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智也の帰国②
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「あったあー!
……いつもガチャガチャ探すからcallingの鍵は別にしておこうっ!て思うんだけど結局またそのままなんだよね~
はははは!まあ結果オーライ!
ほなみちゃん、開いたよ?」
浜田が鍵をようやく捜し当て振り向いた時、ほなみの隣に智也が居るのを見て驚いたようにポカンと口を開けた。
智也は都合がついて急遽帰国したらしい。
マンションに向かって歩いていたら、往来で騒いでいる男達(三広と亮介の事だろう)
が目について、ほなみを見つけた――
らしい。
智也は目の前までやってきて青い色のバラの花束を差し出してきた。
「ただいま。久しぶりだね」
相変わらず読めない表情だ。
ほなみは、青いバラを見て、綺麗と思うよりも、正直ゾッとした。
「凄い……青いバラ貰ったの初めて……ありがとう」
ほなみは努めて明るい声を出し、喜んでいる振りをした。
浜田が、傍でぽかんと見ている。
(何から説明しよう)
浜田とは、散歩でよく顔を合わせていたし話もしてはいたが夫の事は言った事はなかった。
隠していた訳では無く、たまたま話題に出さなかっただけなのだが。
智也が笑ってお辞儀をすると、浜田はこちらをちらっと見た。
「ああ!
いつも、ほなみさんには仕事をお手伝いして貰ってます!
このライヴハウスの社長の浜田 敏正(としまさ)という者です!」
「ほなみが仕事を?」
智也が、僅かに眉を上げた。
「人手が足りない時に、手伝って貰ってるんです。
ほなみさんは音楽に明るいんで助かってるんですよ~」
何か察したのだろうか。
浜田が機転を利かせてくれているのが分かる。
ほなみが、話に合わせて頷いていると、三広と亮介が、青信号になった途端に横断歩道を競争しながら疾走してきた。
三広の方が早く道を渡り切り、ガッツポーズをした。
「ゴォール!」
「オーッノォーッ!
エロ本猿に負けてしまうとは!
神田亮介、なんたる不覚!」
そして、2人は智也を見て目を真ん丸くした。
「この2人は
『クレッシェンド』ていうバンドの~
こっちの七五三みたいな方が根本三広君、そっちの不健康の見本みたいな胸板極薄ガリガリ男子が神田亮介君です。
こう見えても、うちで得に贔屓にしているミュージシャンなんですよ。」
浜田の雑な紹介に、2人は大いに不満そうに口を尖らせていた。
「ほなみさんから、貴方の事はよく聞いてますよ――とても優しい恋人だって」
「こっ……こ!?」
三広が、目を剥いて叫び亮介に口を塞がれている。
「いえ、夫です」
智也は微笑してさらりと答えた。
「おっお……お――っ?……ぐぐ」
三広は、亮介に更に両手で口を塞がれた。
「……ああ、そうそう!恋人同士みたいに仲良しだってね!
いやしかし美男美女のご夫婦ですなあ!」
浜田が、ハハハと笑い、智也もニッコリと笑った。
「海外赴任なので、妻には寂しい思いをさせてしまっていますので心配してるんですが……
ご近所に親しくさせて頂いている方が居るようで僕も安心しました」
ほなみの心臓が嫌な音で鳴り、嫌な汗が背中を伝う。
(――西君と出会ってから数日、私が何を考え何をしていたかなど、智也は知る筈もない。
わかる筈はない――)
物腰はいつも柔らかい智也だが、目だけは鋭くて、笑っている様に見えても本気で笑っているのか分からない事の方が多い。
――実は何もかも見透かされているのではないだろうか?
と、背筋が寒くなった。
「実は今日、ほなみさんに頼みたい仕事の話しがありまして……
で、この2人も東京からやって来たわけなんです。
帰国されてご夫婦水入らずのところ申し訳ありませんが、ちょっとだけ、ほなみさんをお借りしてもいいですか?」
「?」
ほなみにも、初耳の話だったが、浜田がしきりに目配せをしている。
智也は腕時計を見た。
「構いませんよ。
妻も家に閉じこもりきりより、何か皆様にご協力出来る事があるなら使ってやって下さい。
ほなみ……今から実家の会社に行ってくるから、ゆっくりしておいで。」
智也は、皆に会釈するとコートを翻し、駅方面に向かい歩いて行った。
ほなみは、張り付いたような笑顔で手を振るが、智也の姿が見えなくなり手を降ろすと、一気に身体の力が抜けてよろめいた。
「大丈夫?」
亮介に抱き留められる。
「……はい。
大丈夫……貧血かな……ごめんなさい」
自分で立とうとするが手足に力が入らない。
よく考えたら、家に何も食べ物が無くて朝から口にしたのは水だけだ。
亮介は心配そうにほなみを見て、身体を支え、三広も側でじっと見つめている。
「ほなみちゃん、お花を落としたよ?」
浜田が、青バラの花束を拾い差し出した。
「あ、すいませ……」
青い色が目に入ると、途端にほなみを寒気が襲う。
「……顔色が……」
皆が心配し、ほなみの顔を覗き込む。
ほなみは、頭の奥深くで、これからやってくるであろう、フラッシュバックを予感していた。
身体が冷たくなり、目の前が段々と暗くなっていく――
――そう、バラの青い色は、中学生の時に見た、自動車事故に遭い運ばれた病院のベッドに横たわっていた両親の血の気の引いた手の色を思い出させた。
『――ほなみさん。
手を握ってあげなさい――』
智也の父が言ったが、変わり果てた両親を直視出来ずその青い手にも触れなかった――
「……嫌……怖い……怖い……」
ほなみは小さく呟くと、全身の力が抜け、意識を失ってしまった。
……いつもガチャガチャ探すからcallingの鍵は別にしておこうっ!て思うんだけど結局またそのままなんだよね~
はははは!まあ結果オーライ!
ほなみちゃん、開いたよ?」
浜田が鍵をようやく捜し当て振り向いた時、ほなみの隣に智也が居るのを見て驚いたようにポカンと口を開けた。
智也は都合がついて急遽帰国したらしい。
マンションに向かって歩いていたら、往来で騒いでいる男達(三広と亮介の事だろう)
が目について、ほなみを見つけた――
らしい。
智也は目の前までやってきて青い色のバラの花束を差し出してきた。
「ただいま。久しぶりだね」
相変わらず読めない表情だ。
ほなみは、青いバラを見て、綺麗と思うよりも、正直ゾッとした。
「凄い……青いバラ貰ったの初めて……ありがとう」
ほなみは努めて明るい声を出し、喜んでいる振りをした。
浜田が、傍でぽかんと見ている。
(何から説明しよう)
浜田とは、散歩でよく顔を合わせていたし話もしてはいたが夫の事は言った事はなかった。
隠していた訳では無く、たまたま話題に出さなかっただけなのだが。
智也が笑ってお辞儀をすると、浜田はこちらをちらっと見た。
「ああ!
いつも、ほなみさんには仕事をお手伝いして貰ってます!
このライヴハウスの社長の浜田 敏正(としまさ)という者です!」
「ほなみが仕事を?」
智也が、僅かに眉を上げた。
「人手が足りない時に、手伝って貰ってるんです。
ほなみさんは音楽に明るいんで助かってるんですよ~」
何か察したのだろうか。
浜田が機転を利かせてくれているのが分かる。
ほなみが、話に合わせて頷いていると、三広と亮介が、青信号になった途端に横断歩道を競争しながら疾走してきた。
三広の方が早く道を渡り切り、ガッツポーズをした。
「ゴォール!」
「オーッノォーッ!
エロ本猿に負けてしまうとは!
神田亮介、なんたる不覚!」
そして、2人は智也を見て目を真ん丸くした。
「この2人は
『クレッシェンド』ていうバンドの~
こっちの七五三みたいな方が根本三広君、そっちの不健康の見本みたいな胸板極薄ガリガリ男子が神田亮介君です。
こう見えても、うちで得に贔屓にしているミュージシャンなんですよ。」
浜田の雑な紹介に、2人は大いに不満そうに口を尖らせていた。
「ほなみさんから、貴方の事はよく聞いてますよ――とても優しい恋人だって」
「こっ……こ!?」
三広が、目を剥いて叫び亮介に口を塞がれている。
「いえ、夫です」
智也は微笑してさらりと答えた。
「おっお……お――っ?……ぐぐ」
三広は、亮介に更に両手で口を塞がれた。
「……ああ、そうそう!恋人同士みたいに仲良しだってね!
いやしかし美男美女のご夫婦ですなあ!」
浜田が、ハハハと笑い、智也もニッコリと笑った。
「海外赴任なので、妻には寂しい思いをさせてしまっていますので心配してるんですが……
ご近所に親しくさせて頂いている方が居るようで僕も安心しました」
ほなみの心臓が嫌な音で鳴り、嫌な汗が背中を伝う。
(――西君と出会ってから数日、私が何を考え何をしていたかなど、智也は知る筈もない。
わかる筈はない――)
物腰はいつも柔らかい智也だが、目だけは鋭くて、笑っている様に見えても本気で笑っているのか分からない事の方が多い。
――実は何もかも見透かされているのではないだろうか?
と、背筋が寒くなった。
「実は今日、ほなみさんに頼みたい仕事の話しがありまして……
で、この2人も東京からやって来たわけなんです。
帰国されてご夫婦水入らずのところ申し訳ありませんが、ちょっとだけ、ほなみさんをお借りしてもいいですか?」
「?」
ほなみにも、初耳の話だったが、浜田がしきりに目配せをしている。
智也は腕時計を見た。
「構いませんよ。
妻も家に閉じこもりきりより、何か皆様にご協力出来る事があるなら使ってやって下さい。
ほなみ……今から実家の会社に行ってくるから、ゆっくりしておいで。」
智也は、皆に会釈するとコートを翻し、駅方面に向かい歩いて行った。
ほなみは、張り付いたような笑顔で手を振るが、智也の姿が見えなくなり手を降ろすと、一気に身体の力が抜けてよろめいた。
「大丈夫?」
亮介に抱き留められる。
「……はい。
大丈夫……貧血かな……ごめんなさい」
自分で立とうとするが手足に力が入らない。
よく考えたら、家に何も食べ物が無くて朝から口にしたのは水だけだ。
亮介は心配そうにほなみを見て、身体を支え、三広も側でじっと見つめている。
「ほなみちゃん、お花を落としたよ?」
浜田が、青バラの花束を拾い差し出した。
「あ、すいませ……」
青い色が目に入ると、途端にほなみを寒気が襲う。
「……顔色が……」
皆が心配し、ほなみの顔を覗き込む。
ほなみは、頭の奥深くで、これからやってくるであろう、フラッシュバックを予感していた。
身体が冷たくなり、目の前が段々と暗くなっていく――
――そう、バラの青い色は、中学生の時に見た、自動車事故に遭い運ばれた病院のベッドに横たわっていた両親の血の気の引いた手の色を思い出させた。
『――ほなみさん。
手を握ってあげなさい――』
智也の父が言ったが、変わり果てた両親を直視出来ずその青い手にも触れなかった――
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