1 / 13
始まりの始まり
しおりを挟む
あれは、俺がまだ高校の教師になっておらず、教員採用試験の勉強をしていた頃だ。
俺の住むアパートから見下ろしたところに小さな公園がある。公園と言っても、ブランコと滑り台しかない小さな小さな公園だ。
普段人が全く来ない公園で誰かが走っている音が聞こえる。俺は、窓から公園を見下ろす。すると、小学六年生くらいの少女が1人、汗を流して走っていた。長くても、10分くらいだと思っていたが、少女は1時間以上ずっと走り続ける。それが、昼ならまだいいだろう。しかし、その時は深夜一時頃だった。
1週間後も走っていたので、俺はなんで深夜に走っているのか尋ねてみた。
「おい、そこのガキ。」
「すっ、すみませんっ!」
俺の言い方が悪かったのだろうか?いや、それにしても怯えすぎていた。肩が異様な程に小刻みに震えていた。俺は、少女に謝る。
「すまん。別に怒ろうって思ったわけじゃねえ。」
「…?」
少女は、今まで下を向いていたのだが、俺の方を見上げる。
そして、その時俺は、初めて気づいた。少女の身体だけでなく、顔にもある痣に。
「お前、なんでこんな夜中に1人で1時間以上も走ってんだ?」
「…もうすぐ運動会で、そのっ私、足遅くて…皆に迷惑かけないようにって思って…です。」
謝ったときは、すごくなれた敬語だったのだが、普通の会話は慣れていないようだった。敬語が、おかしかった。
「お前、クラスメイト想いなんだな?運動会ごとき適当にやればいいだろ?」
「もし、私が足ひっぱったらイジメがもっと酷くなるからです。」
「その痣は、クラスメイトにやられたのか?」
少女は、再び下を向く。
「うっ、うん…です。」
俺は、冷ややかに言う。
「嘘だな。今の餓鬼がそんな痣が出来るようなイジメするわけねーだろ。お前、親から虐待されてんだろ。その虐待から逃げるために深夜に走ってんだろ。」
少女の目から、涙がこぼれる。そして、大声で泣きそうになった時、俺は言った。
「俺の部屋、来るか?」
自分でもどうしてそんな事を言ったのか、分からない。少女は、頷く。それを見て、俺は急いで階段をかけ降りる。
「はあ、はあ。」
流石に階段をかけ降りるのは、疲れた。乱れた息を整え、俺は少女に言った。
「来いよ。」
少女は、小さく頷く。
少女の小さな手を握り、階段を上ってるときに感じたのだが、少女の手は凄く冷たかった。
「お前、痣の手当とか、してんのか?」
「…してない…です。」
「そっか。じゃあ、手当の仕方教えてやるよ。」
「…こっ、こういう時なんて言えばいいの?…です。」
少女は、〖ありがとう〗という言葉を知らなかった。考え直せば、当たり前かもしれない。イジメを受け、唯一の救いである両親からも虐待を受けて、どこにありがとうをいう場所があるだろうか。
俺は、笑う。
「ありがとうって言えばいいんだよ。」
「あっ、ありがとう!です。」
少女は、嬉しそうに笑う。俺は、その少女の笑顔を見て、いい教師になろうと決意した。
「俺と一緒に住むか?」
「そんな方法あるの?」
「あるさ。児童相談所にお前が、親から虐待されてる事言えばいいんだよ。」
「…でも、私…お母さんとお父さんが私に暴力振るうことで幸せならそれでいい…です。それで…いいのっ(泣」
少女は、俺に迷惑かけないためなのか声を挙げずに泣いた。
「じゃあ、もし辛くなったら、俺のとこに逃げてこい。助けてやる!」
少女は、嬉しそうに頷く。
「うん。うん。ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
少女は、覚えたばかりのありがとうを何度も言った。
そして、俺はその二年後に高校教師になった。
しかし、少女を初めて家に招いた時以来、少女は来なかった。
俺の住むアパートから見下ろしたところに小さな公園がある。公園と言っても、ブランコと滑り台しかない小さな小さな公園だ。
普段人が全く来ない公園で誰かが走っている音が聞こえる。俺は、窓から公園を見下ろす。すると、小学六年生くらいの少女が1人、汗を流して走っていた。長くても、10分くらいだと思っていたが、少女は1時間以上ずっと走り続ける。それが、昼ならまだいいだろう。しかし、その時は深夜一時頃だった。
1週間後も走っていたので、俺はなんで深夜に走っているのか尋ねてみた。
「おい、そこのガキ。」
「すっ、すみませんっ!」
俺の言い方が悪かったのだろうか?いや、それにしても怯えすぎていた。肩が異様な程に小刻みに震えていた。俺は、少女に謝る。
「すまん。別に怒ろうって思ったわけじゃねえ。」
「…?」
少女は、今まで下を向いていたのだが、俺の方を見上げる。
そして、その時俺は、初めて気づいた。少女の身体だけでなく、顔にもある痣に。
「お前、なんでこんな夜中に1人で1時間以上も走ってんだ?」
「…もうすぐ運動会で、そのっ私、足遅くて…皆に迷惑かけないようにって思って…です。」
謝ったときは、すごくなれた敬語だったのだが、普通の会話は慣れていないようだった。敬語が、おかしかった。
「お前、クラスメイト想いなんだな?運動会ごとき適当にやればいいだろ?」
「もし、私が足ひっぱったらイジメがもっと酷くなるからです。」
「その痣は、クラスメイトにやられたのか?」
少女は、再び下を向く。
「うっ、うん…です。」
俺は、冷ややかに言う。
「嘘だな。今の餓鬼がそんな痣が出来るようなイジメするわけねーだろ。お前、親から虐待されてんだろ。その虐待から逃げるために深夜に走ってんだろ。」
少女の目から、涙がこぼれる。そして、大声で泣きそうになった時、俺は言った。
「俺の部屋、来るか?」
自分でもどうしてそんな事を言ったのか、分からない。少女は、頷く。それを見て、俺は急いで階段をかけ降りる。
「はあ、はあ。」
流石に階段をかけ降りるのは、疲れた。乱れた息を整え、俺は少女に言った。
「来いよ。」
少女は、小さく頷く。
少女の小さな手を握り、階段を上ってるときに感じたのだが、少女の手は凄く冷たかった。
「お前、痣の手当とか、してんのか?」
「…してない…です。」
「そっか。じゃあ、手当の仕方教えてやるよ。」
「…こっ、こういう時なんて言えばいいの?…です。」
少女は、〖ありがとう〗という言葉を知らなかった。考え直せば、当たり前かもしれない。イジメを受け、唯一の救いである両親からも虐待を受けて、どこにありがとうをいう場所があるだろうか。
俺は、笑う。
「ありがとうって言えばいいんだよ。」
「あっ、ありがとう!です。」
少女は、嬉しそうに笑う。俺は、その少女の笑顔を見て、いい教師になろうと決意した。
「俺と一緒に住むか?」
「そんな方法あるの?」
「あるさ。児童相談所にお前が、親から虐待されてる事言えばいいんだよ。」
「…でも、私…お母さんとお父さんが私に暴力振るうことで幸せならそれでいい…です。それで…いいのっ(泣」
少女は、俺に迷惑かけないためなのか声を挙げずに泣いた。
「じゃあ、もし辛くなったら、俺のとこに逃げてこい。助けてやる!」
少女は、嬉しそうに頷く。
「うん。うん。ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
少女は、覚えたばかりのありがとうを何度も言った。
そして、俺はその二年後に高校教師になった。
しかし、少女を初めて家に招いた時以来、少女は来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる