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秘めておくべき想い

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 ほなみは、callingの入口の壁に貼ってあるクレッシェンドのポスターを見つけ、思わず立ち止まった。
 ピアノを立って弾きながら、こちらを見て笑っている西本祐樹の顔の部分を指でそっとなぞる。
 幼い少年のような顔立ちだが、時折見せる大人の男の妖しさに惑わされてしまう。
 つかめそうでつかめないイメージの不思議さにひと目で心を奪われてしまったのだろうか。
 突如、昨日のキスがよみがえり、きゅうっと胸が痛み、ポスターから目を逸らした。

「そうだ、浜田さん……」 
 
 ドアが開いていたので、中へ向かって声をかけてみた。

「こんにちは……」

 反応がないので、大きな声を出してみたが誰も出てこない。
 中へ入って行くと、ホールにはピアノだけがステージ中央に置かれていた。

 ――西君が弾いた、ピアノ。

 ステージに登り鍵盤にそっと触れると、ポーン……と答えてくる。
 今度は、少し強く押す。
 ピーン……
 心地好い高音がホールに響いた。
 ほなみは深呼吸してから両手を鍵盤に踊らせ、昨夜の演奏を再現してみる。
 彼の伸びやかな声を頭の中で思い描き、夢中で弾いた。
 ひととおり弾き終わって大きく息をつくと、大きな拍手が聞こえた。
 ビクリとして顔を上げると、入口に浜田、西本、バンドメンバーが居るではないか。
 浜田が拍手しながら、ステージに向かって歩いて来た。

「いやあ驚いたよ!ほなみちゃんもピアノ弾くんだね!素晴らしかったよ!」
「す、すみません!勝手に……あっ」

 ほなみは慌ててステージから降りようとして、よろめいた。
 (落ちる!)
 目をつむった時、西本が素早く身体を受け止めて支えた。
 彼の身体からふわりと石鹸かシャンプーの香りが漂ってくる。ドキリとすると同時に、強くデジャヴュを感じていた。
 (まるで昨日見た夢みたい)

「ご、ごめんなさい」

 彼から離れようとするが、離してくれない。
 もっと強く身体を抱き締めて来た。

「ちょ、ちょっと、離してくださ……」
「ねえ、昨日と随分感じが違うね?」


 西本は、首をかしげ、顔を近付けて来た。
 彼の瞳は色素が薄く、茶色に近いという事を発見してドキドキする。

「違うって……なっ……なんですか?」
「昨日の、似合ってたのに」

 その言葉に胸が躍るーーあぐり、ありがとう……!

「一番重要なのは着てる物より中身だから、何でもいいんだけどね?」
「えっ?」

 彼が意味ありげに笑い耳にそっと囁いて来て、ほなみの全身に鳥肌が立ってしまった。

「な、何でまだ皆さん居るんですか?ツアーで次の場所へ移動するんじゃ……」
 
 どうにかして彼から逃れようとするが、上手く腕に力が入らない。
 ーーこれでは、望んで抱き締められているかのように思われてしまう。
 じたばたしながら困って浜田とメンバーを見たが、浜田は

「ああ、ほなみちゃん知らない?昨日がセミファイナルだったんだ。ファイナルの東京公演までは1か月あるんだよ。俺はデビュー前から、クレッシェのファンでねえ。
callingでライブしてくれって、ずっとラブコールを送ってたんだよ。
今日は学生さんのアマチュアバンドのライブなんだけど、この子達にはシークレットで出演してもらう事になっているんだ」

とニコニコして言い、この有様を眺めているだけだ。
 メンバーの中で一番目の大きい、女の子のような顔立ちの人と目が合う。

「た、助けて下さい」

 ほなみは藁にもすがる思いで救いを求めた。

「俺に助けて欲しい?」

 ほなみは一生懸命頷く。
 西本は、ほなみに抱き着きながら、甘えるように胸に顔を埋めてきた。

「やっ」

 今まで味わった事のない身体が熱くなる感覚に襲われ、戸惑ってしまう。

「おいっセクハラ野郎!いい加減にしろよ。困ってるじゃん」

 大きな目をした人が、西本の頭を軽く叩く。西本は舌打ちをすると渋々といった様子でほなみを離した。

「三広~大目に見ろって……ツアーが長く続いてたから欲求不満なんだよ!」
「お前のそういう行動がバンドの風紀を乱すの!ちょっとは我慢しなよ」
「風紀とかなんとか、つまんない事言ってんじゃねーよ!」


 まっ直ぐな前髪を揺らし、三広と呼ばれた男性を鋭く睨み付ける西本祐樹は、歌う時の甘さや優美さからはかけ離れている。
 大きな怒鳴り声に怯えたほなみは身を固くした。



 「……サイテーな発言」

 三広の隣に立っている、フワフワとしたパーマの細身の男性が、西本を睨んだ。
 
「亮介、いい子ぶってんなよ。お前も同類のくせに!他人事みたいな顔すんじゃねー!」

 西本は、亮介と呼ばれた男性に子供の様に食ってかかる。

「ほなみさん、だよね?昨日はたくさんのCD買ってくれてありがとう。
 うちのボーカルが失礼で、本当にごめんね。祐樹の事は嫌いでも、クレッシェンドの事は嫌いにならないでね?」

 亮介は、彼を無視し、にこやかに笑う。

「あっ……そういえば、私、昨日CDを忘れて」

 茶髪のビジュアルバンドに居そうな男性が、ほなみにCDの入った紙袋を渡した。

「あ、ありがとうございます……」

 ほなみがお辞儀するが、茶髪の男性はふいと横を向き盛大に欠伸をした。

 浜田がメンバーの一人一人を指差す。

「この眠そうな派手なホストもどきの兄さんが、野村 大(ひろし)。
 出目金みたいな小っさなのが根本 三広(みつひろ)。
 このガリガリ兄さんが神田 亮介(りょうすけ)だよ~」

「ひっでぇ紹介だな」

 三広が口を尖らせる。

「あと、手が超早くてサイテーなピアノボーカルの、西本 祐樹!」

 浜田は、西本の背中を叩いてウインクした。

 ――西君は“西本 祐樹"という名前なのね。
 ほなみは、頭の中でその名前を繰り返した――ニシモト、ユウキ――

「ほなみちゃん昨日体調悪かったの?大丈夫?お友達も心配してたよ?」
「浜田さん、何も言わずに帰ってすみませんでした……もう大丈夫です」

 その時、ほなみは西本と目が合い頬が一瞬で熱くなる。誤魔化す為に下を向き、持ってきたチョコレートをバッグから出して浜田に渡した。

「おやっ!これはこれは」

 浜田が目を丸くする。

「一日遅れですいません」
「有り難く貰うよーー!しかし、食べるのが勿体ないねえ!……飾っておこうかなあ」
「やだ。そんな大したチョコレートじゃないですよ……」

 ほなみは苦笑した。 
 
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