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秘めておくべき想い
①
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ほなみは、callingの入口の壁に貼ってあるクレッシェンドのポスターを見つけ、思わず立ち止まった。
ピアノを立って弾きながら、こちらを見て笑っている西本祐樹の顔の部分を指でそっとなぞる。
幼い少年のような顔立ちだが、時折見せる大人の男の妖しさに惑わされてしまう。
つかめそうでつかめないイメージの不思議さにひと目で心を奪われてしまったのだろうか。
突如、昨日のキスがよみがえり、きゅうっと胸が痛み、ポスターから目を逸らした。
「そうだ、浜田さん……」
ドアが開いていたので、中へ向かって声をかけてみた。
「こんにちは……」
反応がないので、大きな声を出してみたが誰も出てこない。
中へ入って行くと、ホールにはピアノだけがステージ中央に置かれていた。
――西君が弾いた、ピアノ。
ステージに登り鍵盤にそっと触れると、ポーン……と答えてくる。
今度は、少し強く押す。
ピーン……
心地好い高音がホールに響いた。
ほなみは深呼吸してから両手を鍵盤に踊らせ、昨夜の演奏を再現してみる。
彼の伸びやかな声を頭の中で思い描き、夢中で弾いた。
ひととおり弾き終わって大きく息をつくと、大きな拍手が聞こえた。
ビクリとして顔を上げると、入口に浜田、西本、バンドメンバーが居るではないか。
浜田が拍手しながら、ステージに向かって歩いて来た。
「いやあ驚いたよ!ほなみちゃんもピアノ弾くんだね!素晴らしかったよ!」
「す、すみません!勝手に……あっ」
ほなみは慌ててステージから降りようとして、よろめいた。
(落ちる!)
目をつむった時、西本が素早く身体を受け止めて支えた。
彼の身体からふわりと石鹸かシャンプーの香りが漂ってくる。ドキリとすると同時に、強くデジャヴュを感じていた。
(まるで昨日見た夢みたい)
「ご、ごめんなさい」
彼から離れようとするが、離してくれない。
もっと強く身体を抱き締めて来た。
「ちょ、ちょっと、離してくださ……」
「ねえ、昨日と随分感じが違うね?」
西本は、首をかしげ、顔を近付けて来た。
彼の瞳は色素が薄く、茶色に近いという事を発見してドキドキする。
「違うって……なっ……なんですか?」
「昨日の、似合ってたのに」
その言葉に胸が躍るーーあぐり、ありがとう……!
「一番重要なのは着てる物より中身だから、何でもいいんだけどね?」
「えっ?」
彼が意味ありげに笑い耳にそっと囁いて来て、ほなみの全身に鳥肌が立ってしまった。
「な、何でまだ皆さん居るんですか?ツアーで次の場所へ移動するんじゃ……」
どうにかして彼から逃れようとするが、上手く腕に力が入らない。
ーーこれでは、望んで抱き締められているかのように思われてしまう。
じたばたしながら困って浜田とメンバーを見たが、浜田は
「ああ、ほなみちゃん知らない?昨日がセミファイナルだったんだ。ファイナルの東京公演までは1か月あるんだよ。俺はデビュー前から、クレッシェのファンでねえ。
callingでライブしてくれって、ずっとラブコールを送ってたんだよ。
今日は学生さんのアマチュアバンドのライブなんだけど、この子達にはシークレットで出演してもらう事になっているんだ」
とニコニコして言い、この有様を眺めているだけだ。
メンバーの中で一番目の大きい、女の子のような顔立ちの人と目が合う。
「た、助けて下さい」
ほなみは藁にもすがる思いで救いを求めた。
「俺に助けて欲しい?」
ほなみは一生懸命頷く。
西本は、ほなみに抱き着きながら、甘えるように胸に顔を埋めてきた。
「やっ」
今まで味わった事のない身体が熱くなる感覚に襲われ、戸惑ってしまう。
「おいっセクハラ野郎!いい加減にしろよ。困ってるじゃん」
大きな目をした人が、西本の頭を軽く叩く。西本は舌打ちをすると渋々といった様子でほなみを離した。
「三広~大目に見ろって……ツアーが長く続いてたから欲求不満なんだよ!」
「お前のそういう行動がバンドの風紀を乱すの!ちょっとは我慢しなよ」
「風紀とかなんとか、つまんない事言ってんじゃねーよ!」
まっ直ぐな前髪を揺らし、三広と呼ばれた男性を鋭く睨み付ける西本祐樹は、歌う時の甘さや優美さからはかけ離れている。
大きな怒鳴り声に怯えたほなみは身を固くした。
「……サイテーな発言」
三広の隣に立っている、フワフワとしたパーマの細身の男性が、西本を睨んだ。
「亮介、いい子ぶってんなよ。お前も同類のくせに!他人事みたいな顔すんじゃねー!」
西本は、亮介と呼ばれた男性に子供の様に食ってかかる。
「ほなみさん、だよね?昨日はたくさんのCD買ってくれてありがとう。
うちのボーカルが失礼で、本当にごめんね。祐樹の事は嫌いでも、クレッシェンドの事は嫌いにならないでね?」
亮介は、彼を無視し、にこやかに笑う。
「あっ……そういえば、私、昨日CDを忘れて」
茶髪のビジュアルバンドに居そうな男性が、ほなみにCDの入った紙袋を渡した。
「あ、ありがとうございます……」
ほなみがお辞儀するが、茶髪の男性はふいと横を向き盛大に欠伸をした。
浜田がメンバーの一人一人を指差す。
「この眠そうな派手なホストもどきの兄さんが、野村 大(ひろし)。
出目金みたいな小っさなのが根本 三広(みつひろ)。
このガリガリ兄さんが神田 亮介(りょうすけ)だよ~」
「ひっでぇ紹介だな」
三広が口を尖らせる。
「あと、手が超早くてサイテーなピアノボーカルの、西本 祐樹!」
浜田は、西本の背中を叩いてウインクした。
――西君は“西本 祐樹"という名前なのね。
ほなみは、頭の中でその名前を繰り返した――ニシモト、ユウキ――
「ほなみちゃん昨日体調悪かったの?大丈夫?お友達も心配してたよ?」
「浜田さん、何も言わずに帰ってすみませんでした……もう大丈夫です」
その時、ほなみは西本と目が合い頬が一瞬で熱くなる。誤魔化す為に下を向き、持ってきたチョコレートをバッグから出して浜田に渡した。
「おやっ!これはこれは」
浜田が目を丸くする。
「一日遅れですいません」
「有り難く貰うよーー!しかし、食べるのが勿体ないねえ!……飾っておこうかなあ」
「やだ。そんな大したチョコレートじゃないですよ……」
ほなみは苦笑した。
ピアノを立って弾きながら、こちらを見て笑っている西本祐樹の顔の部分を指でそっとなぞる。
幼い少年のような顔立ちだが、時折見せる大人の男の妖しさに惑わされてしまう。
つかめそうでつかめないイメージの不思議さにひと目で心を奪われてしまったのだろうか。
突如、昨日のキスがよみがえり、きゅうっと胸が痛み、ポスターから目を逸らした。
「そうだ、浜田さん……」
ドアが開いていたので、中へ向かって声をかけてみた。
「こんにちは……」
反応がないので、大きな声を出してみたが誰も出てこない。
中へ入って行くと、ホールにはピアノだけがステージ中央に置かれていた。
――西君が弾いた、ピアノ。
ステージに登り鍵盤にそっと触れると、ポーン……と答えてくる。
今度は、少し強く押す。
ピーン……
心地好い高音がホールに響いた。
ほなみは深呼吸してから両手を鍵盤に踊らせ、昨夜の演奏を再現してみる。
彼の伸びやかな声を頭の中で思い描き、夢中で弾いた。
ひととおり弾き終わって大きく息をつくと、大きな拍手が聞こえた。
ビクリとして顔を上げると、入口に浜田、西本、バンドメンバーが居るではないか。
浜田が拍手しながら、ステージに向かって歩いて来た。
「いやあ驚いたよ!ほなみちゃんもピアノ弾くんだね!素晴らしかったよ!」
「す、すみません!勝手に……あっ」
ほなみは慌ててステージから降りようとして、よろめいた。
(落ちる!)
目をつむった時、西本が素早く身体を受け止めて支えた。
彼の身体からふわりと石鹸かシャンプーの香りが漂ってくる。ドキリとすると同時に、強くデジャヴュを感じていた。
(まるで昨日見た夢みたい)
「ご、ごめんなさい」
彼から離れようとするが、離してくれない。
もっと強く身体を抱き締めて来た。
「ちょ、ちょっと、離してくださ……」
「ねえ、昨日と随分感じが違うね?」
西本は、首をかしげ、顔を近付けて来た。
彼の瞳は色素が薄く、茶色に近いという事を発見してドキドキする。
「違うって……なっ……なんですか?」
「昨日の、似合ってたのに」
その言葉に胸が躍るーーあぐり、ありがとう……!
「一番重要なのは着てる物より中身だから、何でもいいんだけどね?」
「えっ?」
彼が意味ありげに笑い耳にそっと囁いて来て、ほなみの全身に鳥肌が立ってしまった。
「な、何でまだ皆さん居るんですか?ツアーで次の場所へ移動するんじゃ……」
どうにかして彼から逃れようとするが、上手く腕に力が入らない。
ーーこれでは、望んで抱き締められているかのように思われてしまう。
じたばたしながら困って浜田とメンバーを見たが、浜田は
「ああ、ほなみちゃん知らない?昨日がセミファイナルだったんだ。ファイナルの東京公演までは1か月あるんだよ。俺はデビュー前から、クレッシェのファンでねえ。
callingでライブしてくれって、ずっとラブコールを送ってたんだよ。
今日は学生さんのアマチュアバンドのライブなんだけど、この子達にはシークレットで出演してもらう事になっているんだ」
とニコニコして言い、この有様を眺めているだけだ。
メンバーの中で一番目の大きい、女の子のような顔立ちの人と目が合う。
「た、助けて下さい」
ほなみは藁にもすがる思いで救いを求めた。
「俺に助けて欲しい?」
ほなみは一生懸命頷く。
西本は、ほなみに抱き着きながら、甘えるように胸に顔を埋めてきた。
「やっ」
今まで味わった事のない身体が熱くなる感覚に襲われ、戸惑ってしまう。
「おいっセクハラ野郎!いい加減にしろよ。困ってるじゃん」
大きな目をした人が、西本の頭を軽く叩く。西本は舌打ちをすると渋々といった様子でほなみを離した。
「三広~大目に見ろって……ツアーが長く続いてたから欲求不満なんだよ!」
「お前のそういう行動がバンドの風紀を乱すの!ちょっとは我慢しなよ」
「風紀とかなんとか、つまんない事言ってんじゃねーよ!」
まっ直ぐな前髪を揺らし、三広と呼ばれた男性を鋭く睨み付ける西本祐樹は、歌う時の甘さや優美さからはかけ離れている。
大きな怒鳴り声に怯えたほなみは身を固くした。
「……サイテーな発言」
三広の隣に立っている、フワフワとしたパーマの細身の男性が、西本を睨んだ。
「亮介、いい子ぶってんなよ。お前も同類のくせに!他人事みたいな顔すんじゃねー!」
西本は、亮介と呼ばれた男性に子供の様に食ってかかる。
「ほなみさん、だよね?昨日はたくさんのCD買ってくれてありがとう。
うちのボーカルが失礼で、本当にごめんね。祐樹の事は嫌いでも、クレッシェンドの事は嫌いにならないでね?」
亮介は、彼を無視し、にこやかに笑う。
「あっ……そういえば、私、昨日CDを忘れて」
茶髪のビジュアルバンドに居そうな男性が、ほなみにCDの入った紙袋を渡した。
「あ、ありがとうございます……」
ほなみがお辞儀するが、茶髪の男性はふいと横を向き盛大に欠伸をした。
浜田がメンバーの一人一人を指差す。
「この眠そうな派手なホストもどきの兄さんが、野村 大(ひろし)。
出目金みたいな小っさなのが根本 三広(みつひろ)。
このガリガリ兄さんが神田 亮介(りょうすけ)だよ~」
「ひっでぇ紹介だな」
三広が口を尖らせる。
「あと、手が超早くてサイテーなピアノボーカルの、西本 祐樹!」
浜田は、西本の背中を叩いてウインクした。
――西君は“西本 祐樹"という名前なのね。
ほなみは、頭の中でその名前を繰り返した――ニシモト、ユウキ――
「ほなみちゃん昨日体調悪かったの?大丈夫?お友達も心配してたよ?」
「浜田さん、何も言わずに帰ってすみませんでした……もう大丈夫です」
その時、ほなみは西本と目が合い頬が一瞬で熱くなる。誤魔化す為に下を向き、持ってきたチョコレートをバッグから出して浜田に渡した。
「おやっ!これはこれは」
浜田が目を丸くする。
「一日遅れですいません」
「有り難く貰うよーー!しかし、食べるのが勿体ないねえ!……飾っておこうかなあ」
「やだ。そんな大したチョコレートじゃないですよ……」
ほなみは苦笑した。
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