Love adventure

ペコリーヌ☆パフェ

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ある決心

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「ほなみーっ!久し振りよねえー!
ライブ以来じゃないの~!
……智也も久しぶりね!相変わらず何考えてるか分からん、いけ好かない面してるわね?
……どうだった?久々の日本は?ほなみと存分に仲良く出来たのっ?
……何よ珍しくニヤニヤして……
いやらしい笑いだわね……
きゃあっ!
もしかして野暮な事聞いちゃった?
ごめんあそばせ!おほほほ……
でもさ、相変わらずの弾丸スケジュールよねえ。
三日前に帰って来たと思ったら、もうフランスに戻るなんてね?
……ほなみと離れがたいでしょうけど、あんたが留守の間は、私に任せて頂戴ねっ!」



新幹線の改札口前で、あぐりは一気にまくしたてるとKIOSKで購入した郷土銘菓
『にわとり』を紙袋ごと智也に渡した。


擦れ違う人が振り返る程の美人のあぐりが、往来で大きな声で身振り手振りを交え、時には歌ったりしながら見送りを盛り上げているので、周囲から注目を浴びていた。


「なんだよこれ?」

智也が、紙袋を見て眉を少し動かす。


「余裕で一ヶ月以上?
もっと長くかしら?
日本を離れて仕事でしょ?
おフランスのお菓子やお料理も素敵だけどさ~
身体の中に青い血が流れてる冷血人間のあんただって、一年に二回位は故郷が恋しくなるでしょ?
日本のこんな素朴なお菓子が食べたくなるでしょ?
『にわとり』……わかるでしょ?
丸いフォルム、つぶらな愛らしいお目々!
人間は、こういう形状の物を目にすると和んで癒される生き物なの!
……智也が寂しくないように、あぐり様が用意してあげたのよっ!
私優しい~!おほほほ」



「あ……そろそろ時間じゃない?」


まだ喋り続けるあぐりを余所に、ほなみは時計をちらりと見たが、智也と目が合い、胸が一瞬痛んだ。





――――――――――――





智也が帰国したあの夜、幾度も求められ、烈しく抱かれたほなみは、無意識のうちに西本祐樹の名前を呟いてしまったらしい。


組み敷かれ、腕を掴まれ、智也に静かに追求された。


「今……誰かの名前を呼んだだろ?」


「……っ」



頭の中が真っ白になり唇が震える。



「様子がおかしいと思ったら……
他の男の事を考えていたから……なのか?」



智也は、妻の手首を物凄い力で掴み鋭い声を放ち、ほなみは思わず目を瞑った。



「……何とか言ってくれよ」


耳元で聞こえるのは、彼に似つかわしくない、悲壮な響きの弱々しい声だ。

このまま只時間が過ぎて、彼がこの問題を忘れてくれるのを待つ位しか、ほなみにはやり過ごす方法を思いつかない。

時計の秒針がやけに大きく、ふたりだけの寝室に響く中で、ほなみは頭の中をフル回転させて考えていた。



(正直に事を暴露した所で誰も幸せにならない)


――今、何とかこの場を凌がないといけない。


ほなみは唐突に、あぐりが飲みに行った時にする、お決まりの長い説教を思い出した。




『女はね、生まれた時から女優なの。
本物の女優になるか、女優になる事を捨ててまっ正直に生きるか、それは自分が選ぶのよ。
"演じる事なんかしない、私は正直に生きる"
……それも良いかも知れないわよ。
でもさあ~!それで何か良い事あんの?
上手くやる為に演じる事が人生の総てよ。
良いとか悪いとかの問題じゃなくて~
心の中は誰にも縛れないの。自分自身でさえもねっ!
心の中で甘い夢を見て、憎い敵と戦って、表では涼しい風に振る舞うって、女にしか出来ない事よ?
……昨日まで何もなくても、今日も変わらない保証は無いんだからね?
いわば毎日は冒険よっ!
恋や愛なくしては、人生送れないわよ――!
そう!私達は、
"Love
adventure"

なのよ――!』




今まで五十回以上は聞いた言葉を頭の中で繰り返し、ほなみは気持ちを固めた。






ほなみは深呼吸して智也の頬にそっと触れ、自分から口付けた。


智也は戸惑いその目を見開いた。

ほなみから、そんな事をするのが初めてだったからだ。


戸惑いは、ほんの一瞬で、みるみるうちに幸福な微笑みにその表情を変え、智也は口付けに応え、妻の身体を掻き抱き、甘える様に胸に顔を埋めた。



ほなみは、智也の頭を抱き締め、髪を撫でた。



(上手にやるのよ……私)



「ずっと放っておかれて、憎たらしかったから驚かしただけだよ?」



「本当、なのか……?」



「『岸君』て呼んでみたんだけど……?違う風に聞こえたかな?
小学生の頃はそう呼んでたよね?
……懐かしいね……うふふ」


智也は、訝しい色をその目に浮かべたが、ほなみが、もう一度唇を重ね、熱烈に夫の咥内を舌で掻き回し指で背中を愛撫すると、彼は甘く息を漏らし、再び覆い被さってきた。


「あっ……智也っ」


ほなみは、烈しく乳房を掌で揉まれ、身体を震わせた。
智也は、情欲と切ない恋情の混ざった眼差しで妻を見つめ、苦しげに呟く。


「……お前が……もしも他の男に……っ……考えただけで俺はっ……狂いそうになるんだ!」



「……貴方って頭がいいのに、馬鹿みたいね?……そんな事有り得ないからね?」


ほなみは、柔らかく笑い、指で智也の少し歪んだ口元に触れてみる。
形の良い眉に、きりっとした切れ長の瞳、高く通った鼻筋に、魅力的な唇――
誰が見ても、彼を美形だと言うだろう。


この完璧な人を、欺かなければならないのだ。




――西君を守る為に。何よりも私自身の為に――

ほなみは、とっておきの切り札になる言葉を、呪文を唱えるような気持ちで智也に囁いてみせた。




「……貴方を、愛してる」



「ほなみ……!」



智也は声を震わせ、身体じゅうに口付けて妻を啼かせた。


ほなみは、智也に抱かれながら、西本祐樹を思う。



――例え、あの日限りの愛だったとしても私が本当に焦がれているのは西君だ。

――智也の前では、夫を愛する妻を演じるんだ――





―――――――――――



決心したものの、ふとした瞬間に胸が痛むのは、今まで一緒に過ごしてきた智也への情がそうさせるのだろうか。


ほなみが、そんな事を考えていると、智也が肩を素早く抱き顎を掴み唇を重ねてきた。

一瞬の出来事だったが、目撃したあぐりが顎が外れそうな程、大きな口を開けて見ている。


通行人の視線を感じながら、ほなみは強く抱き締められていた。



「気をつけて、行ってくるんだぞ?」


「大丈夫……だよ」


「東京でナンパされてもついて行くなよ?」


「えっ……」


智也がこんな事を言うのは、初めてだった。


あぐりが横から口を挟む。


「そうならない為に私が一緒に行くんだから大丈夫でしょ――?
それに仕事で行くんだからさ!
あああ、それにしても忙しくなりそうね!
期間限定とは言え、クレッシェンドのサポートするわけだし責任重大よ!?
私もほなみのお手伝い頑張るからねっ!
……ナンパなんかされてる暇は残念ながらないわよ~?
心配ばかりしてると抜け毛が増えるわよ――っ?それとも二十代で植毛するつもり?」


「馬鹿言え」


智也はあぐりに一言返すと、妻をそっと離し、荷物を手にエスカレーターに乗り込み上から手を振った。



ほなみも、笑顔で手を振り返す。



智也の姿が見えなくなった所で、あぐりは大きな溜め息を吐き、ほなみを軽く睨んだ。



「――で?
一体全体、どういう事なのよっ!」








ほなみは、気の置けない、女友達が肩を竦めるのを見て、小さく


「ごめんね……」

と頭を下げる。



「はあ……
私もとことん、あんたに甘いわよね~……
あの夜、電話が来てびっくりしたわよ。
智也が寝た隙にあんたが電話してきていきなり
『一緒に東京へ行って!』……てさあ。

あの短い時間で、あんたの説明を理解して、智也への対応もマストな方法を考えたんだからねっ!親友の為にここまでする女は、世界じゅう何処を探しても、吉岡あぐり様しかいないからねっ?
感謝しなさいよ!

それと!ライブの日、西君と何があったのか、ちゃーんと話しなさいよねっ!
今日は何か奢りなさいよっ!」



「……ねえ……」


ほなみは、マシンガンの如く喋るあぐりを他所に、何処か遠くを見つめる。


「んっ?」


「私、ちゃんと演じてた?」


「えっ?」


あぐりがキョトンとしている。

ほなみは、何かを振り切る様に、結わえていた髪を解くと外へ向かって歩き出した。



「待って!
……何処へ行くの?」


追いかけて来るあぐりにほなみは朗らかに笑った。

その笑顔は光輝いている。


「……callingで、魔法のマカロンを御馳走してあげる!」




―――――――――――



新幹線に揺られながら、智也はある人物に、メールを打っていた。


『至急の案件がある。
ライブハウス
「calling」の社長、浜田敏正と、ロックバンド
「クレッシェンド」
のメンバーについて。
素行を調べて欲しい』



送信ボタンを押して、窓の流れる景色を眺める。

その瞳には鈍い色が宿っていた。




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