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壊れたきらきら星

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 女は、真理子の目の前で立ち止まり、鮮やかな紅いルージュの唇を歪めた。

 真理子は、真由を降ろし、女に食ってかかる。

「よくもっ……よくも来れたわね……!あんな事をしておいて……よくもっ……」

 真由は、母と対峙する艶やかな女を見上げた。

 自分がよく知っている大人だ、とその時気付いたが、まるで初めて会った人間のようにも思える。

 それほどに、その人物の様子はいつもと違っていた。

 ーーとーた君の、ママ……?

「あらあ、だって、透太(とうた)だって今日の為にピアノを練習してきたんですもの。発表会に来ちゃいけないって貴女に指図されるいわれは無いわ」

 女の言葉に、真理子の顔色が土色に変わった。

 唇と頬を震わせ、せわしなく瞬きを繰り返すその瞳からは涙が次から次へと溢れだす。大噴火寸前の活火山を思わせるその様に、真由も、周囲の人々も不安をおぼえた。

 先生が狼狽しながら、ステージからマイクで呼び掛けた。

「あの……よくわかりませんが……お二人とも落ち着いて……子供たちも見てますしーー」

「そんなの関係ないわよ!」

 真理子が激昂した。 


 こんな母の怒鳴り声は初めて聞く。 

 いつもの母のお小言は、ご飯を食べたらお皿を自分で下げなさい、とか、スカートをはいている時には足を閉じていなさい、だとかーー

 頬を膨らませながら叱る母の顔を、今まで一度でも恐いと感じたことはなかった。

 

 

 ーーなのに、今のお母さんはーー

 

 真由は頭から氷水を浴びせられたかのように身体を縮こまらせ、驚きに叫びそうになった。

 だけど、干上がった砂場のようにカラカラな喉は、掠れ声さえも発しない。

 
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