Vの秘密

花柳 都子

文字の大きさ
41 / 44

普通に生きていただけ

しおりを挟む
「──聞きたいことは山ほどあるんだけど」
 そう前置きして、私は落ち着きを取り戻した涌井さんに訊ねた。
「……わかってます。お兄さんのことですよね」
「兄とはどうやって接触を?」
「八ツ森さん──あ、雫さんにかかってきた電話で、番号を知ったので。こちらから改めて電話をかけました。あなたや、先に行方不明になっている大学生たちを助けたければ、と」
「……兄は、それを受けたと?」
「それはそうでしょう。大学生はともかく、妹を人質に取られたら、いくら何でもNOとは言えない。何の為にあなたの電話を利用したかわからないじゃないですか」
 どうやら涌井さんは、ゴミ屋敷に落ちていた私のスマートフォンを、発見した村人から受け取っていたらしい。
 兄からの着信が続いた後、涌井さんからの着信に最初に答えたのは、つまりは自作自演だったということだ。
 自ら自分のスマートフォンで私の番号に電話をかけ、適当な頃合いを見計らって電話を切った。(後に私にスマートフォンを返却する際、私に疑われないようにする為──もし涌井さんが本当に旅行気分で訪れた善意の人なら、通話もせずに紛失を知ることはできないから──で、拾った人と自分が会話したという証拠を残す目的である。)
 その後の兄の着信に応えた理由は、当然ながら拾った人が『兄』という表記を見て『涌井圭介(※実際は涌井さんの本名)』よりも、私と親しい関係にあることがわかり、それに応えないのは不自然だからである。
 結果的に、なぜ涌井さんよりも兄にスマートフォンを渡さなかったのか、という疑念が私の中に湧いた為に、涌井さんはその行動を疑われる羽目になったわけだが。
 涌井さんに、兄からの電話で何を話したのかと問うと、「何も」という回答だった。彼の目的は、今後連絡が取れるように兄の連絡先を知ることだったので、兄からの呼びかけには一切答えず、通話中にだけ表示される電話番号をメモしていたとのことだった。(なぜ私のスマートフォンで会話しなかったのかという問いに対しては、電話番号をメモするのに必死で、兄の声は聞いていなかった。番号さえわかれば、この電話の後にこちらから連絡を取ることができ、私の電話での通話など特に意味をなさないと涌井さん自身が思っていたからと答えた。)
 通話せずに兄が諦めて切ってしまった場合、パスワードを解かずに着信履歴を確認することはできないので、電話番号を知るには絶好の機会だったというわけだ。
 ちなみに、涌井さんの手にかかれば6桁のパスワードくらい突破するのは朝飯前だそうだが、今回においては実際にその技術は使われなかったのだから、聞かなかったことにするしかあるまい。
「……兄を生贄にする、って言ったけど──んじゃないの?」
 瀬名さんと藤倉さんがいなくなったことや、炎上祈祷が外国人夫婦の霊を鎮める為なのだとしたら、で果たして問題ないものなのだろうか。
 それも後世の後付けで、という部分さえ守っていればいいとでもいうのか──私にはそうまでして村の秘密を守りたいのか未だによくわからない。
 外国人夫婦を差別し、迫害したからといっても、言い伝えによればそれは昔々の話である。昔だから許されるとか、差別や迫害を軽視しているわけではもちろんない。ただ、実際に罪を犯したわけでもない今を生きる彼らが、先祖のしたことをそうまでして守り続ける理由があるのだろうか。
 村という閉鎖的で排他的な集合体に属したこともない私には、何とも理解し難い話である。
「…………ですよ。僕は、男性であるお兄さんには彼にとって都合の悪いことを言って従わせて、あなたのことは力ずくででも炎上祈祷に連れて行くつもりでした」
「──でも、さっき私が倒れた時にそうはしなかった」
「……ホテルの人の目もありましたし、僕のレンタカーで連れて行くなんて言ったら、救急車を呼んだほうがホテルの人としてはじゃないですか。だから、部屋で休むって方向に無理やり持って行ったんです。それに──」
「……それに?」
「もし、あなたが炎上祈祷に生贄として捧げられたとして、その拉致をホテルの人に手伝わせることになります。生贄のことは村のごく一部の人間たちしか知り得ませんから、ホテルの人たちがその事実を知る由はありませんが、僕にはなんだか他人事とは思えなくて……」
「知らない間に、渦中に?」
「僕は知らない間に巻き込まれていたんですよ。あなたも、お兄さんも、行方不明になった大学生も、ポッドキャストのあの彼も、みんな──。に関わってしまった。たぶん、誰も悪くないんです。ただ普通に、生きていただけ。それなのに──」
 項垂れる涌井さんには、まだ隠していることがありそうな気がした。
 けれど、それを聞くのはまず兄を探し出してからにしよう。
 きっと、そのに関して、私では的確に彼を理解し、慰めることはできない。
 である兄がいないと、彼の心を正確に掴むことはできないだろう。
 ──ただ普通に、生きていただけ。
 その言葉はなぜか、私の胸に深く突き刺さり、この後も長く長く居座ることになるのだった。

 涌井さんはレンタカーを繰り、私をスーパー店長の元へ運んでくれた。
 ちなみに、このレンタカーは兄が借りて、夜中に涌井さんに会いに行った時のものらしい。都会の大学生である涌井さんが自家用車を持っているのは怪しいので、私に疑われない為に兄にレンタカーを借りさせることも目的だったようだ。
、手荒なことはしてません」
 まさか、自分の車で血みどろの兄を運んで汚してしまうから、レンタカーが必要だった。罪を犯すのにたとえどこであっても自分の名前を残すのは浅はかだと思い、兄の名前でレンタカーを借りさせた──などというドラマに出てくる用意周到な計画殺人の如き理由はないらしい。
 とはいえ『』というところから鑑みるに、危害を加えるつもりではあるようだったので、なんとかその前に兄を救い出したい。
 私は無事で、兄が身代わりになることなどないと安心させてやりたかった。
 いや、身代わりというか、兄と私はやはり一連托生で、これから共々、炎上祈祷に生贄として献上されてしまう運命なのかもしれないが──。
「どこにいるの? 大学生の男女も無事なのよね?」
「ええ。お兄さんは神社の中で炎上祈祷に備えています。大学生の二人もそこにいましたが、今は解放されているはずですよ」
「でも、そもそも二人を拉致したのは『口外されない為』なんでしょ? そんな簡単に解放して良いの?」
「それを考えるのは僕の役目じゃないので……。ただ、僕が聞いた正しい台詞は『にはしない』です。お兄さんにはこちらに都合よく伝えましたけど、解放にあたって危険な目に遭わせることはするかもしれません」
「たとえば?」
「ここにいる間なら、拷問とか、パワースポット(※『恋愛成就のパワースポット』=外国人夫婦の家のこと)の裏手の林は熊が出るのでそこに放り込むとか。あとはここでは何もせずに東京に帰ってから、電話などで脅すとかですね」
 つまり、直接的に手を下すか、運命に身を委ねさせるか、ポッドキャストの大学生のように精神的に追い詰めるかのどれかということか。
「それで瀬名さんは記憶をなくした?」
「男性の方のことですよね。彼がどうして記憶喪失になったかは、僕にもわかりません。ただ、彼だけが配信や録画に関わっていなかったので、そこは本家の人たちの慈悲だったんじゃないですかね。根っからのワルというわけじゃありませんから、あの人たちも」
 そう言いながらも、彼は複雑そうな表情で目を伏せた。運転中なのでそれは一瞬のことだったが、なんだか私には彼の本心というよりも、という義務感のようなものが感じられた。
 根っからのワルというわけではない、との擁護は、正直に言えば、私には到底受け入れ難い部分ではあるが、ここで涌井さんを責めても仕方がない。
 彼には未だ秘密はあるものの、私に対して自分たちにとって不利な事情も明かしているので、一定の警戒心は持ちつつも当面の間は問題ないだろうと踏んでいる。
 店長に会えば味方も増える。というか、兄より実は瀬名さんと藤倉さんを探すほうが先決な気もする。
 そう涌井さんに伝えると──。
「いや、申し訳ないですけどそれは無理です。僕に二人の居場所はわかりません。聞いたり探したりすれば、僕があなたのほうに寝返ったと疑われます」
 確かに、もっともな言い分である。
 涌井さんはあくまで自分の仕事に必要な情報しか与えられていない、もしくは自ら拾わないようにしているのかもしれなかった。
 それはある種の自己防衛とも言える。
 やはり兄を取り戻して、兄と共に二人を探すのが一番良いだろうという結論に至ったのであった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

処理中です...