Vの秘密

花柳 都子

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旧家の役目

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 そう彼女は締め括った。
 しばしの沈黙。子どものいない私に、果たしてどれだけ彼女の主張が正確に理解できているだろうか。
 ただ、心霊現象や都市伝説など彼女には全く関係ないようで、昔から伝わる都市伝説並みの噂を話す時以外は、幽霊だの呪いだのと彼女自身の口から聞くことはなかった。
 また、義両親や義祖父をはじめとする町の人々の理解不能な考え方や態度に対しても、苦言は呈しても口汚く罵るようなことは一切なく、むしろ彼女だけが責任を負いすぎなのではないかとさえ感じるほどだった。
 何度でも言うが、以前にママ友から聞いた話や彼女から見て義弟に当たる男性から聞いた様子からは、全くもって想像もつかない理知的で理性的な人なのが何より印象的だった。
 足を崩してください──そんな彼女の気遣いに甘え座り直したところ、隣の兄が唐突に立ち上がる気配がした。ぎょっとして顔を上げると、兄は彼女に対してこう言った。
「すみません。少しで構いませんので、お子さんとも話をさせていただけませんか。義弟おとうとさんにも同席していただきますし、傷つけるようなことは絶対に言いません」
 彼女は途端に母親の顔になって、「いいですよ」と微笑んだ。
 兄が客間を出ていくと、二人残された私は何を聞いて良いものか逡巡した。

 まず、私が彼女に興味を持ったきっかけは、先述したようにママ友──いや、この場合は元・ママ友だろうか──による虐待の示唆だった。
 そして、『開かずの自動ドア』のあるスーパーの店長から、『店に入って買い物をしている人の中にも体調不良や突然の奇行を訴える人がいる』とのアンケート結果を入手していた為、虐待もその一つかもしれないと考え、ぜひ話を聞きたいと思っていたのだ。
 結論として、ママ友の話だけを鵜呑みにするわけにはいかないが、もしも仮に彼女の言う通り『旧家の奥様の奇行が目立つようになった』のであれば、心霊現象の解明に繋がるのではないかという私のあては大きく外れたことになる。
 しかし、当事者である母親から話を聞くことで、彼女が『旧家の奥様』これほどまでに追い詰められてしまったのだということ、そして少なくとも彼女に対して幽霊や呪いなどの力が働いたわけではないことが明らかになった。より正確に言うならば、彼女自身はそう思っていないことが明らかになったのだ。
 この経緯と彼女の素性を秘したままにしておけないのは、ここを否定すれば彼女自身の行動を、並々ならぬ努力を、母をも捨てる覚悟を、全否定してしまうことになりかねない。
 彼女の行為が全て正解かだったかどうかは、私には判断のしようがない。けれど、彼女の義弟からこの家での次男の立ち位置についての予備知識はあったし、彼女自身がこの土地育ちではないことを鑑みても、次男共々追い詰められた時の息苦しさは察するにあまりある。
 次男という立ち位置を母親の視点から見た時、『開かずの自動ドア』のスーパーで周囲の視線に晒される我が息子を守ろうとするがあまり、感情だけが先走った行動だったと論じる人もいるかもしれない。
 けれど、ここからは私の推測──というか身勝手なそれこそ感情論かもしれない──で、彼女自身の口からは直接語られなかったが、一連の行為を『虐待』と周囲に認知させることによって、問題行動を起こすのは次男ではなくだという先入観を与える目的があった、または次男は被害者であるという同情を集める意図があったのではないかとも考えられるのだ。
 ルポライターという名に相応しくない考察をしてしまったが、彼女と相対してみて、そういうことができる人かもしれないと感じるくらいに、彼女はそのものだったということは心に留めておいて欲しい。

 だから、このまま黙っているわけにはいかない。
 この機会に聞いておかなければならないことは山ほどある。(前述した筆者の注意書きはここで質問したことを含めた補足であるので、具体的な質問内容については割愛する)
 その私からの質問の中には、彼女が知る他の都市伝説についてという項目もあって、彼女は快く答えてくれた。
 まず、『必ず行方不明になる心霊スポット』──瀬名さんが訪れ、それから行方不明になった場所──について(※ただし、現時点ではこの間、瀬名さんは記憶喪失になって都内のネットカフェに滞在していたことがわかっている)。
「そこは、さっき言った外国のだったみたいです」
 元は『恋愛成就のパワースポット』らしいと、話を振ってみると──。
「ええ、そのご夫婦がとても仲睦まじかったそうで、そのふたりが住んでいた場所だからそういう噂が囁かれたんでしょう。噂の出所ですか? さあ、それはわかりません」
 から聞いた話でもそういうふうに伝わっているそうだが、異常なまでに閉鎖的で排他的な土地の人間たちが、外国のご夫婦をと微笑ましく眺めていたとは考えにくい。本当に彼ら(※村の伝説を伝えている人たち)がそう言っているのだろうか?
 『必ずゴミ屋敷になる家』(※兄と訪れた時には監視カメラが設置されていた)については──。
「あの家はずっと空き家なんです。たまに、それこそ移住してきた方が住んでみたりするんですが、みんなすぐに出ていってしまいますね。理由ですか、私はそれほど詳しくありませんが、私自身の経験から言うならば、こんなよそ者に厳しい土地だからさもありなんと思います。私のようにここで生まれ育った人のところに嫁ぐならまだマシで(言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような表情ではあった)、全く見知らぬ土地としては到底生きていける場所ではありません」
 監視カメラについては伏せたが、気になるところはないかと訊ねると──。
「私の特に義祖父が気にしているようですね。義両親がたまに頼まれて、夫と一緒に様子を見に行っているみたいです。何があるのかはわかりません。でも、何度か「またか!」「早く元に戻せ!」というような激昂した声を聞いたことがあります。会話の内容をずっと聞いていたわけではありませんが、なんとなく話の流れからあのお家のことだろうなと。その時に、直近で義祖父が直接あの家に行ったことはないはずなのに、まるで見てきたように言うなぁと感じたことはあります」
 つまり、監視カメラを仕掛けたのはこの『町の旧家』で、ここの祖父が都合の悪い事情を排除する為の工作、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。
 そこで、私は彼女の告白の中で最も興味を惹かれた部分について言及した。彼女はこう言ったのだ。
「きっとこの家の立ち位置として、村と深く関わってはいけない町の守り役か、もしくは村から出てきて町を監視するなどの役目を負っていたのではないかと今は考えています」
 どうしてそう考えるのかと訊ねると──。
「これは私の憶測ですけど」
 そう前置きして彼女は続けた。
「この家に伝わる伝説──というのは大げさだと私は感じますが──は、外国のご夫婦を中心としていると思います。ゴミ屋敷のお家についても、『今は空き家』であること、それから『移住』や『全くのよそ者』という共通点があるので。その多くは事細かく描写されていて、もし実際にあった話が元だとすれば村から伝え聞いたものでしょう」
 だとすれば、村との関わりを絶っているように見えて、実は深く繋がっている可能性がある。その時代だけではなく、──。
 そこで思い当たるのは二つの考えだという。まず一つは、隣村は危険だからその危機を回避する為にあえて村との接触を図り、町の人たちを守ろうとしている。もう一つは、村の伝説を生々しく伝え続けることで、村への畏怖の念を遺伝子レベルで植え付け、下手なことをしないように町全体を監視している。
「要は、町の為にやっているのか、村の為にやっているのか、というだけの違いです。ただ、村との接触があるかもしれないというのは、私の妄想などではなく、これまでにあった事実の積み重ねによるものです」
 そう言って彼女は席を外し、カレンダーを手に戻ってきた。ついでにお茶のおかわりをと言われ、ありがたく受け取ることにした。
 さて、そのカレンダーはというと。日付の横に小さく印がついている日があった。
「──今日にも、ついてますね」
 私がそう言うと、彼女は強く頷いた。
「そう、まさに今日みたいにです。平均して、月に何度かあります。実はこういう日があると、大体(※この場合、近所の井戸端会議という意味合いらしい)で何かしら噂が立ちます。それはまちまちで、良い噂の時もあれば悪い噂の時もあるのですが、共通しているのはなどに関するもので、ひどい時には子どもたちの身の安全を疑ってしまうほどのものもあります。──もしかしたら、私の虐待の噂もその一つに入るかもしれません」
 そう言って彼女は肩を落とした。
 現代でわかりやすく表現するなら、保護者宛てに送られてくる不審者メールや、最近では地方とはいえ街の中心部でも珍しくない熊の目撃情報などだろうか。
 彼女曰く、その噂の内容やタイミングを義祖父を中心とした会合で決めていて、それは村で何か良からぬことが行われている合図なのではないか。そして、大げさな噂の必要性は、その良からぬことを(※この場合は村の外──町や市内の人々など)には漏らさないようにする為のカモフラージュ。夫や長男ももっともらしい理由で不在にするのは、その英才教育を受けさせられているのではないかと、彼女は勘繰っているのだという。
 聞けば聞くほどに嫌なところだなと私などは思ってしまう。確証はないにしても、不思議と彼女の話には説得力があった。
 裏付けが必要かもしれない──。
 私がそう思案していると、兄がひとりで客間に戻ってきた。


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