Vの秘密

花柳 都子

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嘘か真か

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 私は兄と別れ、店長の運転する車でどこかへ向かっていた。
 彼は終始無言だったが、私は手足を縛られたり、口を聞けないよう猿轡をされたりすることもなく、後部座席にじっと座ってさえいれば実害は今のところ特になかった。
 現時点で彼が敵なのか味方なのか判断はできない。
 あの家に侵入した私たちを狩りに来たのだとしたら敵だが、この状況だけを考えればとも言える。
 兄もいることは知らなかったか、それとも間に合わなかったかのどちらか──というのは、正直私がそう思いたいだけかもしれない。
 ただ、以前取材をした際、彼自身はようだったし、自分の店がと言われることに対しても村全体に対してもあまり良く思っておらず、見ず知らずの私に忠告と警告をしてくれたことも印象的だった。
 あれ以来、今まで連絡を取れていなかったのは気になるが、もしかしたらその間に村寄りの考えに鞍替えしてしまったのだろうか。もしくは、鞍替えせざるを得なかったのかもしれない。
 どちらにしても、彼は以前は知らなかった
 とはいえ、たとえこの車内にふたりきりでも、その話題を持ち出すのはまだ躊躇われた。
 彼一人なら味方に引き込めないこともないだろうが、兄のいない中それができるか。そして、私が思うより積極的に、店長自身が村の考えに傾倒していた場合、それを覆すだけの説得が私に可能なのかということがネックなのだ。
 時折、バックミラーでこちらを窺っているのか、表情までは確認できないが、静かな視線を感じる。
 町までの道のりの、中ほどまで来た頃だろうか。
 店長が徐に口を開いた。
「──彼はきっと大丈夫。悪いけど、君には俺と一緒に来てもらう」
「えっ? どうしてそんなこと──」
から。たぶんふたりでいるより命の危険は少ないと思う。君も彼も。彼はどこかに監禁されるだろうけど、祭りが終われば解放される──。ただ、良くて拘束、悪くて目撃者にはされてしまうかもしれない」
? 何を見せられるんですか。それにっていうのも──」
 気になるところだ。
 そういえば、この人には以前兄と一緒にいる場面を一度見られたことがあるだけで、あの家に私と兄のふたりがいることを確認していたのなら、ふたりの姿を見た彼が、私と兄を──有体に言えばと勘違いしていてもおかしくはなかった。
 それとも、ただという意味のなのだろうか。
 まあいい、そこはそんなに重要ではない。
 問題なのはということ、そしてのこと。
 その時、私のスマートフォンが着信音を奏でた。
 兄かと思って急いで画面を見ると、それはなんと東京で清掃会社の情報をくれた、ネットラジオ投稿者の友人・涌井圭介さんからの連絡だった。(※詳しくは『蜘蛛の糸』参照)
『──八ツ森さん、ですか? あの、実は例の『ゴミ屋敷』のことなんですけど。あんなことがあってから、たまにネットで調べてるんです。『ヴェールの女』、『清掃依頼』、『地方の空き家』、『ゴミ屋敷』みたいなワードで検索すると、普段は何も出て来ないんですけど──あの友人やVくんたちが行った村に関することはって意味です──、でもさっきまた調べてみたら、その『ゴミ屋敷』の写真が載っているサイトがあって。メールでサイト情報送っておくので、見てみてください!』
 彼がくれたメールには確かにリンクが貼り付けてあって、そこにアクセスすると、とある清掃会社のホームページが表示された。
 涌井さんの言う通り、『ゴミ屋敷』の写真と『ここを清掃します、ビフォーアフターを載せるので清掃をお考えの方は、ぜひ我が社をご検討ください!』のメッセージがあった。
 その清掃自体はまだ来ていないのか、それとももうされてしまったのかわからないが、そもそも兄との話の中で『消息不明の瀬名さんや藤倉さんを監禁するなら心霊スポットが怪しい』と仮定し、それでまず手始めに外国人夫婦の家に行ったのだ。
 つまり、同じように『ゴミ屋敷』も監禁場所の候補である。うまくいけば兄や瀬名さん藤倉さんと再会できる。そうでなくても、調べる必要はあるはずだ。
「あの。さっきの話も気になるんですけど、先に『ゴミ屋敷』に向かってもらえませんか」
「え? いや、でも──」
「『ゴミ屋敷』に関しても、何か知っていることがあるんじゃないですか?」
「さあ……あぁ、いや、本当に知らないんだ。あの家は村でも扱いらしくてね。うちの母親ですら、詳しくは知らないみたいだったよ」
 そうだ。この店長の先代──父親の妻にあたる彼の母親は、夫の影響を受けてではないかと兄は言っていた。そして、で母親は今まで秘密にして来た村の事情について息子に明かしたということだろう。
 そのとは、おそらくのこと。息子である店長の年齢を考えても、ここ数十年は村に大きなはなく、平和だったのではないか。
 には、もちろん私の取材も含まれることだろう。もしも村にとっての災厄の基準が、『秘密の保持ができなくなること』だとすれば、秘密を暴こうというルポライターなど存在ごと消したいに決まっている。
 そして、まさに見計らったかのようなタイミングで『ゴミ屋敷』の情報──。ただの偶然にしろ、何らかに導かれたにしろ、このタイミングであることにはきっと理由がある。
 私の杞憂であれば良いのだが、おそらくこれは事実だ。
 ──祭りに向けて事態が大きく動き出している。
 私ははやる気持ちを抑え、もう一度、ハンドルを握る店長に頼み込んだ。
「気持ちはわかる。でも、もう日が暮れる」
 確かに夜の帳が下り始めている。白い太陽は、まもなくぼんやりとした月に変わり、街をそっと包み込むだろう。
「あの家(※『ゴミ屋敷』のこと)に行くのなら、清掃会社の人になりすますのが一番怪しまれない。それなら俺も一緒に行ける。でも、夜に出入りするのは不自然だし、色々準備が必要だから。今日のところはうちのスーパーの倉庫に行こう」
「倉庫?」
「悪いけど、家には母親がいるし、他に匿ってあげられる場所がない。一緒にいた連中には、別の場所(※スーパーの倉庫ではないところ)に連れていくと言ってある」
「じゃあ、あ──彼も?」
 私は兄と呼ぼうとして、なんとかギリギリで回避した。
 店長はもっともらしいことを言って味方のふりをしているだけかもしれない。『ゴミ屋敷』に一緒に行くというのも、私の監視の為だとも言える。
 ここはこのままと思わせておくほうがいい、というのはこの時点での私の直感だった。彼が味方だったとしても、私たちを言った言葉が命取りになることだってあり得る。
 申し訳ないが、全面的に運命を預けられる信頼関係は今はまだないのだ。
「いや、彼には君とは別の場所が用意されていてね。もちろんスーパーの倉庫でもない」
「危険な目に遭うなんて、ことは──」
「ないとは言い切れないけど、拷問まではしないと思うよ」
 拷問、というのが微妙に引っ掛からなくもないが、兄のことだからなんとか自力で対処するだろう。
 それより私は私の心配をすべきではないのか。
 これから連れて行かれるという倉庫だって、絶対に安全とは誰も保証してくれない。これが罠だって可能性も十分にある。
 だが、夜に『ゴミ屋敷』に出入りするのは不自然だというこの人の言い分も至極真っ当で、清掃会社を装う作戦にも異論はなかった。
 兄と、そして瀬名さん藤倉さんを無事に救出する為なら手段など選んではいられない。ついでに言うなら、味方を吟味している余裕もないのだ。
 私はあの日、私に忠告してくれたことを思い出しながら、彼の指示に従った。

 スーパーに隣接する倉庫は、思いの外広くはなかった。
 夏だから冷房が効いているらしく、快適な温度の室内に、背丈以上もある棚がいくつも並ぶ。
「この奥は冷蔵庫と冷凍庫だから。この倉庫自体の鍵は内側からも開くようになってるけど、そっちのほうは閉じ込められたら最後、から気をつけて」
 なんとも不穏な注意点だったが、わざわざ教えてくれたことには感謝せねばなるまい。だからといって私を罠にかける可能性がゼロになったわけではないが、店長がもし私を狩る気でいるのならわざわざこんなところに連れて来る理由がない。
 それは取りも直さず、その気になればということでもあるからだ。
 私は頷いて、彼が用意した一夜限りの寝床に腰を落ち着けた。
「俺はもう行くけど、夜中に適当に誤魔化して彼(※私の兄のこと)の様子を見に行って来る。君のことも伝えておくから」
 店長はそう言って倉庫を出て行った。
 鍵をかけた音も聞こえたが、私はこの時点で夜に差し迫った危険がなければあえて外に出るつもりはなかった。村の夜の様子は一度も確認したことがないし、祭りの前ということで特別な行事(にかこつけた見回り)などが行われている可能性もある。下手に出歩くよりここのほうがマシだろう。
 ただし、外から開けられるということは単純にが開けることだってあるはずだ。この寝床は入り口付近からだと死角になる位置のようだが、奥まで来ればすぐに見つかる。
 私は眠れぬ一夜を覚悟した。
 そう、私は文字通りこの夜一睡もできなかった。
 少なくとも自分の意思では──。
 腕時計が丑三つ時を指す頃、なんと倉庫の鍵が外側から開いたのだ。


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