ワカヤマリョウ』を探してた」

世界中・・・。

 そんなに広く回る予定はないんだが。

 普通に、ゆったりのんびり過ごせれば良いんだが。

「僕はそんなに広く回る気はないぞ。せいぜい2個か3個くらいの街で過ごすつもりだからな」

「⁉︎」

僕がそう言うと、虎はまた驚いたようで一歩引いた。だんだん下がってく感じの虎を、僕の腕の中から兎が不思議そうに見つめている。

「じゃあ頼む、俺を連れってくれ!」

・・・何でそうなる。

「嫌だ」

「⁉︎」

了承されると思ってたのか、こいつ・・・。

「大体、君と組むことで僕に何のメリットがある?何もないだろう?自分の身くらいは自分で守れるし、君もそれは同じはず。わざわざ連れて行く意味などない」

と、急に兎が僕の腕の中から顔を出した。

「ねぇ主人、私は連れてってくれる?」

うーん・・・。あったかいし可愛いし、さっきみたいにまた襲われて食べられたら可哀想だからな・・・。あ、差別じゃないぞ!

「君が行きたいと望むなら」

「わぁい、行く行く!足手纏いにならないよう気をつけるから、よろしくお願いします!」

即答か。

「俺も!俺も連れてってくれやぁ!」

「だから嫌だと言ったろう?しつこいぞ、虎」

兎に便乗したのか、あれだけ言ったのにまだ連れて行けと言ってくる。まったく。

「主人、私に名前を!」

兎が話しかけてきた。

 名前って、主人となった人間がつけるものなのか?大概、『〇〇とお呼びください』だと思うのだが。

 改めて、兎をじっくり見てみる。ふわふわで、真っ白。穢れなき色ってこんな感じなのか、と思う程。ちょっと長めの耳に、お団子サイズくらいの尻尾。ちなみに兎の体自体は、両腕で抱えられるほどだ。小さい体だから、あんまり基準にはならないかもしれないが。

 真っ白だから・・・シロ?いやだめだ、これでは犬の名前のようになってしまう。

 ユキ・・・とか?

 在り来たりか?シロよりはマシだし、ある程度在り来たりでも兎だから・・・。でも、そんな考えでつけるのか?

 案外、名前をつけるってのは悩むものだ。

 そういえば、石の種類にホワイトシェルってのがあったな。ちょっとこいつの色に似ていないこともないかもしれない。

 白蝶石、ホワイトシェルから取って、シェルにするか。うん、良いかも。

「よし。お前の名は、今日からシェルだ」

「なんかかっこいい・・・・。主人、私には勿体なくないですか?」

上目遣いでじーっと僕を見ている。

 お前だから、似合うのに。

「似合ってるから付けたんだぞ。よろしくな、シェル」

「はい、主人!」

シェルはすごく嬉しそうに、パアッと明るく笑って言った。

 可愛いな・・・。

「おい!お前ばっかずるいぞゴラァ!」

あ。

 シェルのことしか考えてなくて、虎のことをすっかり忘れてた。

「怖いよ、助けて主人!」

シェルが震えながら擦り寄ってくる。

「ほら、シェルを脅かさない。君のこと忘れてたんだから、しょうがないだろ」

正直なことを言うと、しなしなっと萎れる音が聞こえそうなくらい、一気に虎のテンションが下がったのが分かった。

 すると。

 ポワワンッ。

 不思議な音がして・・・辺りが一瞬真っ白になった。

「何だ?」

キョロキョロとそこらを見回しているうちに、さーっと白い霧のようなものは引いて行った。

「何だったんだ・・・?」

「あ、主人、あれ!」

僕が首を傾げていると、シェルが何かに気付いたようだ。シェルの見ていた方向を見ると、そこには・・・。

 シェルよりも小さい、虎がいた。

「はぁ?」

どこから出てきたんだよ、こいつ。

「主人、あの虎、さっきまでいたあいつじゃないですか?」

「ええぇ?」

確かにシェルの指摘通り、さっきまでいた大きいのがいなくなっている。その代わりに・・・ミニサイズの虎がいる。

 ふっと笑いが込み上げてきた。

「ふふふ、ふふ・・・あっはっはっはっは!お前、まさか自分の大きさ偽ってたのか⁉︎」

ついつい、大笑いしてしまった。顔を真っ赤にした虎が反論する。

「だ、だって・・・。連れて行ってもらおうと思ったら、こんなに小さかったらダメやろ⁉︎『母親の所にでもいろ』で終わりやろ⁉︎だ、だから・・・」

笑っちゃいけないと思いながらも、笑ってしまう。

「まさか、自分の身は自分で守れるだろって追い返されるとは、思ってな、かって・・・」

虎の体がふるふる震え始めた。声も震えている。どうかしたのか?

「お、俺・・・あんたに連れてってもらえ、なかったら、おわ、終わりなんよぉぉぉ・・・」

虎の目から涙が溢れた。

「うわぁぁぁぁぁーん、ぐっ、うわぁぁぁぁぁぁん!」

涙をボロボロこぼして顔の毛を無茶苦茶にしながら、虎は泣き出してしまった。笑って傷つけてしまったか?

 虎の体をよく見ると、毛並みが衰え、明らかに腹の部分が痩けていた。体力を相当使ったのだろう。泣きながら、時々苦しそうに息を吐いている。

 どれだけ長い旅をしたのだろう。たかだか僕を探すためだけに、姿まで偽って・・・。

 無意識に、虎の頭に手を乗せていた。驚いたようにピクッとして、涙に濡れた顔を上げる虎。

「悪かったな、色々と」

ふるふると首を振る虎。

「兄ちゃんのせいじゃない・・・。俺が最初からこの姿で出れば良かってんもん」

涙目で懸命にそう言う虎は、すごく可愛かった。

「お前が付いてきたいと望むなら、」

こう言ってしまったのも、無理はないと思ってほしい。

 自分の所為で、傷つけてしまったのだから。

「ついて来ても、良いぞ」

「ほんま⁉︎」

虎はぱっと顔を上げ、キラキラした目でこっちを見た。

 ・・・可愛い。
「ああ」

「じゃあ兄ちゃん、俺に名前付けてくれや!」

「お前、主人いたのに名前ないのか?」

「うん。名前っていえる名前はつけてもろてなかった」

またか。

 黄色と黒・・・。石シリーズでいくとしたら、まさに黄色と黒あるが・・・。『タイガーアイ』ってなぁ。そのままになってしまうし。

 石、石、石・・・

ーーー考えること、5分。

 黄魔石から取って、コーマとかどうだろう。カタカナにしたら、結構かっこいい。

「コーマってのは、どうだ?」

「うん!めっちゃ良い!兄ちゃん、ネーミングセンス最強とちゃう?」

ぱあぁっと音が聞こえそうなくらい顔を輝かせた虎・・・コーマに、褒められた。

 何でこうもシェルといいコーマといい、こんなに喜ぶんだ?まあ、可愛いから良いけど・・・。

「主人。ちょっと良いですか?」

シェルが話し掛けてきた。

「ん、何だ?」

「私を食べようとしたこいつを、味方に入れるのですか?主人は優しすぎますよ」

あ、そういえば。

 シェルにものすごく睨まれた。兎ってこんなに迫力あったか?

「そうだな。じゃあコーマ「姉ちゃん、ごめんなさい!」

『じゃあコーマ、シェルにまず謝ろうか』って言おうとした瞬間に、コーマが自分から謝った。おっとびっくり、じゃない、感心感心。

「ね、姉ちゃん?」

シェルがびっくりして、目をパチクリさせている。
いや、まだましだと思うぞ?僕なんか『あんちゃん』だからな。姉御とか言わないだけまだ良いと思うが・・・。

「え、姉ちゃんって呼んだらあかんかった?歳上やし、お姉ちゃんみたいやったから・・・。ごめんなさい」

コーマがシュンと項垂れる。

「い、いや別に、良いんだけど。ちょっと驚いたから」
シェルが慌てて否定する。

「じゃあ、姉ちゃんや!」

まだまだ幼いと分かる、あどけない笑顔でコーマは笑った。

 憎めないね、コーマ。

「うん。よろしく、コーマ」

やっとシェルが、普通に挨拶した。警戒心とか恨みっぽいのは消えたみたいだ。良かった。

「よろしく、姉ちゃん!」

まるで、兄弟みたいだな。仲良くしてくれよ、と思うのは俺の勝手な都合だが。

「「「グウゥゥー」」」

急に、3人いっぺんに腹が鳴った。顔を見合わせて、笑いあう。

「何か食べるか!」

僕が言うと、 

「じゃあ主人、私はその辺で果物とか拾って来ますね!」

とシェルが飛び出して行き、

「俺もなんか捕まえてくる!」

とコーマも走り出す。

 勿論コーマは、ポワンと姿を変えてから。

 僕は近くでヤシの実の殻のような物を探して、2つに割り、泉から水をなみなみと入れた。

 僕みたいに手で持てない分、ペットの水皿みたいにしたつもりだ。案外殻は安定感があり、倒れて水が溢れる、ということはなかった。

ーーー数分後。

 僕らはわいわい談笑しながら、昼御飯・3時のおやつを合わせたような物を食べていた。

 シェルは林檎のような果実や、スイカとメロンを合わせたような大きい物まで、沢山拾って来てくれた。どれも甘くて美味しく、後で泉の水と果汁を混ぜてジュースを作ってみるかな、と思った。

 コーマは雉を3羽捕まえてきてくれた。いや、雉かは分からない。一番似ているのが雉なので、仮で名付けただけだ。木と木を擦り合わせて起こした火でじっくり焼いて食べると、熱い肉汁が口の中に広がり、ものすごく美味しかった。この世界に米があったら、丼にして食べるのだが。

 食事後は、今後どうするかを話し合った。コーマによると、案外このオアシスは狭く、半日あったら余裕で回れるくらいらしい。人が訪れたことはあまりないと思うと。

 シェルは逆に、よく人が訪れていると言った。案外、狩りなどに来る人がいるらしい。実際、何度も狩られかけたと、経験者は語った。

 狩って食べるのか、ゾッとするな。でもこれは、朗報かもしれない。人がよく来るなら、森の中にいれば見つけられる可能性が高くなる。ああ早く、屋内に泊まりたいものだ。

 その他にも色々と話していると、時間はあっという間に過ぎ、辺りが薄暗くなっていた。

 3時くらいにあれだけ食べたので、全然腹は減っていなかった。行水して寝るか、と考えていると。

 急に、頭の中で声がした。

『洗浄と唱えよ』

「せ、洗浄?」

やってみないと分からない、と覚悟を決めて唱えると、体と服、両方に水が流れ落ちる感覚があった。だが触ってみても、全然濡れていない。

「・・・?」

ふっと自分の手を見ると、さっきうっかり付けてしまった泥汚れが消えていた。意識すると、汗のペタペタ感や自然と出る垢の気持ち悪い感じが消えているのを感じる。

すごいな。これは便利だ。昨日もこういうアドバイスがあったら良かったのに。

「コーマ、シェル、ちょっと来てみろ」

折角だから、2人とも洗うことにした。

「何ですか、主人?」

「兄ちゃん、呼んだ?」

2人がトコトコやって来る。

 2人いっぺんにいけるか?と思いながら、唱えた。

「洗浄」

「きゃっ!」

「ヒャァ!」

水の感覚がくすぐったかったのか、2人とも小さく悲鳴をあげた。『ヒャァ!』って・・・コーマお前、虎だろ?威厳形無しだぞ。

 可愛いから良いけど。

 2人共、ピカピカになったようだ。シェルがすごく驚いている。

「すごいですね、この魔法!主人、ありがとうございます!」

「兄ちゃん、ありがとう!」

2人の笑顔に、ふわっと僕の心が温かくなった。

この笑顔を、守らなければ。僕自身が、幸せでいる為にも・・・!

ーーー危機は間近に迫っているなんて、思いもしなかった。
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