異世界転生は突然に

水晶

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 ざくざく、ざくざく。

 音を立てて、足元の砂を蹴散らしながら、ラクダが進む。

 ゆらゆら揺れる背中の鞍でうとうとしていた僕は、ふっと目を覚ました。

「んぁ・・・?」

一瞬ここが何処だか分からなくなる。心地の良い振動に、再び眠気が襲ってくる。視界が白く霞み、瞼がだんだん落ちていく。

  二度寝するか・・・。

 僕はそう思い、再びジュークさんの背中に頭を預けた。

 と、その動きが分かったのか、突然ジュークさんが口を開いた。

「起きたなら、起きとけ。あと数分だぞ」

もうそんなに進んだのか?

 若干眠気が覚めないまま、辺りをゆっくりと見渡す。まだ月は、僕らの真上だ。確かジュークさんは、丸一日掛かると言っていたが・・・結構早く着いたのか。

「思ったより、早く着いたな」

独り言のようにボソッと呟いたのが聞こえた。ジュークさんも同じことを思っていたようだ。

 しかし、周りを見回しても、里や村のようなものは見えない。ただ、荒野の土が薄茶色から赤っぽい土に変わっている。それに、岩や草がぱっと見で無いのが分かる。

「本当に里が近くなんですか?」

疑うわけではないが、つい聞いてしまった。あと数分だぞと言われたのに明かりなどが一切見えないとなったら、聞かずにはいられないだろう。

「ああ」

ジュークさんは一言しか答えてくれなかった。やっぱり失礼な質問だっただろうか。

 と、ふっと視界に妙なものが飛び込んできた。

 地面に、ボタンが付いている。

 洋服などのアレではなくて、ポチッと押す方のアレだ。地面に落ちているのかと思ったが、コンクリートのような漆喰のようなもので固められているところを見ると、違うようだ。しかも、若干赤土を被せて隠してある。

 なぜ、こんな所に?

 僕が訝しんでいると、ジュークさんは言った。

「着いたぞ」

「え?」

まだ、荒野の真っ只中だ。何処にも建物はないし、さっきまでと地面も同じ。何やら妙なボタンがあるが、違うものといったらそれだけだ。

 ボタンの前でひらっとジュークさんはラクダの上から飛び降りた。ざくざくと歩いてボタンの上まで進み、

「ええ⁉︎」

思わず声をあげてしまった。ジュークさんが、ボタンを思いっきり足で踏みつけたからだ。

 不思議にも、バキッと壊れたような音はせず、すうっとゆっくりとボタンが押された。

 ゴゴゴゴゴ…

 地響きのようなものが、ボタンの少し向こうの辺りから聞こえてきた。

「何をしたんですか?」

僕が尋ねると、

「見ればお前も分かる」

とやっぱりそっけない答えが帰ってきた。

 ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴゴゴ…

 地響きの音はますます大きくなっている。

「んあ⁉︎」

隣で間抜けな声がしたので見てみると、音でコーマが目を覚ましたようで、こっちを見て目をぱちくりさせていた。

「兄ちゃん、何の騒ぎや?」

「さあね」
僕はそのままを答えた。実際、何が起こるのか僕も分かっていなかったし。

 ゴゴゴゴゴ・・・ズズズズズ・・・

 何かが地面から出てくるような音がし始めた。一体・・・?

 ズズズズズ・・・ドォン!

 鈍い重低音とともに、それは姿を現した。

 細長い、四角い箱。これが僕の、第一印象だった。ティッシュの箱を、大きくしたような感じだ。てらてらと光る銀色のボディ。かなり古いものだろう。沢山の傷と、磨き込まれたような跡が、それを物語っている。そして、ティッシュの箱ならばティッシュが出てくる部分に、扉が付いている。

 ひょっとして、これは・・・。

「ティンガングーだぞ。見たことがないか?」

ジュークさんが僕の隣へやってきて、言った。ティンガングー? なんだそれ。

「ティンガングーと言うんですか? 僕は、エレベーターと呼んでいますが」

 僕がそう言った瞬間。さっとジュークさんの顔色が変わった。無愛想な感じから、一気に疑うような鋭い目つきになる。何だ?何も悪いことは言っていないのだが。

「まぁ、いい」

僕をじろじろと眺め回していたジュークさんは、ぱっと目を逸らして呟くように言った。

「それに・・・で、・・・だからな」

「え?」

「いや、何でもない」

ジュークさんの声は、風に運ばれてしまい、僕の耳まで届かなかった。

 ざくざく。

 ジュークさんはティンガングー?の方へ歩いていく。そして、ガチャっと扉を開けた。

「乗れよ」

「あ、はい!」

慌てて、転びそうになりながら乗った。シェルとコーマも、砂に足を取られてよろよろしながら走り、乗り込んだ。

 と、ジュークさんが自分は乗らずにバタンと扉を閉めた。

「あれ、乗らないんですか?」

僕が驚いて尋ねると、

「俺の仕事はまだ終わっていない。ラッテラとスルバは違う場所だしな。里に着いたら、俺の紹介だと言え。きっと歓迎してもらえる」

そうか、ラクダはここには乗れないな。

「リョウ・・・だったか? 少年」

ジュークさんが、僕に目を据えて言った。

「言動に、気をつけろ。口を滑らせるな。万が一何かあっても、きっと俺は手出しができない」 

「・・・? 分かりました」

「じゃあ、またな」

ラクダに乗り、颯爽と視界から消えていくジュークさん。言葉の端々から、心配そうな感じが伝わってきて。この人だけは絶対に裏切らないな、と思った。

 ジュークさんに人望があるのは、こうやって人を心配できるからかもしれない。この世界はどうだか分からないが、前世ではこうやって人を気遣う人が少なくなっていると、テレビのアナウンサーが憂いていた。

 だんだんティンガングーが、砂の中へ潜っていく。消えていく地上の視界に、僕は暫しの別れを告げた。

 ゴゴゴゴゴ・・・

 真っ暗な砂に、押しつぶすような圧力を感じる。周りから、無言で責め立てられているような、そんな圧力。

 気分が悪くなり、思わずしゃがみ込んだ。長く乗っていたら、閉所恐怖症になりそうだ。暗闇の重圧も、怖さとなって僕に襲いかかってくる。

 ゴゴ・・・ズズズ・・・ズン。

 音がゆっくりになり、地面にどさりと着いたような感じがした。辺りを見回すが、真っ暗なままだ。これは、どうすれば・・・?

 すると、向こうの方からガヤガヤと、人の声が聞こえてきた。最初は声だけだったが、次第にチラチラと松明のような灯りも見え始めた。

 ザッザッザッ。

 結構大人数の足音だ。ここに来るのか?

「新しく来た人! そこにいるんかー?」

誰かに呼び掛けられた。悪い人かどうか調べているのか?曲がり角のところで、何やらやっている。ちょうど、こちらからは見えない位置だ。

 扉を開けようとしたが、開かなかった。ガラス張りのところから首を伸ばして覗き込むと、外から簡易タイプの錠が掛けられているのが見えた。

 ジュークさんは、僕らを閉じ込めたのか?

 いやそれとも、そういうルールなのかもしれない。下へ降りている途中に開いてしまったら、大変なことになるだろうし。

 よく見ると、僕の手元にもトイレにあるような錠があった。こちらは開いている。まあ、誰も閉めていないから当たり前だが。どちらかを閉めなければならないのだろうか?

 「おーい、新しい人ー? 無事かー?」

僕はハッとした。呼びかけに答えるのをすっかり忘れていたのだ。

「はい、無事でーす! ですが、扉が外から閉められているので、開きません! 開けていただけませんかー?」

向こうにちゃんと届くだろうか、と危惧しながら叫んだ。若干ティンガングーの壁がビリビリと震える。シェルとコーマが耳を塞ぐ。ちょっと声を張りすぎたか。

「分かった、ちょっと待っとれ!」

角を曲がって、松明を持ったおじさんがやって来た。

 ガチャリ、ガチャガチャ。

 バタン。

「どうも、初めまして」

にっこり笑って、おじさんが開けてくれた。だが、目は探るように僕を見据えている。

「すみません、ありがとうございます。僕はリョウと言います。ジュークさんの紹介で来たんですが・・・」

「ああ、ジュークの!」

僕の言葉を聞いた途端、おじさんはホッとしたように息をついた。

「で、こちらは・・・?」

おじさんが再び探るような目になって、シェルとコーマを見つめた。

「コーマです」

「シェルです」

2人が緊張したように言った。というか、すごく緊張しているのが伝わってくる。体がカチコチだ。やっぱり、慣れない名前を名乗るのはきついか?

 おじさんはまだ、疑り深くじろじろと2人を眺め回している。

「ああ、この2人は僕のお付き・・・というか使い魔・・・というか、家族のような存在なんです。今は人化してますが、本当は召喚獣のような感じです。ジュークさんに確認していただければ、この2人も僕と一緒にいたことが分かりますよ」

もちろん召喚獣という単語は昔の知識だ。ゲームの。

「分かった、後で確認しておこう」

おじさんはとりあえずでも信用してくれたようで、2人から目を離した。

「じゃあ、儀式的なものだが身体検査とステータス確認をさせてもらっても構わないか?」

「あ、はい」

確かに、悪い奴をあぶり出す時には要るんだろうな。まだ、ここなら何とか撃退できるのだろう。

 角からまた何人かおじさんたちがやって来た。それぞれ鉄パイプのようなものや木の枝のようなものを持ってきている。

「じゃあ、まず身体検査から行う」

「「「はいっ!」」」

最初に来たおじさんが言い、後から来たおじさんたちが揃えて返事をした。まるで部活みたいだ。

 まず、鉄パイプっぽいものを持ったおじさんが来た。

「はい、じゃあちょっとチェックさせてもらいますよー」

人の良さそうなおじさんたちだ。良かった。シェルとコーマも寛いだようで、笑いながらおじさんと話している。

 空港の金属探知機のような感じらしい。体には触れないが、なぞるように服の上をあちこち動かしている。

「はい、終了! 協力ありがとうなー」

約2分後。終わったようで、金属探知機もどきを持ったおじさんたちは離れて行った。入れ替わるように、今度は木の枝のようなステッキのようなものを持ったおじさんが来た。

「じゃ、ステータス確認させてもらうぜ。順番決めて、適当に並べ」

「俺、先行ってええ?」

コーマが言ってきたので、許可した。シェルは2番が良いと言ったので、僕は自然に1番最後になった。

 コーマもシェルもさーっと終わったので、僕の番はすぐに来た。

「確認するぜ。くすぐったいかもしれないが、気にすんなよ」

おじさんが言い、僕の頭の上に棒をかざした。

 何だか変な感覚だ。頭の中身が抜かれていくような、中を触られているような。意外とくすぐったい。思わず、少し笑ってしまった。

「おい!」

と、急におじさんが叫んだ。

「お前・・・【異世界人】で【転生者】って、本当か⁉︎」

「え・・・はい」

確か、ステータスを見た時にそんな称号があった気がする。

「お前、ティンガングーのことを前世で何と呼んでいた?」

おじさんが、懸命に自分を落ち着けるような仕草をしながら言った。

「エレベーターです」

「ああ、やはり・・・」

おじさんががっくりと項垂れた。

「何だと⁉︎」

「あいつが⁉︎」

ざわざわとおじさんたちが騒めいた。

「何か都合の悪いことでも?」

僕が聞くと、おじさんは噛みつくように答えた。

「大ありだよ!」

そして、くるっと後ろを振り向き、1番近くにいたおじさんに言った。

「おい、こいつをあそこへ」

「分かりました」

腕を掴まれ、引きずるように連れて行かれる。

「ちょっと待てよ!僕をどこへ連れて行くんだ⁉︎」

「行ったら分かる。黙ってろ」

階段がある細い通路に入った。僕は掴まれた手を振り払おうと暴れたが、3歳児の体ではやはり勝てない。どんどん、松明の灯りで溢れていた広場から遠ざかって行く。 

「シェル!!!コーマ!!!」

絶叫すると、広場から微かに2人の声が聞こえた。

「兄ちゃん!兄ちゃん・・・!!!」

「主人!あるじぃぃぃーー!」

「シェルーー!!!コーマーーー!!!」

「煩い、黙れ!」

叫んでいると、僕の手を掴んでいるおじさんに引っ叩かれた。

「うわぁっ!」

口の中に、ジワリと血の味が広がる。

 それでも、僕は叫んだ。

「シェル!!!コーマぁぁ!!!」

しかし、上でおじさんに口を塞がれたのか、返事は返って来なかった。

「あぁ、あぁぁ・・・」

絶望が僕を襲った。もう望みがないと悟り、涙が溢れ出す。

 視界から完全に、灯りが消えた。


ーーーそして、冒頭に戻る。
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