Vの秘密

花柳 都子

文字の大きさ
35 / 44

思わぬ来客

しおりを挟む
 店長の運転でやって来たのは、私と兄の宿泊する市内のホテルだった。というのも、もし村の人たちに監視されていたとしても、店長曰く、ここまでは追いかけて来られないだろう──と。
 祭りの準備の為、重役たちはもちろんのこと男手も必要なので男性たちも手が離せない。追いかけて来るには、人材がいないというのだ。
 とはいえ、そもそもの話だが──。
「追いかけてくることもあるんですか?」
「それは時と場合にもよるかもしれないけど、やりかねないとは思うよ」
 呆れたような途方に暮れたような声音だった。
 彼は元々、スーパーを別の事業に変えようとしていたし、町を出ることだって考えたことがあるだろう。
 それなのに、今や村との関わりの中枢に近いところへ、文字通り祭り上げられてしまった感がある。
 きっと彼だけの意思ではもう抜け出せないところまで来てしまったのだ。しかし、だからといって現状を変えることもままならないのだろう。
 彼自身、村の執念みたいなものを目の当たりにしてしまったのかもしれない。
 それにしても、何がそんなに彼らを掻き立てるのだろう。
 幽霊への恐怖か、自らの保身か、それとも村自体の名誉の為か──。
 私には到底理解できるものではないように思える。
「……あれ?」
「何か?」
 フロントガラスの向こう──駅にほど近いホテルなので、駅から出て来る人が見える──を何とはなしに見ていた店長が首を傾げるので、兄が問うた。
「いやぁ、見覚えのある顔がいたような気がするんだけど、まさかこんなところに──」
 私と兄は顔を見合わせ、「誰か知ってる人でも?」そう聞くと、店長は首を振りつつ、「気のせいだと思う」と言って私たちをホテル前に降ろしてくれた。
 しかしながら、この時点で祭りの中日にある『炎上祈祷』まで残り丸2日と少し。
 瀬名さんと藤倉さんの行方は未だわからず、心霊スポット群の数多の謎についてもほとんど何も判明していない。
「とりあえず、今日は休んだほうがいい。何か食べるもの買って来るから、お前は部屋にいろ」
 兄にそう言われ、私はその通りにすることにした。
 今日は──というか、昨夜から色々あって疲れてしまった。一度は命の危機まで感じたのが嘘のように、今は現実的な身体の怠さと気の重さがずっしりとのしかかって来る。
 私がシングルルームのベッドに腰掛け、深いため息を吐いた時、スマートフォンがないことに気がついた。
 心当たりはない。ただ、深夜スマートフォンを操作しないよう努めた記憶があるので、倉庫に閉じ込められていた時点では手元にあったはずだ。
 ということは、冷凍庫に閉じ込もった時もしくはあの『ゴミ屋敷』に落として来たに違いない。
 私は兄に連絡しようとしたが、スマートフォンを持っていないのでできないことに気がつく。
 ともあれ、兄が戻って来るのを大人しく待つしかなかった。
 それから数分後、袋いっぱいに弁当や飲み物を買って来た兄にその話をした。
「ロックは?」
「かけてる。パスワードだけど」
 指紋認証もできる機種だが、ルポライターという仕事柄、遠出も多く、移動中は知らず寝てしまうこともある。私の意識のない時に解除されれば、仕事上で接触のあった人たちを危険に晒すことになるので、6桁のパスワード認証を使用している。月に一回はパスワードを変更し、できるだけリスクを回避しているつもりだが、ちょっとした技術を駆使すれば容易に突破できるとも聞くので、あまり意味はないのかもしれない。
「心当たりは?」
「昨夜の冷凍庫か、『ゴミ屋敷』だと思う」
「……だろうな」
「──でも、昨夜は充電できなかったし、そろそろ電池が切れるかも」
「……悪用されないことを願うのみだね。明日、また隙を見て店長さんが来てくれるっていうし、一応探してもらえるように連絡してみるから。それまでゆっくり休め」
 兄はそう言い置いて自分の部屋へと帰っていった。
 ちなみに、店長とはまた万が一の為に私だけでなく兄も連絡先を交換している様子だった。
 朝9時にロビーで待ち合わせした兄と、その約束通りには会えないことをこの日の私はまだ知らない。
 重なる心労と体力の限界に、私はシャワーを浴びてから泥のように眠った。

 翌日。
 フロント周りが徐々に騒がしくなる頃、時計を確認しつつ、私は兄が降りて来るはずのエレベーターをずっと待っていた。
 何度も鳴る到着音に毎回顔を跳ね上げるも、出て来るのはビジネスマンと思しき男性たちばかりだった。
 仕事の連絡で必要なスマートフォンだが、私自身はこれといって執着がない。だから、これほどまでにスマートフォンを欲する日が来るとは思いもしなかった。
 フロントに頼んで部屋に電話をかけてもらったり、手帳にメモしている兄のスマートフォンの番号にかけさせてもらったり、直接部屋にも行ってみたが反応は全くなかった。
 待ち続けて一時間ほどが経過した頃、正面玄関の扉が開いた。
 チェックアウト時間を過ぎ、エントランス全体が閑散としているというのに、私は中のエレベーターホールを気にしてばかりで、こちらに近づく人影に気づかないままだった。
「……あの、八ツ森さん?」
 後ろから若い男性の声が聞こえた。
 振り向くと、そこには心配そうに私を見つめる涌井圭介さんの姿があった。
「涌井さん(実際は彼の本名)? どうしてここに──」
「実は、『ゴミ屋敷』のことを調べていたらこの辺りで祭りがあることを知ったんです。『ゴミ屋敷』についてもっと詳しくわかれば友達のことも何かわかるかもと思ったのと、『炎上祈祷』っていうのが死者を悼む儀式だとネットで見たので。大学も夏休みに入りましたし、八ツ森さんも行くかなと思って、旅行がてら」
 旅行に来るにしては辺鄙なところだと思うが、彼は彼なりに自死と見られる友人のことを今も気にかけているようで、その姿が切なく、私は「そうですか」と神妙な面持ちで頷くことしかできなかった。
「それと、これ、八ツ森さんのですよね?」
 そう言って差し出した彼の手の中にあったのは、なんとだった。
「えっ、どうして涌井さんが?」
「実は、ここに来る前、八ツ森さんに電話をかけたんです。そうしたらが出て、知り合いなら渡してくれって」
 男の人──というのは誰だろうか。
 もし、落とした場所が本当に冷凍庫か『ゴミ屋敷』だとしたら、まずを疑問に思わなければならない。しかも、どうしてをその人が持っているのか。自然と落とした場所──つまり心霊スポット──に関係のある人物ということになるではないか。
 そもそも冷凍庫は、店長の店が所有するもので、私が知る限りあの店に男性の従業員は
 限りなくポジティブに考えるとして、疑問に思わないとしたら兄かその店長しかいないが、だとしたらのはなぜなのか。
 その男の人がもし村の息のかかった人だとしたら、少なくとも──この場合は涌井さん──の情報が漏れてしまったことになる。
 そして、兄が今朝ここに来ない理由にも何か関係しているのかもしれない。
 申し訳ない気持ちと、やはりほんの少しずつしかし確実に迫って来ている村の恐怖に、私は恐る恐る涌井さんに訊ねるのだった。
「──その人は、どこにあったか言ってましたか?」
「……確か『ゴミ屋敷』にあったと聞きましたけど。八ツ森さんも行かれたんですね? どうでした?」
 少しずつ涌井さんの声が遠のいていくように感じた。
 人工の冷房とは違う凍えるような冷気が私の腕を掠めた。白い塊が脳を過ぎって、人骨が私の脳内を満たす。
 私の呼吸は知らず激しくなり、立っている床がぐらぐらと揺れ、バランスを崩した。
 誰かが支えてくれたような気もするが、一昨日の夜助けてくれた兄のような温かさは感じない。
「……お、兄ちゃん……、どこ、にいる……の」
 頭の中でそうが呟く。
 もしかしたら私自身かもしれない。
 ぐらりと大きく頭が揺れた。
 私は恐らく、倒れてしまったのだと思う。
 残念ながら、私にはそれからの記憶が全くなかった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...