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百万本の花を歌姫に
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志村の別荘は諏訪湖が一望できる場所にあった。
周辺にはホテルや旅館が立ち並ぶ。
広いキッチンに大浴場に、小さいけれど室内温水プールもあり、一番驚いたのは防音録音スタジオだ。
アップライトだがピアノも置いてある。
着くなり、桃子は翔大の手を引っ張って別荘の探検を始めた。
「すご―い!水着持ってくれば良かった――!」
「下着で泳げばいいよ」
翔大はチラリと美名を見て笑った。
「もう!しょう君がそーいうエッチな冗談言ったらダメ――!それは真理のキャラだよ!」
「何で俺が!」
真理が桃子を睨む。
「どう考えたってこの中じゃあんたがそういう役割でしょ―!」
「バーカっ!お前みたいなちんちくりん女の水着なんか見たくもないね!」
「なあによ――き――っ!」
早速喧嘩を始めた二人をよそに、翔大は美名の荷物をサッと奪い取る。
「持つよ」
「あ、ありがとう」
「はあ――久し振りね――!なかなか来る機会がないのよね~。
でも、カワイイ子達とこうして泊まりにこれて嬉しいわあ~うふふ……色々と楽しみだわ」
志村がjunkメンバーを見て微笑むが、皆怯えて目を逸らす。
運転手がバスから食材やら何やらの荷物を運び出して居るのを見て、美名も手伝おうとするが志村に止められる。
「いいのよ、そういう事は男共にやってもらえば!美名ちゃんに力仕事なんてやらせたら綾波君に叱られちゃうし!」
「え……でも」
「ほらほら真理君も由清君も動く!
あ、翔大君、奥の突き当たりの部屋が二つあるけど、女子と男子で好きな方を使ってね?美名ちゃんと桃子ちゃんの荷物をそこへ運んであげて?」
「はい。美名、桃子ちゃん、行こう」
「桃子~?」
桃子に声を掛けたが、まだ真理とギャンギャン言い合いながら何故か一緒に荷物を持って運んでいる。
「なんか、馴染んでる?」
「う~ん……」
翔大と美名は顔を見合わせた。
二人は部屋を探して歩く。
「桃子ね、男の人は本当は苦手なんだけどね……側に私とか、気を許せる人がいるとちゃんと喋れたりするの」
「ふうん、そんな風には見えないなあ」
「しょう君を気に入ってるからじゃないのかな。あの子、優しい人が好きだから」
「真理ともいい喧嘩相手になってるよな」
「うん……真理君、裏表なさそうだからいいのかも」
「ハハ、確かに裏表はないな」
突き当たりに部屋が二つ向かい合ってあるのを見つけた。
右手のドアを開けると十帖程の大きさの部屋。
左手の部屋はもう少し小さくて二段ベッドが置いてある。
「広い方をjunkの皆が使った方がいいかなあ?……あ、でもお布団とかあるのかしら」
美名は部屋の収納を探す。
「なんなら、俺美名と一緒にベッドで寝ようかな」
軽口で言われるが、美名はこの間の夜の事が頭を過って、頬が熱くなる。
美名はそれを隠すように、収納扉を開けて布団を見付け、はしゃいで見せた。
「良かった!あったよお布団!干した方がいいね?よいっしょ!」
腰に力を入れて布団を引っ張り出すが、思いがけず布団は軽く、気合いを入れすぎて布団を掴んでひっくり返ってしまった。
「何やってるんだよ……」
笑いを溢す翔大が覗き込む。
思わず舌を出してエヘヘと笑ったが、仰向けになった視界に彼の胸が飛び込んできた。
床に両手を突いて、美名を見下ろして居る。
ようやく、今の危険な状況を理解して、抜け出そうと体を捩るが強く腕を掴まれた。
翔大が、この間の夜と同じ危険な目をしている。
胸を押して抵抗するけれど、顔が近付いて来た。
唇が触れる手前で美名は必死に顔を逸らした。
「や……やめて」
翔大は優美に微笑み、長い指で唇をそっとつまんで来る。
「奴はここに居ないよ……今、美名の側に居て抱き締める事が出来るのは……俺だ」
「――!」
「諦めない、て言ったろ?」
「ダメ……そんなの困る」
「じゃあ、沢山困らせてあげようかな」
「……し、しょう君っ」
「美名……」
熱く燃える瞳に射抜かれて身動き出来ない美名の頬を両手が包み込み、唇が触れる寸前で桃子の呼ぶ声がした。
「お姉ちゃん――しょう君――?荷物置いたらスタジオに集合って志村さんが呼んでるよ~?」
「い、今行く!」
裏返った声で叫び、一瞬力が緩んだ隙に翔大から逃れた。
美名はスタジオへ向かおうと立ち上がろうとしたが、よろけてしまった。
(私、動揺しているの?
しょう君に見つめられたり、囁かれると正気を失う私はフラフラした女なの?
大好きなのは綾波さんなのに……)
「美名……待って」
やっとの思いで立ち上がりドアノブに手をかけようとしたら、後ろからきつく抱き締められ、翔大の柑橘系のコロンが香って来る。
「し、しょう君……行かなくちゃ」
「もう少しだけ……」
グッと力を込めて抱き締められ、心臓が飛び出しそうになる程ドキドキしていた。
身体は心と逆の反応をして、頬は赤くなり抱き締められた場所は熱く火照る。
(それとも……私は、彼に触れられる事が嫌ではないのだろうか?
そんな……
そんな事……)
「可愛いイヤリングだね……あいつが付けたの?」
しなやかな指が、美名の耳朶にそっと触れるとキスの感触。
そのくすぐったさに声が漏れる。
「んっ」
「俺も……これからビッグなミュージシャンになって……
美名に昔出来なかった事を……沢山してあげるから……」
「あっ」
翔大は美名の体を前に向かせ壁に押し付け、切なげに見つめ、美名が好きな声で甘く囁いて来た。
「どうしたら、俺の処に帰って来てくれる?」
指が髪に差し入れられ、そっと撫でられた。
優しい哀愁の沈む瞳に引き込まれてしまいそうになり、美名は目を瞑り視界から翔大を追い出そうとするが、唇を素早く塞がれてしまう。
「――……っ……ん……っ」
振りほどこうとするが力で敵わずに思う様唇を吸われて咥内を掻き回される。
「美名……っ」
翔大は唇をようやく離すと、首筋に吸い付いて来た。
「やっ!」
「あいつに……渡したくない」
右手で両手首を一つに纏め上げられて、左手がスカートの中に侵入し、太股に伸びて来た。
「んっ……やだっ……ダメっ」
「一緒に居るのに……触れないなんて無理だ……」
「や、やめて!」
翔大の指がスカートの中の下着に触れる寸前で、部屋のドアが乱暴に開いた。
「お前ら――!早くしろよ!何を遊んでん……」
ドアを開けたのは真理だった。
美名は素早く翔大の腕から逃れ、真理にしがみついた。
「――――!」
真理が息を呑んで、ギョッとした顔をして美名を振りほどこうともせずに呆然と見つめている。
美名は、翔大の視線を痛い程感じながら真理の手を引っ張った。
「さあ、真理君!行くよ!グズグズしないのっ!」
「お、おいっ!グズグズしてたのはお前だろーが!……てか、手を離せ――!」
構わず真理を引っ張りスタジオ目指してズンズン歩いていく。
「……」
翔大は二人が去った後、深呼吸して昂った身体の熱を逃そうとしたが、一度目覚めた切ない淫らな欲はすぐには引きそうにない。
「……美名……」
手に残る甘い温もりをいとおしげに思い起こす。
焦ってはいけないと頭では理解しているのに、美名を前にすると、そんな理性や分別は跡形もなく吹っ飛ぶ。
(――このままでは美名を困らせるだけだ)
だが、どうしたら自分は 美名を取り戻せるのか、という事を思ってしまう。
今まで遠かった音楽の夢と、美名。
どちらも一辺に自分の手の届く処まで来た。
自分は、どちらも欲しい。
(……両方手に入れてみせる。
どんな手を使っても……)
拳を固めた時、マーガレットのイヤリングが床に片方落ちているのを見つける。
そっと拾い上げると、翔大は微かに口を歪ませて笑った。
「遅くなりましたあ!」
真理の手を握ったままで息を切らしスタジオに駆け込むと、皆がぽかんとした。
「あらまあ!いつの間に仲良しになったの?いい事ねえ!」
「ち、ちがわあ―!」
「お姉ちゃんっ!早く離れて離れて!性格の悪さが伝染っちゃう!」
「お、おまっお前!」
「真理……やっぱり、美名さんを気に入ったんだね……可愛いて言ってたもんなあ」
「由清――!余計な事言うな――!」
次々と皆に言われて真理はムキになって怒鳴った。
「美名ちゃん、息を整えてから歌いましょうか?」
志村はピアノの鍵盤で指のウォーミングアップをするかのようにアルペジオを奏でた。
由清はドラムセットの前に腰かけ軽くスネアを叩く。
スタジオは演奏スペースだけでも二十帖以上はあるのではないだろうか。
モノトーンを基調としたシックなデザインは志村の拘りが見て取れる。
エレキギターやエレキベース、アコースティックギターも一揃い置いてあるのだ。
見たこともないデザインだった。
それぞれ、黒と白で統一されて音符のモチーフが付いている。
「可愛い……」
美名は、思わず溜め息を吐いた。
「おお~!こりゃ何だか洒落てるなあ」
真理も感心している。
「ね――!そうだよね」
美名と顔を見合わせ頷き合うが、真理が途端に真っ赤になって怒鳴る。
「な、な、馴れ馴れしくすんじゃねーよ!それに!手!いい加減に離すぞ!」
「あ、ごめんなさいっ」
真理は手をほどくと、ベースを持って部屋の隅のうんと離れた場所に行ってしまった。
「美名ちゃん、これはオーダーメイドなのよ。いいでしょう」
志村が目を細める。
「はい……素敵ですね」
「princes & junky のデビューの暁には、美名ちゃんオリジナルのギターを私から贈らせてもらうわよ」
「え、ええっそんな」
「遠慮しないの!それだけ美名ちゃんには可能性を感じるし、期待しているのよ」
「う……あ、ありがとうございます」
美名は嬉しい反面プレッシャーで顔がひきつる。
「しょう君は?」
ビデオカメラを構えた桃子が皆を順番に映しながら言う。
「あら、そうねえ。どうしたのかしら」
スタジオの扉が開き、美名の心臓が跳ねた。
皆も、入って来た翔大を見て息を呑む。
頭からバケツの水を浴びたみたいにびしょ濡れだったのだ。
髪から玉になった水滴が滴り、眼は鋭く輝いている。
「翔大さんっ!どうしたの――!水浴びでもしたの?タオル、タオル!」
桃子がタオルを取ってきて頭にフワリとかけると、翔大は魅惑的に笑い、その色気に思わず美名はドキリとした。
「いや、あんまり暑いからさ、頭を冷やしてきたんだ……
ちょっと濡れすぎたけどね」
「んも~!翔大さんたら面白い!」
桃子が笑い、真理と由清が唖然としている。
翔大は桃子に話しかけられながら、美名を真っ直ぐに見ていた。
志村は立ち上がってペットボトルの水を更に翔大に浴びせた。
「し、志村さん!?」
桃子が叫び皆も驚くが、志村はびしょ濡れになっても微動だにしない翔大に微笑んだ。
「ふふ、水も滴るイイ男ね~!痺れちゃうわ!
桃子ちゃん、そのままカメラ回して!
皆、演奏できる?」
「え?は、はい!」
桃子がカメラを構える。
「……何をやります?」
由清がバスドラをドッドッと鳴らして志村を見た。
「何でもOKだぜ!」
真理はベースを肩から掛けて細かいリズムを鳴らし始めた。
「う~ん、そうねえ、何にしようかしら」
美名はスタンドマイクの位置を調節しながら翔大をちらりと見たが、目が合って慌てて逸らす。
さっきキスされた感触が、翔大の唇が目に入ると蘇ってしまうのだ。
(集中しなきゃ……
今は忘れなきゃ……)
雑念を払うように目を閉じた。
「――あれ、やろう。
junkの
"sweet honey"
美名、歌えるだろ?」
翔大もいつの間にかギターを抱えて隣に居る。濡れた髪がセクシーだ。
長い指が巧みにトリッキーな旋律をつまびき始める。
美名は頷いた。
由清のドラムが激しくリズムを鳴らし始め、真理のベースが乗り、一気に厚みのあるグルーヴが生まれて行く。
志村は流石、即興でピアノで合わせてきてサウンドに華やかさを添えている。
美名が六年前、ライヴハウスで何十回となく見て聴いて熱狂したロックナンバーだった。
マイクを握り、一瞬過去にトリップした錯覚を覚える。
翔大がテクニカルにギターを奏で、美名に鋭く言った。
「――付いて来い!」
美名はその声でスイッチが入り、翔大のボーカルに合わせ声を乗せていく。
桃子が必死に皆の動きをカメラで撮っていた。
『I'm getting bigger!
Are you wet down ther?
言葉は少しだけでいい
お互いの身体があれば……
Tell me what you want
お前は 一体どうしたいのさ?
夜は短い
夜は短い
命も短い
命も短い
だから 早く
Why don't you get on top?
上に乗れよ』
高低差の激しいこの曲を、翔大はギターを弾きながら難なく歌う。
時々挑みかかるような目で見つめながら。
美名も真っ直ぐに見返して、負けじと歌う。
『Does that feel good?
感じてる?
Raise Your legs
Round and round!
sweet heart ,hader
sweet honey,faster
もっともっと
もっともっと
激しく、速く
sweet heart,slower
sweet honey,deeper!
もっともっと
もっともっと
強く、深く!
More! 』
最後の長い長いシャウトを決め、美名と翔大は同時にジャンプした。
ズダダダダダダ、ダン!とドラムが演奏を締める。
一瞬、スタジオは静寂に包まれたが、志村の拍手と共に皆がワッと湧いた。
「スゴいわ―!最高よ!」
志村が興奮して由清にガバーと抱きつき、真理の頬にキスして、翔大にもキスしようと手を開いてやって来たが、翔大は然り気無く避けて、志村と握手をした。
「あらあ、残念だわあ……唇を奪うチャンスだと思ったのに」
「すいません。俺の唇は好きな子の物なんです」
「……っ」
美名はギクリとしてしまうが、急に桃子が飛び付いてきて倒れてしまう。
「おねーちゃん!すごく!すごく!かっこよかったよ―!も~!最高!大好きいい!」
頭を床にぶつけて、目から火花が出る。
「あ……ありがとうね……最高ならよかった……あたた」
「何してんだお前ら」
ぶっきらぼうな口調で真理が美名の手を引っ張り起こした。
「あ、ありがとう」
「ふん……まあまあ、良い声だな」
真理はそれだけ言うと、そっぽを向いてしまうが耳まで赤くなっていた。
桃子が目ざとく見つけて指差す。
「ひゃあー!真理が赤くなってる!姉ちゃんに惚れたー?ひゅーっ!」
「ち、ちがわあ――!声に惚れっ……ば、惚れた、じゃない!お、俺はただ、ただ――!」
「惚れた?惚れた言ったね――!」
「だ、黙れ――!」
キャアキャアと追い掛けっこをする二人をよそに、志村と由清は先程のVTRを確認していた。
「うん、良く撮れてるわ、桃子ちゃん上手ね!」
「何だか……俺たちミュージシャンみたいに見える」
「バカねっ!もうプロのミュージシャンなのよ!」
志村は由清の背中をバシイと叩いて、由清はゲホッと咳き込んだ。
「これを早速YouTubeで流すわよ!」
「え……これを?」
「すごく良く撮れたからね!デビュー前からもう戦いは始まってるのよ?皆、心してね!」
「ひえ~!」
由清は顔を青くする。
「何故ひえ~!なのよ」
「いや……ボク……実はまだホストクラブにデビューの話をしてないんです」
「はあ―!?」
「何だか、タイミングがなくて……」
志村が由清の頬をグリグリすると、由清は悲鳴を上げた。
「全く世話の焼けるうさちゃんね――!いいわ、私が話を付けに行くから!ね!わかったわね!」
「ひ、ヒイイイわかりましたっ」
美名と翔大もVTRを見ていたが、確かに画面の中の自分達は別人の様で、不思議に思えた。
「凄い……皆、カッコいい」
junkと合わせて歌うのが初めてな気がしないのがとても不思議だった。
演奏技術だけではなく、お互いの心が通っていなければ素晴らしいアンサンブルやグルーヴは生み出せない。
翔大はともかく、由清や真理とは全くの初対面に近いにも拘らず、音を合わせる事が出来た上、歌っていてとても気持ちが良かったのだ。
今までの中の一番かも知れない。
デビューするにあたり、junkと組む事に不安を感じていたが、今日一緒に演奏してみて、やれそうな気がして来て、途端に胸がワクワクして来る。
VTRを見ながら思わずハミングする美名、翔大がじっと見ていた。
「美名、楽しそうだね」
「うん!凄く素敵なバンドになりそうだから……ううん、そうなるよ、きっと!」
「……キラキラしてて、眩しいよ」
「……」
彼に見つめられると、やっぱり胸が疼いた。
翔大は濡れた髪やシャツが肌に貼り付いたままで居る。
「しょう君、風邪ひいちゃうよ?」
美名はタオルを翔大の頭にかけた。
「いくら暑いからって、ダメじゃない」
背伸びをして、タオルで濡れた髪を拭う美名を、目を見開いて翔大が見ている。
喉仏がゴクリと上下するのを目の前にして、ドキッとした。
「優しいな……美名は」
「あら、こんな事で騙されたらダメよ?
何か良からぬ事を考えてるかもよ~私」
柔らかい笑みを向けられて、ドキドキしているのを悟られない様に軽く返したが、手を掴まれて息が止まる。
「騙してもいいよ……」
「し、しょう君」
翔大が更に何か言いかけたが、
「びしょ濡れのままじゃダメ――!
ボーカリストが風邪引いたらどうするんですか!お風呂用意しましたから、早く早く!」
桃子が話しかけてきて、翔大は手を引っ張られて行ってしまう。
言いかけた言葉は発せられないまま行き場を失い、ぷつりと途切れた熱情みたいな物を翔大の瞳が宿していた。
その夜は、桃子が腕を振るい賑やかな夕食となった。
志村も上機嫌に、デビューまでの様々な企みを皆に話して聞かせた。
「そう言えば、志村さん、ずっとここに居て大丈夫なんですか?」
「ええ!東京と長野を往復しようと思ったけどやっぱり大変だし止めたわ。合宿の為に私は他の仕事を片付けて来たのよ~!皆、私の頑張りを誉めて!誉めて!」
「お、お疲れ様です」
「おつかれー」
美名と真理が同時に言うと、真理はまた赤くなりそっぽを向いてしまう。
だが、最初会った時の様な嫌な感じはもうしない。
美名は思わずほくそ笑んだ。
「二泊じゃ足りない位ね~!もう一日延長しようかしら?」
「えっ」
美名は心がざわつく。
――もう一晩、綾波さんに会えない?
「だって~!やりたい事沢山あるし!
肝試しとか!キャンプファイヤーとか!それからそれから」
「オッサンが遊びたいだけかよ」
「真理君~!?貴方にはキャンプファイヤーで腹踊りでもやってもらいましょうか!」
「な、なんでさ!」
「貴方のその身体を見てみたいのよ~フフ。
その逞しい腕から想像するに、きっとバキバキの腹筋をお持ちなんじゃない?」
志村が妖しい笑みを向けると真理は椅子から立ち上がり後ずさる。
「ひっ……」
「せっかく鍛えた肉体美は人に見られて賛美される為にあるのよ――!だから!私に!見せなさい―!」
「な、何故そうなるんだよ――変態か!ギャア」
真理は志村に追いかけられて逃げ惑い、皆それを見て笑っていたが、桃子が欠伸をし、美名をつついた。
「ね~先にお風呂行こうよ……疲れちゃった。お風呂入って寝よ?」
「あ、そうだね、もうそんな時間だし」
――――
「どうしよう……何処に落としたのかな」
お風呂に行った時、イヤリングが片方しか無い事に気づき、桃子が寝た後も懐中電灯で別荘の中を探していた。
キッチンもお風呂場も、スタジオも見たが、見当たらなくて、スタジオの床に座り込んで途方に暮れる。
(綾波さんがくれた物なのに、どうしよう……)
不意に涙が溢れた時、ドアが開けられた。
懐中電灯を胸に抱いて振り返ると、真理が悲鳴を上げた。
この持ち方はまずかったらしい。
「な、ななな……ガサゴソ音がすると思ったら何してんだよ!驚かすなよな!」
「ごめんね……」
「お前、何泣いてんのさ?」
美名が涙を拭うと、真理はふんと笑った。
「男と離れて寂しくてベソかいてたのか」
「ち、違うよ……大事な物を探してて」
真理が中へ入って来た。
「何を無くしたのさ」
思わぬ優しい口調に涙がまたブワッと溢れてしまい、しゃくり上げる美名を前に真理が狼狽えた。
「い、イヤリングが……っ……
綾波さん……がくれた……のに……ひっ」
「ああ~やっぱり男の事じゃねーかよ」
真理は呆れた声を出す。
「だって……っ」
まだ泣き止まない美名の頭を真理の大きな手が包んだ。
「わかったから。
もう今夜は探すのは止めろ。
暗いし、中で何かにつまづいて怪我したらどーすんだよ」
「うっ……で、でも」
「あ~!もう泣くな!調子狂うんだよ……
明日また一緒に探してやるから!今日はもう寝ろ!わかったか!」
最後の方はもう半分怒った様な言い方だったが、美名は泣きながら頷く。
真理は大きな溜め息を吐いて、美名の手を掴んで部屋まで連れて行った。
「いいか、もうメソメソすんじゃねーぞ。とっとと寝ろ」
小声で言う真理に頷き、なんとか笑って見せた。
「ありがとう……真理君」
真理は一瞬押し黙ったが、咳払いして向かいの部屋へ入って行った。
美名も部屋へ入ると、スマホが点滅していた。
(……綾波さんからのメール)
顔が綻ぶけれど、内心ギクリともする。
”気を付けろ”と言われたばかりなのに、今日、迫られるままキスされて、イヤリングまで無くして……
もう泣くなと真理に叱られたばかりなのにまた涙が出てくる。
美名は指でメールを開いた。
『美名、志村さんにVTRをメールで送って貰って見たが、なかなか良かったぞ。
一日帰りが延びた事も了解した。
俺も寂しいが、頑張れよ。
……愛している』
"俺も寂しい"
の文面にも胸が熱くなったが、最後の一言で心も身体も甘さで一杯になり、思わずスマホを抱き締めた。
途端にスマホが振動する。
翔大からのメールだ。
『今、真理から聞いた。
イヤリングを探してたって。
ごめん。
実は俺が見つけて持ってる。
渡しそびれてたんだ。
明日、朝四時にスタジオに来てくれないか?
早くて悪いけど……
美名に話したい事もあるし。
その時に渡すよ 』
「よ、四時……?」
イヤリングが見付かった事に安堵して、また涙が出そうだったが、翔大の提案に面食らう。
今日あんな雰囲気になってしまった後でまた二人きりで会うのは……
正直戸惑ったが、イヤリングがかかっているのだ。
――行かなくては。
美名は了解の旨の返信をした。
綾波にもメールを打つが、文章でどうしても上手く表す事が出来なくて何度も書いては消したりして、考えた末に一言だけ送った。
『頑張るね。
私も愛してる。
大好き』
結局そんな事をしたり、考え事をしたりして良く眠れないまま時間を迎えた。
朝四時の空はまだ暗いが、徐々に白み始めていた。
着替えて髪を二つに結わえ、簡単に化粧をして部屋からそっと出ると、ちょうど翔大と出くわした。
「おはよう」
「お、おはよう、しょう君」
「こっちへ来て」
翔大は美名の腕を掴みズンズン歩き出し、不安になって来る。
(また、あんな風に迫られたら、どうしよう……
まさか、しょう君は今もそのつもりじゃ? )
美名は立ち止まる。
「美名?」
「……」
抵抗する様に動かないで居たら、翔大は時計を見て、美名を強引にお姫様抱っこした。
「し、しょう君!」
「静かに……皆が起きる」
美名を抱いたまま、玄関に掛けてあるマイクロバスのキーを取ると口にくわえ、外に出る。
キーボタンを押して、バスのロックを解くとドアを開けた。
「乗るよ」
翔大は美名を助手席へ座らせて、自らハンドルを持ち、バスを発進させた。
美名は、運転する翔大を初めて見た。
「しょう君……何処へ行くの?
……あ、免許!?」
「免許なら持ってる。安心しろよ」
身を固くして黙る美名をちらりと見て、翔大は苦笑した。
「まあ、でも安心出来ないか……
俺に連れ去られて、何処かに閉じ込められて襲われる、て心配してるだろ?」
「……いや、そこまでは思ってないけど」
「それも、いいかも知れないけどな」
「……!」
翔大は柔らかく笑う。
「嘘だよ」
「もうっ……」
「……真理が心配してたよ……一晩泣いてるんじゃないかって」
「……」
「その目は、あれからも寝てない?」
美名は答えず、外の景色を見たが、まだ薄暗い。
(しょう君は何のつもりで私を連れ出したんだろう……
イヤリングも、見付けたならすぐに渡してくれればいいのに、何の意地悪なの?)
段々腹が立ってきて、むくれた顔が窓ガラスに映る。
すると広い路肩に翔大がバスを停め、運転席から降り隣へやって来と、身構える美名の手を掴む。
「や、やだ!離し……」
翔大の手が美名の掌に何かを握らせた。
――この感触は……
開いて見ると、マーガレットのイヤリングだった。
突然、翔大は美名を抱き上げてバスの扉を開けて外に出た。
暗かった空がカーテンを開けた様に明るくなり、目の前に朝陽の光を浴びてキラキラ輝く黄色い絨毯みたいな景色が広がった。
美名は目を見張る。
「……綺麗……」
何処を見ても全方位、黄色い絨毯だった。
翔大の顔がすぐ横にあり、優しく笑う。
「霧ヶ原高原のニッコウキスゲだよ。今丁度見頃だなと思ってさ……」
黄色い愛らしい花たちが咲き乱れているのを美名はうっとりと見る。
「こんなの初めて……」
「気に入った?」
「うん……」
「美名に見せたかった」
「……」
翔大は美名をそっと降ろすと、手を握り真っ直ぐに見つめた。
「俺が今、美名に出来るのはこれ位しかないから……」
「しょう君……」
「好きだよ……美名」
「……!」
涼やかな風が吹いて、翔大の髪を揺らした時に、翔大は身を屈め美名にキスした。
振り払う前に彼は美名から離れる。
ほんの一瞬のキスだった。
「他に誰が居ても……俺は諦めないよ」
美名は紅くなり首を振る。
「ダメだよ……言ったじゃない」
「俺の事……まだ好きだろ?」
「な、何言ってるの?」
「美名が俺を見る目は、六年前と同じだよ」
「――!」
翔大は目を臥せた。
長い睫毛が陰を落としている様が悩ましい。
「でも……綾波を見る美名の目は、もっと熱い……」
「……そ、そうだよ。私は剛さんを愛してるから」
「でも、俺にも気持ちが残ってるんだろ?」
頬が熱くなり顔を逸らすと、くく、と低い笑い声がする。
「完全に嫌われてるんじゃないなら……俺は諦めないよ」
「……で、でも」
「でも、じゃないよ。もう俺は心に決めてるんだ。今はこうして景色を見せてあげる事しか出来ないけど、美名が振り向いてくれるまで、俺は花を贈る様に毎日告白し続ける」
「えっ!?」
思わず振り返ると、笑顔の翔大がこちらを見ていた。
「何百回でも百万回でも言うよ」
「――!」
美名が狼狽えるのを見て、翔大は満足げに笑った。
「もう少し、見てから戻ろうか……」
大きな暖かい掌が美名の頭を包む。
目の前に広がる美しい光景のせいなのか、美名はその手を避ける事が出来なかった。
周辺にはホテルや旅館が立ち並ぶ。
広いキッチンに大浴場に、小さいけれど室内温水プールもあり、一番驚いたのは防音録音スタジオだ。
アップライトだがピアノも置いてある。
着くなり、桃子は翔大の手を引っ張って別荘の探検を始めた。
「すご―い!水着持ってくれば良かった――!」
「下着で泳げばいいよ」
翔大はチラリと美名を見て笑った。
「もう!しょう君がそーいうエッチな冗談言ったらダメ――!それは真理のキャラだよ!」
「何で俺が!」
真理が桃子を睨む。
「どう考えたってこの中じゃあんたがそういう役割でしょ―!」
「バーカっ!お前みたいなちんちくりん女の水着なんか見たくもないね!」
「なあによ――き――っ!」
早速喧嘩を始めた二人をよそに、翔大は美名の荷物をサッと奪い取る。
「持つよ」
「あ、ありがとう」
「はあ――久し振りね――!なかなか来る機会がないのよね~。
でも、カワイイ子達とこうして泊まりにこれて嬉しいわあ~うふふ……色々と楽しみだわ」
志村がjunkメンバーを見て微笑むが、皆怯えて目を逸らす。
運転手がバスから食材やら何やらの荷物を運び出して居るのを見て、美名も手伝おうとするが志村に止められる。
「いいのよ、そういう事は男共にやってもらえば!美名ちゃんに力仕事なんてやらせたら綾波君に叱られちゃうし!」
「え……でも」
「ほらほら真理君も由清君も動く!
あ、翔大君、奥の突き当たりの部屋が二つあるけど、女子と男子で好きな方を使ってね?美名ちゃんと桃子ちゃんの荷物をそこへ運んであげて?」
「はい。美名、桃子ちゃん、行こう」
「桃子~?」
桃子に声を掛けたが、まだ真理とギャンギャン言い合いながら何故か一緒に荷物を持って運んでいる。
「なんか、馴染んでる?」
「う~ん……」
翔大と美名は顔を見合わせた。
二人は部屋を探して歩く。
「桃子ね、男の人は本当は苦手なんだけどね……側に私とか、気を許せる人がいるとちゃんと喋れたりするの」
「ふうん、そんな風には見えないなあ」
「しょう君を気に入ってるからじゃないのかな。あの子、優しい人が好きだから」
「真理ともいい喧嘩相手になってるよな」
「うん……真理君、裏表なさそうだからいいのかも」
「ハハ、確かに裏表はないな」
突き当たりに部屋が二つ向かい合ってあるのを見つけた。
右手のドアを開けると十帖程の大きさの部屋。
左手の部屋はもう少し小さくて二段ベッドが置いてある。
「広い方をjunkの皆が使った方がいいかなあ?……あ、でもお布団とかあるのかしら」
美名は部屋の収納を探す。
「なんなら、俺美名と一緒にベッドで寝ようかな」
軽口で言われるが、美名はこの間の夜の事が頭を過って、頬が熱くなる。
美名はそれを隠すように、収納扉を開けて布団を見付け、はしゃいで見せた。
「良かった!あったよお布団!干した方がいいね?よいっしょ!」
腰に力を入れて布団を引っ張り出すが、思いがけず布団は軽く、気合いを入れすぎて布団を掴んでひっくり返ってしまった。
「何やってるんだよ……」
笑いを溢す翔大が覗き込む。
思わず舌を出してエヘヘと笑ったが、仰向けになった視界に彼の胸が飛び込んできた。
床に両手を突いて、美名を見下ろして居る。
ようやく、今の危険な状況を理解して、抜け出そうと体を捩るが強く腕を掴まれた。
翔大が、この間の夜と同じ危険な目をしている。
胸を押して抵抗するけれど、顔が近付いて来た。
唇が触れる手前で美名は必死に顔を逸らした。
「や……やめて」
翔大は優美に微笑み、長い指で唇をそっとつまんで来る。
「奴はここに居ないよ……今、美名の側に居て抱き締める事が出来るのは……俺だ」
「――!」
「諦めない、て言ったろ?」
「ダメ……そんなの困る」
「じゃあ、沢山困らせてあげようかな」
「……し、しょう君っ」
「美名……」
熱く燃える瞳に射抜かれて身動き出来ない美名の頬を両手が包み込み、唇が触れる寸前で桃子の呼ぶ声がした。
「お姉ちゃん――しょう君――?荷物置いたらスタジオに集合って志村さんが呼んでるよ~?」
「い、今行く!」
裏返った声で叫び、一瞬力が緩んだ隙に翔大から逃れた。
美名はスタジオへ向かおうと立ち上がろうとしたが、よろけてしまった。
(私、動揺しているの?
しょう君に見つめられたり、囁かれると正気を失う私はフラフラした女なの?
大好きなのは綾波さんなのに……)
「美名……待って」
やっとの思いで立ち上がりドアノブに手をかけようとしたら、後ろからきつく抱き締められ、翔大の柑橘系のコロンが香って来る。
「し、しょう君……行かなくちゃ」
「もう少しだけ……」
グッと力を込めて抱き締められ、心臓が飛び出しそうになる程ドキドキしていた。
身体は心と逆の反応をして、頬は赤くなり抱き締められた場所は熱く火照る。
(それとも……私は、彼に触れられる事が嫌ではないのだろうか?
そんな……
そんな事……)
「可愛いイヤリングだね……あいつが付けたの?」
しなやかな指が、美名の耳朶にそっと触れるとキスの感触。
そのくすぐったさに声が漏れる。
「んっ」
「俺も……これからビッグなミュージシャンになって……
美名に昔出来なかった事を……沢山してあげるから……」
「あっ」
翔大は美名の体を前に向かせ壁に押し付け、切なげに見つめ、美名が好きな声で甘く囁いて来た。
「どうしたら、俺の処に帰って来てくれる?」
指が髪に差し入れられ、そっと撫でられた。
優しい哀愁の沈む瞳に引き込まれてしまいそうになり、美名は目を瞑り視界から翔大を追い出そうとするが、唇を素早く塞がれてしまう。
「――……っ……ん……っ」
振りほどこうとするが力で敵わずに思う様唇を吸われて咥内を掻き回される。
「美名……っ」
翔大は唇をようやく離すと、首筋に吸い付いて来た。
「やっ!」
「あいつに……渡したくない」
右手で両手首を一つに纏め上げられて、左手がスカートの中に侵入し、太股に伸びて来た。
「んっ……やだっ……ダメっ」
「一緒に居るのに……触れないなんて無理だ……」
「や、やめて!」
翔大の指がスカートの中の下着に触れる寸前で、部屋のドアが乱暴に開いた。
「お前ら――!早くしろよ!何を遊んでん……」
ドアを開けたのは真理だった。
美名は素早く翔大の腕から逃れ、真理にしがみついた。
「――――!」
真理が息を呑んで、ギョッとした顔をして美名を振りほどこうともせずに呆然と見つめている。
美名は、翔大の視線を痛い程感じながら真理の手を引っ張った。
「さあ、真理君!行くよ!グズグズしないのっ!」
「お、おいっ!グズグズしてたのはお前だろーが!……てか、手を離せ――!」
構わず真理を引っ張りスタジオ目指してズンズン歩いていく。
「……」
翔大は二人が去った後、深呼吸して昂った身体の熱を逃そうとしたが、一度目覚めた切ない淫らな欲はすぐには引きそうにない。
「……美名……」
手に残る甘い温もりをいとおしげに思い起こす。
焦ってはいけないと頭では理解しているのに、美名を前にすると、そんな理性や分別は跡形もなく吹っ飛ぶ。
(――このままでは美名を困らせるだけだ)
だが、どうしたら自分は 美名を取り戻せるのか、という事を思ってしまう。
今まで遠かった音楽の夢と、美名。
どちらも一辺に自分の手の届く処まで来た。
自分は、どちらも欲しい。
(……両方手に入れてみせる。
どんな手を使っても……)
拳を固めた時、マーガレットのイヤリングが床に片方落ちているのを見つける。
そっと拾い上げると、翔大は微かに口を歪ませて笑った。
「遅くなりましたあ!」
真理の手を握ったままで息を切らしスタジオに駆け込むと、皆がぽかんとした。
「あらまあ!いつの間に仲良しになったの?いい事ねえ!」
「ち、ちがわあ―!」
「お姉ちゃんっ!早く離れて離れて!性格の悪さが伝染っちゃう!」
「お、おまっお前!」
「真理……やっぱり、美名さんを気に入ったんだね……可愛いて言ってたもんなあ」
「由清――!余計な事言うな――!」
次々と皆に言われて真理はムキになって怒鳴った。
「美名ちゃん、息を整えてから歌いましょうか?」
志村はピアノの鍵盤で指のウォーミングアップをするかのようにアルペジオを奏でた。
由清はドラムセットの前に腰かけ軽くスネアを叩く。
スタジオは演奏スペースだけでも二十帖以上はあるのではないだろうか。
モノトーンを基調としたシックなデザインは志村の拘りが見て取れる。
エレキギターやエレキベース、アコースティックギターも一揃い置いてあるのだ。
見たこともないデザインだった。
それぞれ、黒と白で統一されて音符のモチーフが付いている。
「可愛い……」
美名は、思わず溜め息を吐いた。
「おお~!こりゃ何だか洒落てるなあ」
真理も感心している。
「ね――!そうだよね」
美名と顔を見合わせ頷き合うが、真理が途端に真っ赤になって怒鳴る。
「な、な、馴れ馴れしくすんじゃねーよ!それに!手!いい加減に離すぞ!」
「あ、ごめんなさいっ」
真理は手をほどくと、ベースを持って部屋の隅のうんと離れた場所に行ってしまった。
「美名ちゃん、これはオーダーメイドなのよ。いいでしょう」
志村が目を細める。
「はい……素敵ですね」
「princes & junky のデビューの暁には、美名ちゃんオリジナルのギターを私から贈らせてもらうわよ」
「え、ええっそんな」
「遠慮しないの!それだけ美名ちゃんには可能性を感じるし、期待しているのよ」
「う……あ、ありがとうございます」
美名は嬉しい反面プレッシャーで顔がひきつる。
「しょう君は?」
ビデオカメラを構えた桃子が皆を順番に映しながら言う。
「あら、そうねえ。どうしたのかしら」
スタジオの扉が開き、美名の心臓が跳ねた。
皆も、入って来た翔大を見て息を呑む。
頭からバケツの水を浴びたみたいにびしょ濡れだったのだ。
髪から玉になった水滴が滴り、眼は鋭く輝いている。
「翔大さんっ!どうしたの――!水浴びでもしたの?タオル、タオル!」
桃子がタオルを取ってきて頭にフワリとかけると、翔大は魅惑的に笑い、その色気に思わず美名はドキリとした。
「いや、あんまり暑いからさ、頭を冷やしてきたんだ……
ちょっと濡れすぎたけどね」
「んも~!翔大さんたら面白い!」
桃子が笑い、真理と由清が唖然としている。
翔大は桃子に話しかけられながら、美名を真っ直ぐに見ていた。
志村は立ち上がってペットボトルの水を更に翔大に浴びせた。
「し、志村さん!?」
桃子が叫び皆も驚くが、志村はびしょ濡れになっても微動だにしない翔大に微笑んだ。
「ふふ、水も滴るイイ男ね~!痺れちゃうわ!
桃子ちゃん、そのままカメラ回して!
皆、演奏できる?」
「え?は、はい!」
桃子がカメラを構える。
「……何をやります?」
由清がバスドラをドッドッと鳴らして志村を見た。
「何でもOKだぜ!」
真理はベースを肩から掛けて細かいリズムを鳴らし始めた。
「う~ん、そうねえ、何にしようかしら」
美名はスタンドマイクの位置を調節しながら翔大をちらりと見たが、目が合って慌てて逸らす。
さっきキスされた感触が、翔大の唇が目に入ると蘇ってしまうのだ。
(集中しなきゃ……
今は忘れなきゃ……)
雑念を払うように目を閉じた。
「――あれ、やろう。
junkの
"sweet honey"
美名、歌えるだろ?」
翔大もいつの間にかギターを抱えて隣に居る。濡れた髪がセクシーだ。
長い指が巧みにトリッキーな旋律をつまびき始める。
美名は頷いた。
由清のドラムが激しくリズムを鳴らし始め、真理のベースが乗り、一気に厚みのあるグルーヴが生まれて行く。
志村は流石、即興でピアノで合わせてきてサウンドに華やかさを添えている。
美名が六年前、ライヴハウスで何十回となく見て聴いて熱狂したロックナンバーだった。
マイクを握り、一瞬過去にトリップした錯覚を覚える。
翔大がテクニカルにギターを奏で、美名に鋭く言った。
「――付いて来い!」
美名はその声でスイッチが入り、翔大のボーカルに合わせ声を乗せていく。
桃子が必死に皆の動きをカメラで撮っていた。
『I'm getting bigger!
Are you wet down ther?
言葉は少しだけでいい
お互いの身体があれば……
Tell me what you want
お前は 一体どうしたいのさ?
夜は短い
夜は短い
命も短い
命も短い
だから 早く
Why don't you get on top?
上に乗れよ』
高低差の激しいこの曲を、翔大はギターを弾きながら難なく歌う。
時々挑みかかるような目で見つめながら。
美名も真っ直ぐに見返して、負けじと歌う。
『Does that feel good?
感じてる?
Raise Your legs
Round and round!
sweet heart ,hader
sweet honey,faster
もっともっと
もっともっと
激しく、速く
sweet heart,slower
sweet honey,deeper!
もっともっと
もっともっと
強く、深く!
More! 』
最後の長い長いシャウトを決め、美名と翔大は同時にジャンプした。
ズダダダダダダ、ダン!とドラムが演奏を締める。
一瞬、スタジオは静寂に包まれたが、志村の拍手と共に皆がワッと湧いた。
「スゴいわ―!最高よ!」
志村が興奮して由清にガバーと抱きつき、真理の頬にキスして、翔大にもキスしようと手を開いてやって来たが、翔大は然り気無く避けて、志村と握手をした。
「あらあ、残念だわあ……唇を奪うチャンスだと思ったのに」
「すいません。俺の唇は好きな子の物なんです」
「……っ」
美名はギクリとしてしまうが、急に桃子が飛び付いてきて倒れてしまう。
「おねーちゃん!すごく!すごく!かっこよかったよ―!も~!最高!大好きいい!」
頭を床にぶつけて、目から火花が出る。
「あ……ありがとうね……最高ならよかった……あたた」
「何してんだお前ら」
ぶっきらぼうな口調で真理が美名の手を引っ張り起こした。
「あ、ありがとう」
「ふん……まあまあ、良い声だな」
真理はそれだけ言うと、そっぽを向いてしまうが耳まで赤くなっていた。
桃子が目ざとく見つけて指差す。
「ひゃあー!真理が赤くなってる!姉ちゃんに惚れたー?ひゅーっ!」
「ち、ちがわあ――!声に惚れっ……ば、惚れた、じゃない!お、俺はただ、ただ――!」
「惚れた?惚れた言ったね――!」
「だ、黙れ――!」
キャアキャアと追い掛けっこをする二人をよそに、志村と由清は先程のVTRを確認していた。
「うん、良く撮れてるわ、桃子ちゃん上手ね!」
「何だか……俺たちミュージシャンみたいに見える」
「バカねっ!もうプロのミュージシャンなのよ!」
志村は由清の背中をバシイと叩いて、由清はゲホッと咳き込んだ。
「これを早速YouTubeで流すわよ!」
「え……これを?」
「すごく良く撮れたからね!デビュー前からもう戦いは始まってるのよ?皆、心してね!」
「ひえ~!」
由清は顔を青くする。
「何故ひえ~!なのよ」
「いや……ボク……実はまだホストクラブにデビューの話をしてないんです」
「はあ―!?」
「何だか、タイミングがなくて……」
志村が由清の頬をグリグリすると、由清は悲鳴を上げた。
「全く世話の焼けるうさちゃんね――!いいわ、私が話を付けに行くから!ね!わかったわね!」
「ひ、ヒイイイわかりましたっ」
美名と翔大もVTRを見ていたが、確かに画面の中の自分達は別人の様で、不思議に思えた。
「凄い……皆、カッコいい」
junkと合わせて歌うのが初めてな気がしないのがとても不思議だった。
演奏技術だけではなく、お互いの心が通っていなければ素晴らしいアンサンブルやグルーヴは生み出せない。
翔大はともかく、由清や真理とは全くの初対面に近いにも拘らず、音を合わせる事が出来た上、歌っていてとても気持ちが良かったのだ。
今までの中の一番かも知れない。
デビューするにあたり、junkと組む事に不安を感じていたが、今日一緒に演奏してみて、やれそうな気がして来て、途端に胸がワクワクして来る。
VTRを見ながら思わずハミングする美名、翔大がじっと見ていた。
「美名、楽しそうだね」
「うん!凄く素敵なバンドになりそうだから……ううん、そうなるよ、きっと!」
「……キラキラしてて、眩しいよ」
「……」
彼に見つめられると、やっぱり胸が疼いた。
翔大は濡れた髪やシャツが肌に貼り付いたままで居る。
「しょう君、風邪ひいちゃうよ?」
美名はタオルを翔大の頭にかけた。
「いくら暑いからって、ダメじゃない」
背伸びをして、タオルで濡れた髪を拭う美名を、目を見開いて翔大が見ている。
喉仏がゴクリと上下するのを目の前にして、ドキッとした。
「優しいな……美名は」
「あら、こんな事で騙されたらダメよ?
何か良からぬ事を考えてるかもよ~私」
柔らかい笑みを向けられて、ドキドキしているのを悟られない様に軽く返したが、手を掴まれて息が止まる。
「騙してもいいよ……」
「し、しょう君」
翔大が更に何か言いかけたが、
「びしょ濡れのままじゃダメ――!
ボーカリストが風邪引いたらどうするんですか!お風呂用意しましたから、早く早く!」
桃子が話しかけてきて、翔大は手を引っ張られて行ってしまう。
言いかけた言葉は発せられないまま行き場を失い、ぷつりと途切れた熱情みたいな物を翔大の瞳が宿していた。
その夜は、桃子が腕を振るい賑やかな夕食となった。
志村も上機嫌に、デビューまでの様々な企みを皆に話して聞かせた。
「そう言えば、志村さん、ずっとここに居て大丈夫なんですか?」
「ええ!東京と長野を往復しようと思ったけどやっぱり大変だし止めたわ。合宿の為に私は他の仕事を片付けて来たのよ~!皆、私の頑張りを誉めて!誉めて!」
「お、お疲れ様です」
「おつかれー」
美名と真理が同時に言うと、真理はまた赤くなりそっぽを向いてしまう。
だが、最初会った時の様な嫌な感じはもうしない。
美名は思わずほくそ笑んだ。
「二泊じゃ足りない位ね~!もう一日延長しようかしら?」
「えっ」
美名は心がざわつく。
――もう一晩、綾波さんに会えない?
「だって~!やりたい事沢山あるし!
肝試しとか!キャンプファイヤーとか!それからそれから」
「オッサンが遊びたいだけかよ」
「真理君~!?貴方にはキャンプファイヤーで腹踊りでもやってもらいましょうか!」
「な、なんでさ!」
「貴方のその身体を見てみたいのよ~フフ。
その逞しい腕から想像するに、きっとバキバキの腹筋をお持ちなんじゃない?」
志村が妖しい笑みを向けると真理は椅子から立ち上がり後ずさる。
「ひっ……」
「せっかく鍛えた肉体美は人に見られて賛美される為にあるのよ――!だから!私に!見せなさい―!」
「な、何故そうなるんだよ――変態か!ギャア」
真理は志村に追いかけられて逃げ惑い、皆それを見て笑っていたが、桃子が欠伸をし、美名をつついた。
「ね~先にお風呂行こうよ……疲れちゃった。お風呂入って寝よ?」
「あ、そうだね、もうそんな時間だし」
――――
「どうしよう……何処に落としたのかな」
お風呂に行った時、イヤリングが片方しか無い事に気づき、桃子が寝た後も懐中電灯で別荘の中を探していた。
キッチンもお風呂場も、スタジオも見たが、見当たらなくて、スタジオの床に座り込んで途方に暮れる。
(綾波さんがくれた物なのに、どうしよう……)
不意に涙が溢れた時、ドアが開けられた。
懐中電灯を胸に抱いて振り返ると、真理が悲鳴を上げた。
この持ち方はまずかったらしい。
「な、ななな……ガサゴソ音がすると思ったら何してんだよ!驚かすなよな!」
「ごめんね……」
「お前、何泣いてんのさ?」
美名が涙を拭うと、真理はふんと笑った。
「男と離れて寂しくてベソかいてたのか」
「ち、違うよ……大事な物を探してて」
真理が中へ入って来た。
「何を無くしたのさ」
思わぬ優しい口調に涙がまたブワッと溢れてしまい、しゃくり上げる美名を前に真理が狼狽えた。
「い、イヤリングが……っ……
綾波さん……がくれた……のに……ひっ」
「ああ~やっぱり男の事じゃねーかよ」
真理は呆れた声を出す。
「だって……っ」
まだ泣き止まない美名の頭を真理の大きな手が包んだ。
「わかったから。
もう今夜は探すのは止めろ。
暗いし、中で何かにつまづいて怪我したらどーすんだよ」
「うっ……で、でも」
「あ~!もう泣くな!調子狂うんだよ……
明日また一緒に探してやるから!今日はもう寝ろ!わかったか!」
最後の方はもう半分怒った様な言い方だったが、美名は泣きながら頷く。
真理は大きな溜め息を吐いて、美名の手を掴んで部屋まで連れて行った。
「いいか、もうメソメソすんじゃねーぞ。とっとと寝ろ」
小声で言う真理に頷き、なんとか笑って見せた。
「ありがとう……真理君」
真理は一瞬押し黙ったが、咳払いして向かいの部屋へ入って行った。
美名も部屋へ入ると、スマホが点滅していた。
(……綾波さんからのメール)
顔が綻ぶけれど、内心ギクリともする。
”気を付けろ”と言われたばかりなのに、今日、迫られるままキスされて、イヤリングまで無くして……
もう泣くなと真理に叱られたばかりなのにまた涙が出てくる。
美名は指でメールを開いた。
『美名、志村さんにVTRをメールで送って貰って見たが、なかなか良かったぞ。
一日帰りが延びた事も了解した。
俺も寂しいが、頑張れよ。
……愛している』
"俺も寂しい"
の文面にも胸が熱くなったが、最後の一言で心も身体も甘さで一杯になり、思わずスマホを抱き締めた。
途端にスマホが振動する。
翔大からのメールだ。
『今、真理から聞いた。
イヤリングを探してたって。
ごめん。
実は俺が見つけて持ってる。
渡しそびれてたんだ。
明日、朝四時にスタジオに来てくれないか?
早くて悪いけど……
美名に話したい事もあるし。
その時に渡すよ 』
「よ、四時……?」
イヤリングが見付かった事に安堵して、また涙が出そうだったが、翔大の提案に面食らう。
今日あんな雰囲気になってしまった後でまた二人きりで会うのは……
正直戸惑ったが、イヤリングがかかっているのだ。
――行かなくては。
美名は了解の旨の返信をした。
綾波にもメールを打つが、文章でどうしても上手く表す事が出来なくて何度も書いては消したりして、考えた末に一言だけ送った。
『頑張るね。
私も愛してる。
大好き』
結局そんな事をしたり、考え事をしたりして良く眠れないまま時間を迎えた。
朝四時の空はまだ暗いが、徐々に白み始めていた。
着替えて髪を二つに結わえ、簡単に化粧をして部屋からそっと出ると、ちょうど翔大と出くわした。
「おはよう」
「お、おはよう、しょう君」
「こっちへ来て」
翔大は美名の腕を掴みズンズン歩き出し、不安になって来る。
(また、あんな風に迫られたら、どうしよう……
まさか、しょう君は今もそのつもりじゃ? )
美名は立ち止まる。
「美名?」
「……」
抵抗する様に動かないで居たら、翔大は時計を見て、美名を強引にお姫様抱っこした。
「し、しょう君!」
「静かに……皆が起きる」
美名を抱いたまま、玄関に掛けてあるマイクロバスのキーを取ると口にくわえ、外に出る。
キーボタンを押して、バスのロックを解くとドアを開けた。
「乗るよ」
翔大は美名を助手席へ座らせて、自らハンドルを持ち、バスを発進させた。
美名は、運転する翔大を初めて見た。
「しょう君……何処へ行くの?
……あ、免許!?」
「免許なら持ってる。安心しろよ」
身を固くして黙る美名をちらりと見て、翔大は苦笑した。
「まあ、でも安心出来ないか……
俺に連れ去られて、何処かに閉じ込められて襲われる、て心配してるだろ?」
「……いや、そこまでは思ってないけど」
「それも、いいかも知れないけどな」
「……!」
翔大は柔らかく笑う。
「嘘だよ」
「もうっ……」
「……真理が心配してたよ……一晩泣いてるんじゃないかって」
「……」
「その目は、あれからも寝てない?」
美名は答えず、外の景色を見たが、まだ薄暗い。
(しょう君は何のつもりで私を連れ出したんだろう……
イヤリングも、見付けたならすぐに渡してくれればいいのに、何の意地悪なの?)
段々腹が立ってきて、むくれた顔が窓ガラスに映る。
すると広い路肩に翔大がバスを停め、運転席から降り隣へやって来と、身構える美名の手を掴む。
「や、やだ!離し……」
翔大の手が美名の掌に何かを握らせた。
――この感触は……
開いて見ると、マーガレットのイヤリングだった。
突然、翔大は美名を抱き上げてバスの扉を開けて外に出た。
暗かった空がカーテンを開けた様に明るくなり、目の前に朝陽の光を浴びてキラキラ輝く黄色い絨毯みたいな景色が広がった。
美名は目を見張る。
「……綺麗……」
何処を見ても全方位、黄色い絨毯だった。
翔大の顔がすぐ横にあり、優しく笑う。
「霧ヶ原高原のニッコウキスゲだよ。今丁度見頃だなと思ってさ……」
黄色い愛らしい花たちが咲き乱れているのを美名はうっとりと見る。
「こんなの初めて……」
「気に入った?」
「うん……」
「美名に見せたかった」
「……」
翔大は美名をそっと降ろすと、手を握り真っ直ぐに見つめた。
「俺が今、美名に出来るのはこれ位しかないから……」
「しょう君……」
「好きだよ……美名」
「……!」
涼やかな風が吹いて、翔大の髪を揺らした時に、翔大は身を屈め美名にキスした。
振り払う前に彼は美名から離れる。
ほんの一瞬のキスだった。
「他に誰が居ても……俺は諦めないよ」
美名は紅くなり首を振る。
「ダメだよ……言ったじゃない」
「俺の事……まだ好きだろ?」
「な、何言ってるの?」
「美名が俺を見る目は、六年前と同じだよ」
「――!」
翔大は目を臥せた。
長い睫毛が陰を落としている様が悩ましい。
「でも……綾波を見る美名の目は、もっと熱い……」
「……そ、そうだよ。私は剛さんを愛してるから」
「でも、俺にも気持ちが残ってるんだろ?」
頬が熱くなり顔を逸らすと、くく、と低い笑い声がする。
「完全に嫌われてるんじゃないなら……俺は諦めないよ」
「……で、でも」
「でも、じゃないよ。もう俺は心に決めてるんだ。今はこうして景色を見せてあげる事しか出来ないけど、美名が振り向いてくれるまで、俺は花を贈る様に毎日告白し続ける」
「えっ!?」
思わず振り返ると、笑顔の翔大がこちらを見ていた。
「何百回でも百万回でも言うよ」
「――!」
美名が狼狽えるのを見て、翔大は満足げに笑った。
「もう少し、見てから戻ろうか……」
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目の前に広がる美しい光景のせいなのか、美名はその手を避ける事が出来なかった。
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夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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