Vの秘密

花柳 都子

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守れない約束

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 例によって兄が車につけていたヒモ(※主にはぐれないようにする為だが、今回はそれほど家が広くないので必要ないかもしれない)を、お互い手首に巻き、私たちは家の玄関にあたる入り口へと向かった。
 ここで兄との約束ごと5ヶ条をおさらいしよう。
①声を出してはいけない
②もし何かが見えても目を合わせてはいけない
③写真は絶対NG、動画は画面を見ないこと
④何があっても急に逃げ出してはいけない
⑤極力ものに触れてはいけない
 この5ヶ条は幽霊をはじめとする人ならざるものとのをベースとしている。(※詳しくは『異世界の入り口』を参照)
 しかし、今回に限って言えば幽霊やそれに類するものよりもに気をつけねばならないだろう。
 懐中電灯を片手に、兄のヒモを引く合図で私たちは中へと入った。
 ざりざりとガラス片を踏む音が響く。
 山間の村だけあって、夏だというのに薄暗くなりつつある室内を、私たちはできるだけ離れないように進んでいく。
 今のところ他に物音はしない。
 後ろから追いかけてくるような足音もない。
 ただ、東京ナンバーの車が置いてある(※どこかに車を置いてくることも考えたが、そもそもこの家まで村の外から歩ける距離ではなかった)ので、私たちがここにいることに気づかれるのも時間の問題だろう。
 できるだけ静かに、合図を繰り返しながら全ての部屋を確認していく。
 皮肉にも、この家をとして楽しむ条件(※『地元住民への取材(2)』前半を参照)を満たしてしまっているが、この時はそんなことを考えている余裕は全くなかった。
 とにかく瀬名さんと藤倉さんが無事であること、そして私たちに何も起こらないで欲しいことだけが、私の頭の中を占めていた。
 実は、兄はこの家に入る前、約束ごとをひとつだけ破る覚悟を決めていたという。それを私は今から目の当たりにすることになる。
 一通り家の中を見て回ったが、誰かがいる気配も、そして今回は人工的なゴミのかけらすらも見つからなかった。
 後者に関してはどちらかといえば、前回がイレギュラーだっただけかもしれない。普段は村の人たちが厳重に管理しているに違いないからだ。
 しかし、彼らはそうまでして何を隠したいのだろう。
 その謎はいまだにはっきりしない。
 移住してきた外国人のご夫婦を差別的に扱い、意図的に迫害したことが、そのなのだろうか。
 もしかして、彼らも生贄にしたのでは──。
 私がそこまで思考を巡らせた時、ふいに物音と手首のヒモから不自然な振動を感じた。
 隣を見ると、兄が窓際の棚を動かしている。
⑤極力ものに触れてはいけない
 兄との約束ごとに含まれるその項目を思い出し、私は驚愕した。
 そして、兄を止めようと、ヒモではなく兄自身を棚から引き剥がそうと服を引っ張る。
 しかし、兄は首を横に振り、私の制止をそっと私の手を退かす形で制止するのだった。
 お前は手を出すな、とでも言いたげな真剣な表情に、私は言葉の通り手も足も出なかった。そうこうする間に、兄は家中の床や壁を覆う家具を移動させていく。
 そして姿を現した床や、壁、天井までも確認したが、地下室に続くような扉も、隠し部屋と思われる場所も、天井裏に至ってはそんな概念さえもなく、空振りに終わった。
 ほっとしたのも束の間、ガラスの割れる音が聞こえた。続けて、複数の若い男の話し声。にわかに外が騒々しくなり、私たちは出るに出られなくなってしまった。
 ガタガタと入り口の扉が鳴り、私たちは一番奥の部屋に隠れざるを得なくなった。
 もちろん家探しをされれば終わりだ。さっきのガラスの割れる音は、おそらく車を破壊された音だろう。
 窓だけでなく、タイヤもパンクさせられているに違いない。私も兄も万が一の為に、貴重品など必要なものは持って出たが、足がなくなるとこの村から出ることも危うい。
 というより、今この家から出ることすら難しいかもしれない。
 私は心の中でずっと約束ごとを唱えていた。
 話してはいけない、目を合わせてはいけない、急に逃げ出してはいけない、写真も動画も絶対NG──。
 余計なことは言うな、相手に取り込まれるな、絶対に屈してはならない、証拠を残すな──。
 十中八九、今この家にやってきたのは村の息のかかった人間で、私たちを追い出すつもりでやって来たに違いない。
 追い出すだけで済めば良いが、もしかしたらその場で処刑される可能性だってある。彼らの彼らによるに従って。
 私たちにその一端──例えば、知らなくて良いことを知っている、やたらと反抗的だったり逆に下手に出たりするのも怪しい、写真や動画に家や侵入者(この場合は私たちでもあるが)の姿が残ってしまう──があると見れば、彼らには躊躇する理由がなくなる。
 
 兄は窓を開け、外を確認する。やはり複数人の男の声がした。だが、今のところ裏手に人が来る様子はない。
 家の中に隠れるにしても、さっき確認したように、この家には。つまり短時間に隠れられる場所など、向こうもすぐに確かめられる範囲だということ。
 かといって、彼らがやって来る玄関に戻るわけにはいかない。身を隠す場所がないので、鉢合わせするに決まっている。
 逃げられる可能性としては、窓から外に出て彼らの視界に入らぬよう裏手の林をどこかに抜けるくらいしかないが、もう日が暮れかかっている。暗闇の林、しかも土地勘は全くないし、この山間の村では熊や野生の動物だって出没しかねない。
 とはいえ、ここで手をこまねいているわけにもいかなかった。
 身振りで、窓から出て表に回るよう指示される。今、男たちがこちらに向かっているのだとすれば、うまくいけば家の外と中ですれ違えるのではないか、という希望的観測に縋るしかなかった。
 たとえ、ここから奇跡的に脱出できたとしても、この家に来た男たちのみならず、そのまま他の村人たちにも見つからないようこの村から出るのは、至難の業だろう。
 それでも、やるしかなかった。
 急に逃げ出してはならない──皮肉にもこの約束ごとも守れそうになかったが、ここにいても刻一刻と時間は過ぎ、ただただ逃げ場がなくなるだけだ。
 兄は私の背中をそっと押し、先に窓から出るよう促す。言われた通りに窓を乗り越え、地面に着地した。
 ほっとして兄を呼ぼうとヒモをくいくいと引っ張ろうとするも、なんとその行為虚しく、私は後ろから羽交い締めにされ、口を塞がれてしまった。
 窓に背を向ける兄は室内を警戒しているらしく、こちらを見ていない。私が手首のヒモをぐんと大きく引っ張ると、驚いたようにこちらを振り向いたが、その時にはきっと兄から私の姿は見えなかっただろう。
 ちょうど私の体が家の角を曲がったところだった。
 向こうは向こうで、室内に男たちが侵入してきたらしく、開けた窓から聞こえる声が大きく響いた。
 しかし、すぐにこもったようになり、どうやら兄が窓を閉めたらしいとわかった。
 私はヒモを離さざるを得ず、ここで頼れる兄と別れることとなった。

 私はそのまま引き摺られるようにして、家の外を移動している。私を羽交い締めにしているのも男性だというのはわかったが、年代が30~50代くらいとなんとなく掴める程度で、少なくとも力の強さや体格から老人ではないことだけは確かだった。他には誰も外には見当たらない。
 下手に暴れたらまずいと思いつつ、ほんの少し身を捩ってみたが、後ろの男はびくともしなかった。
「静かに」
 ひそひそと聞こえた声音はやはり前述の推定年齢くらいだったが、不思議とこちらを威圧したり凄んだりするような棘は些かも感じられなかった。
 私はなす術なく入り口正面の車のところへ連れて来られた。予想通り私たちが乗ってきた兄の車は見事なまでに破壊されていた。
 その隣には二台の車があり、ひとつは軽トラック。もうひとつは大きめのバンタイプの車だった。
 私は後者の後部座席に乗せられた。
 声の数からもう4~5人はいるかと思われたが、意外にもその男はたったひとりで私を拘束し、車へと詰め込んだのだった。
 そして、私は彼の正体をようやくここで知ることになる。
 それは、あのだったのだ──。

 
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