Vの秘密

花柳 都子

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応えてはいけない電話

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【八ツ森雫の備忘録⑤/兄に来た電話】

 これは、スマートフォンを紛失した私が部屋で眠りこけている間に、兄が体験した話である。
 ルポにどう組み入れるかまだわからないので、兄視点にしてある。

◽️八ツ森晴の体験談

 夜、妹のスマートフォンにそれまで何度かかけていた電話がようやく繋がった。
 ちなみに店長にも探してもらえるよう頼んだが、自分の倉庫にある冷凍庫はともかく、『ゴミ屋敷』を探すのはさすがに準備がいる──店長だと村の人にバレないようにする──上に、真夜中だと怪しすぎるので翌日以降になる旨を聞いていた。
 そこで冷凍庫か『ゴミ屋敷』以外の場合も考えて、優しい誰かが拾ってくれているかもしれないと連絡を試みていた。
 ただし、優しい誰かが拾う確率より遥かに高く、村の人やその関係者が、拾ったスマートフォンを所持している可能性もあった。
 たとえその場合でも、現状を打破するヒントを何か掴めるかもしれない。
 もしも妹に返す気がないのであれば、妹本人を探すか、あるいは遅かれ早かれに接触するだろう。
 一か八かでかけ続けていた電話のコール音がぷつりと切れた時、向こうにいるの息遣いがはっきり聞こえた。
「もしもし」
 複数回呼びかけるも返事はない。
 村はインターネット環境が良くないと聞いたので、電波もそれほど整備されているわけではないのかもしれない。
 根気強く話しかけるも捗々しい回答は得られず、しかしながら向こうから一方的に切る気配もないので、致し方なくこう伝えることにした。
「──それ、妹のスマートフォンなんです。拾っていただいてありがとうございます。どこにありましたか? 受け取りたいのですが、どこかでお会いできませんか?」
 というようなことを、相手の反応を窺いながら小出しに聞くも、終始無言のままだった。
 ふとX県に来る前に妹と話した、瀬名さんにかかって来る電話のことを思い出す。
 現状、その電話で誰かに脅されていたのではないかと仮定してここまで捜索にやって来たわけだが、という妹の言葉が蘇る。
 それに対して、瀬名さんへの電話に関してはのではないかと結論づけた。
 しかし、このご時世、詐欺電話や事件に巻き込まれるなどの危機管理も含め、知らない番号や非通知には出ない人も多い。
 落とした場面を直接見ていない限り(※ちなみに、妹が紛失に気がついたのはホテルの部屋の中であり、それを自分の兄以外に伝える術や時間はなかった為、妹の口から漏れた可能性はない)、相手は誰のスマートフォンかわからないはず。
 ただし、誰かからかかって来た電話は別で、妹は兄の番号をそのまま『兄』と登録しているので、こちらの正体はすぐにわかってしまう。
 だとすれば、善意で拾った相手ならまず一も二もなく、スマートフォン(=自分)の居場所を伝え、引き渡すことを考えるだろう。
 むしろそれ以外に
 悪意で拾ったのであれば、電話に出ないか、電話に出て取引の条件のようなものを提示するほうが自然である。
 この相手の意図がよくわからなかった。
「あの、どちらに伺えば──」
 そう切り出したところで、電話はぶつりと切れた。
 こうなってはすぐに掛け直したところで無駄だろう。
 しばらく様子を見て、またしつこくかけてみよう。
 しかし、そのチャンスは二度とやってこなかった。
 代わりに、知らない番号から八ツ森晴のスマートフォンに電話がかかって来た。
 非通知表示でもなければ、番号から見て詐欺電話でもない。
 個人の携帯の電話番号のようで、多くの番号と始まりの三桁が同じだった。
 だからといって、完全に安全な電話とはもちろん言い難く、ルポライターをしている妹と違ってそれほど交友関係の広くない人間にかかってくる電話など、ほとんどが気の置けない友人からである。当然、電話番号は予め登録されている。
 例外として、交換したばかりのスーパー店長がいるが、彼の連絡先もちゃんと名前を入れて登録したので、このような表示にはならないはずだ。
 とはいえ、このタイミング(X県にいる)を考えれば、いわば敵の渦中とも言えるわけで、出て様子を確認するほうが得策だと判断した。
 無害だとわかれば、その時点で話せばいい。
 今度はだった。
 呼び出し音が鳴り終わり、ほんの数秒、向こう側もこちらの出方を窺うような間があったが、思いの外若い男性の声が聞こえて来た。
「──もしもし、のお兄さんですか」
 なぜ、雫の名前を知っているのか。
 どこで兄だと知り、どこでこの番号を知ったのか。
 普通に考えれば、妹のスマートフォンを拾った誰かが、かかって来た電話番号に対して表示された『兄』の文字を見て、自分の電話で掛け直して来た場合だが──。
 なぜ、そんなことをする必要があるのか。
 そもそも、兄からの着信を見ただけで、それがだと知り得るわけがなかった。何度でも言うが、八ツ森という名前すら表示されないのだから。
 相手の目的がまだわからない。
 ──。
「実は妹さんのスマートフォンを持っているんですが、お渡しするには条件があります」
 条件──。
 だとしたら、むしろ妹のスマートフォンでことには何か意味があるのだろうか。
 わざわざ他の電話で掛け直す理由があるのか。
 考えが及ぶ範囲で仮定するとすれば、兄と通話したことを妹に知られたくないということくらいだが、そもそも通話状態にしてしまったら元も子もない。までは録音でもしない限り、記録されないのだから。
「あなたには明後日の『炎上祈祷』に参加してもらいます。もちろんとしてですよ。その代わり、探し人のおふたりは解放して差し上げます。ただし、今後世に発信されてしまうであろう妹さんのルポルタージュや、少しでもその可能性のある彼らのSNS等の投稿をこちらも放っておくわけにはいかないので、少々手荒な方法を取らせてもらいます。あなたがこれから言う場所にで来てくれれば、彼らには手出しはしないと約束します。おふたりと、そして妹さんを守りたければ、必ずで来てください。あぁ、返事は結構。制限時間までに来なければ、怖気付いたということでこの話はなかったことに。あなたが来なければ、おふたりと妹さんに『炎上祈祷』に参加してもらいますから」
 質問や口答えは許されない雰囲気だった。
 そして、選択肢も実質ないようなものだった。
 とはいえ、承諾しない理由はない。
 心配事があるとすれば、『炎上祈祷』はそもそも『アベック』に強いこだわりがあるはずなので、果たして本当にで構わないのかということである。
 元々、心霊スポットに関わりのある瀬名さんだけでなく藤倉さんが行方不明になったことも、このと考えれば辻褄が合うわけだが、それを反故にしてまでこちらに有利な条件を提示して来るのには何か事情があるのだろうか。
 それとも何か別の考えがあって、妹と分断させようとしているのか。
 正直に言えば、妹の側を離れるより妹と一緒にいたほうが、姿が見える分こちらとしては多少安心なのだが、そうも言っていられない。
「あなたひとりので三人助かるんですから、もちろん承諾してくれますよね?」
 ダメ押しのように囁かれる。
 『少々手荒な方法』というのが気にならないわけではないが、少なくとも命は取らないということなのであれば、他に選択肢はない。
 制限時間と場所を伝え、電話は切れた。
 瀬名さんが記憶喪失になった経緯を考えれば、ある程度の予測はつく。
 『炎上祈祷』自体は祭事であり、常に行われていることではないはずだが、瀬名さんと同時に心霊スポットを訪れた男女が行方不明になっていることから考えても、瀬名さんの目の前で『炎上祈祷』──つまり生贄に近い儀式か何かが行われたのではないか。
 そして、今度はその瀬名さん藤倉さん、妹の前で『炎上祈祷』の生贄にすることによって、『自分たちを守る為に犠牲になった』という一点でもって口封じとする可能性がある。
 ただ、これはどちらかと言えばポジティブに考えたほうで、こちらが生贄にされた後の状況を把握する術がないのをいいことに、三人を本当に無事に帰してくれるという確信が最期まで持てないのが辛いところである。無条件に信じられるほど、この村に対する印象は良くない。
 ともあれ、指示された場所にどうやって向かうかが問題だが、仕方がないのでレンタカーを借りるしかないだろう。
 営業時間的にギリギリだった。妹と明日の9時に待ち合わせをしているが、連絡する手段を妹が持たない上に、知らせれば罪悪感に苛まれるに決まっている。
 兄としてそれだけは耐え難かった。
 いずれ知られてしまうにしても、妹の心身に今これ以上の負担をかけたくはない。
 書き置きやフロントへの伝言も残さず、ホテルを出ることにした。

 駅前の営業所でレンタカーを借り、指定された『ゴミ屋敷』へとやって来た。
 制限時間は夜明け前まで。
 深夜のうちに着いたので時間は余裕だが、こんな時間のこんな場所に車でやって来れば目立つに違いない。
 あの電話の若い男の正体は不明だが、この辺りの人々も決して無関係ではないだろう。
 ここにある人骨についても詳細はわからないが、あの人骨と『ゴミ屋敷』には少なからず因果関係があると考えられる。
 例えば、、としたら──?
 異臭を誤魔化す為、また人を寄せ付けない為、ゴミをあえていっぱいにすることで人骨をのだとしたら──。
「こんばんは」
 急に背後から声をかけられ、振り向くとそこには、おそらく電話の主本人と思われる若い男の姿があった。
「……あなたもに関わってしまったんですね。──かわいそうに」
 不思議なことに、表情や声の抑揚は無感情に近かったが、見せかけの同情というよりもなぜか本心からの発言に聞こえた。
「雫の、スマートフォンは……」
「わかってるくせに。お返ししたところで、あなたには? 僕が責任を持って彼女に返しておきますから」
 少なくともだった。
 けれどこの男は、ふうだった。
 妹とずっと行動を共にし、情報や調査内容についても共有して来たので、『妹だけが知っているX県関連の人間』はかなり絞られるはずである。
「……それにしても、あなた方は運がいい。この場所に来て、しかもを見たというのに、にも遭わず、でのんびりできたんですから」
「──君はもしかして……」
 の指す言葉は当然だろう。
 そんな超重要機密を知っているとなれば、彼自身が村の影響を強く受けている──もっと言えば村の中でも中心的な家の出身に近い可能性がある。
 そして、『にも遭わず』という点から鑑みれば、大学生のポッドキャストに登場する『Vくんとその後輩』の顛末を知っているということ。
 さらに、『ホテルでのんびり』という発言から察するに、店長がホテルまで送り届けてくれた際、『知り合いがいるような反応』(本人は気のせいと結論づけていたが)を示していたことから考えて、が村の出身かつ今は村を出て生活しているのではないかということ、また彼を知っている店長は、久しぶりに帰省した彼を見てそう発言したのではないかということが窺える。店長が彼の存在に気づいたのなら、向こうもこちらの動向を見ることができただろう。
 極めつけは、インターネットに強くない村人たちには、がいるということ。
 つまり、あのほとんど視聴者のいないポッドキャストの内容を把握し、さらに村との関連性も高く、こちらを監視できる立場(村の中心に近い)と方法(『ゴミ屋敷』の監視カメラ)があったことから考えると、彼の正体は──。

 ──である可能性が、限りなく高い。





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