Vの秘密

花柳 都子

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祭りの目的

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「三日後──か」
 定食屋から車に戻った兄が、神妙な面持ちで呟いた。
 話の流れから、村にある神社で行われるという祭りのことだろう。
 より正確に記すなら、現在は前夜祭の三日前の午後。件の『炎上祈祷』は祭りの中日──メインの神事らしいので、その日までは丸三日と半日あるわけだ。
「まずいな、時間がない」
「えっ?」
 今日の午前には、状況を楽観──というより私の焦りを宥める側だった兄が、少々苛立ったように車のエンジンを入れた。
「その祭りの日までに、瀬名さんと藤倉さんを見つけないと」
「祭りの日まで? なんで?」
 一刻も早く見つけなければならない、というのは兄よりもむしろ私の意見だったはずだが、その期限についてなぜなのか皆目見当もつかない。
「なんで、『炎上祈祷』なんだと思う?」
 兄は私の質問を聞いていたのかいないのか、全く同じトーンで質問返しをしてきた。
 車は駐車場を静かに滑り出し、村方面へと向かっていく。
「『炎上』──は、まあ見たままかな」
 定食屋にあったポスターの写真で見た通り、炎が上がる様を言葉で表現しただけだろう。
「じゃあ、『祈祷』は?」
「…………『祈祷』だってそのままじゃないの? 願いごとをするんでしょ」
「矛盾してると思わないか」
「えっ?」
「定食屋のお父さんの話じゃ、これはでなきゃいけない──死者の魂を供養する為の祭りだって」
「そうだけど、自分たちの来世の幸せを願う為でもあるって──」
「だからそこが矛盾してるんだよ。そもそも『祈祷』ってのは、個人が神社や寺に頼んで、お金を払って行うものってイメージが強い。無病息災、商売繁盛──なんでもいいけど、それっての願いじゃなくてあくまでの願いごとだろ」
「……まぁ、だからお金払って自分でやるんだよね」
「そう。じゃあ、逆に言えばこの祭りのっていうのは、少なくともの願いごとってことにならないか?」
 だとしたら、なんだと言うのだろう。
 そもそも夏祭りが全て死者供養の為というわけでもない。春に行われる豊作祈願と同じ意味を持つ場合もある。別に村全体が同じ願いごとを共有する為に、祭りを開催したって不思議ではない。
「──死者を供養するっていうわりに、死者に願いごとを叶えさせようって?」
 兄が低く鋭い声でこぼした言葉に、私ははっとする。確かにそうだ。
 死者の供養も、集団での祈祷も、それぞれが独立していたら、夏祭りとして何もおかしなことはない。
 けれど、死者を供養すること=自分たちの幸せを願う為というのは少し虫が良すぎる気がする。供養したのだから、幸せにしてくれとでも言いたげな──。
 より嫌な言い方をすれば、死者を軽く見過ぎというか、自分たちより幸せになる価値がなかったから、とでも言いたげな──。
「あっ…………もしかして──」
「死者を供養する為っていうのは文字通り形だけで、死者=自分たちにとっての邪魔者を排除して、だから自分たちは間違いなく幸せになれる──ってことかもね」
「…………そんな、そんなこと、って……」
 ──だとしたら、もしそうだとしたら。
「瀬名さんや藤倉さんが危ない……!」
「そう。もし村の人たちにとっての祭りの本来のなのだとしたら、瀬名さんや藤倉さんがその対象になる可能性はかなり高い」
 まさか──私の脳内を駆け巡るのは最悪のパターンばかり。
「……もしそうだとしても、少なくとも祭りの日までは殺さないと思う。俺の願望なのは認める。でも、夏は傷みやすいし(さすがの兄も何が、とは言及しなかった)、たぶん『炎上祈祷』にはもう一つ役目があると思う」
「役目? 他にもあるの!?」
「よく考えればわかる。村はこの辺りじゃ一番山間にある。そんなところで炎なんて、一歩間違えば山火事だって起きかねない。それでも理由があるんだよ」
「何、その理由って──」
「──
 兄は直球かつ端的に、私の質問に答えた。
「……誰に、対しての?」
「そりゃ全員だろうね。村の人はもちろん、村から下ったところにある町や市内の人たちにも、知らしめたいんだ。これは自分たちの(村だけじゃなく町や市の人も含めて)の為にやること。反対は許さない。そして、村の掟に従い続けろっていう暗示──」
? って、もしかして、その炎で……」
 ──身を灼かれたくなければ?
 そうか、──きっと麓の町からはさぞや神々しく見えることだろう。見て見ぬ振りなど決してできないほどに。
 『炎上祈祷』という言葉だけを聞けば、夜に映える美しい炎の姿と、そして前向きで明るいイメージをきっと大半の人間が思い描く。
 けれどその裏には、夜空に溶け込みながら周りを巻き込むような黒煙が渦巻いていて、その黒煙に絡め取られたら最後、もう逃げることは許されない。
 もし兄のこの推測が正しいとして、この時代にどれだけ正確に『祭りの役目』を認識している人がいるのだろう。
 いや、少なくとも村の人──村の老人たちや、町の旧家の人たちは知っているのではないか。
 そして、私たちはもう既にその黒煙の中へと足を踏み入れてしまったのではないか。
 たとえそうだとしても、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。瀬名さんや藤倉さんを無事に救出し、元の生活に戻るのだ。
「定食屋のお父さんはこうも言ってた。昔は『動物』や『亡くなった人』を捧げていたらしい、って」
「で、でも、それはさすがに、ただの噂だよね?」
「たとえ噂だとしても、ってことだよ。生贄なんかの風習は、根強く残っていたりもする。本当の動物や人間じゃなくても、に代わりをさせるって話も聞くし、なんなら地域がピンチの時ほど生贄を必要とするものだから。今この現状が、村にとってピンチなんだとしたら──」
「……ねえ、兄さん。どこに向かってるの?」
 独り言のようにぶつぶつと呟き続ける兄に、車窓からの景色を眺めていた私は何度目かになる問いを兄に投げた。
「外国人のご夫婦の家だよ。まあそこじゃないとは思うけど」
「そこじゃないって……瀬名さんと藤倉さんがにいるんじゃないかって、こと?」
「もし本当に祭りの日に生贄として捧げる気なら、その時まで監禁しておく場所が必要なはず。外部の人間はまず立ち寄らないところ、もしくは立ち寄ってもすぐに対応できるところ。監視がしやすいところ。候補は心霊スポットのどれかだけど──」
 だが、外国人夫婦の家は元々で、今でこそと言われているが、立ち入り禁止になっているわけではない。
 実際、以前は私たちでも中に入ることができた。
「隠し部屋とか地下室とかがあるのかもしれない。外から出入りが見えやすいあの場所は、今じゃないと確認できない」
「な、なんで、今じゃないといけないの!」
 普段は安全運転の兄だが、車のほとんどいない車道を直走り、村近くの山道になってようやくスピードを落とした──というか落とさざるを得なくなった。
 私が半ば叫ぶように問うと、兄はこう答えた。

「だから、なんでそんなことわかるの!」
「いいか? 旧家の奥様が言ってたように、家族が留守にする日が、なんだとしたら、留守にしているこそ対策会議の真っ最中ってことだろ。村の大事な部分に関わる人間は参加するに決まってる」
 つまり、彼らがしている心霊スポットは一時的に監視から逃れるということ──。
 おそらくこの体制は心霊スポットに限らず、村に害なすもの全てに働くのだろう。
 最初に私たちが家の中に入った時も、すぐに村の老人がやってきた。車で通る道沿いでも畑仕事をする人たちからの視線を感じた。それもこれも全て、近くでしていたのだとしたら、確かに納得できる。
 閉鎖的で排他的な村、ではなかったというわけだ。
「代わりに見張りを置かれていたら厄介だけど」
 私のことをちらりと見て、兄は言い淀む。
 一応、妹である私を心配してのことだろう。
「大丈夫。どっちにしたって、これから監視がきつくなるのは目に見えてる。しかないんでしょ」
「──約束は、ちゃんと守れよ」
「わかってるって」
 私たちが、かつて外国人夫婦が移住してきたという家に着いたのは、もう夕方に近い頃だった。








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