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十六歳の誕生日

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「お待たせいたしました」

 店員が、抑揚のない声で言い、コーヒーをテーブルに置いた。真由は両手でカップを包み込む。温かい。冷房の効きすぎた店内は寒くて、身体が冷えていた。真由はひとくちコーヒーを飲み、バッグを掴み立ち上がる。

「じゃあ、もう時間だから」

「もう行くのかい?」

 慎の瞳が少し潤んでいる。真由は、彼の顔を直視しないよう、手元のバッグを見つめた。星の形のアクセサリーがシャラリ、と揺れる。婚約者が贈ってよこしたものだ。いや、厳密にいえば、今日婚約するのだ。

 真由は、16歳になったら婚約する約束になっていた。相手は、この町の名士のひとり息子。三つ上年上で、真由をぜひ、と望んでいる。

「……真由、本当にそれでいいのかい?」

 慎が、喉になにか引っ掛かって苦しいような聞き方をする。

「いいも何も。相手は母さんの面倒も見てくれるっていうしね。私が結婚さえすれば」

「真由は……好きな人はいないのか?」

 慎の問いかけに、真由は首を振った。


「真由が決めたことなら……いいんだ……でも……もし」

「お父さんは、自分の幸せを考えて。私は大丈夫だから」

 慎の言葉を遮るように言い捨てその場を後にした。

「誕生日おめでとう」

 掠れた慎の声が後ろからした。

 真由は振り向きもせずに店の重いドアを開けた。

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