Vの秘密

花柳 都子

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疑念

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 私が目を覚ましたのは、それから一時間ほど後のことだった。
 寝かされていたのは、病院のベッド──ではなく、宿泊先のシングルルームのベッドだった。
 私はホテルフロント前のロビーで倒れたにも関わらず、事態には至らなかったらしい。
 普通、目の前であんな倒れ方をしたら、事情を知っている身内などが近くにでもいない限り、大事をとって──救急車は大袈裟だとしても──病院に連れて行かれるのが定石だろう。
「目、覚めましたか? 大丈夫ですか?」
 心配そうな顔で、涌井さんが私の顔を覗き込んだ。もしかしたら彼が、「自分がついているから」とでも言ったのだろうか。
 だとしたら、なぜその判断ができる?
 医師や看護師ならともかく、彼は聞いたところ普通の大学生だったと記憶している。アルバイトくらいはするだろうが、だからといって人の病状の判断など簡単にできるわけがない。
「誰が、ここまで……?」
「ホテルの方と協力して、僕が──」
 理由を問えば良かったのだが、この時の私にはそんな余裕もなく、ただやはり兄ではなかったことに心底がっかりしただけだった。
 私は無意識にスマートフォンを探した。
 なぜだか、兄に連絡を取らなければならない気がした。
 涌井さんが気を利かせてか、コンセント近くに置いてあった電源で充電をしてくれていた。
 着信履歴を見ると、兄からの着信が何度も続き、それらは全て通話なしの状態で、アイコンの上に着信数だけが残っていた。
 その後、昨日の夜に涌井さんからの着信があり、その後は兄からの着信が一度。これはどちらもした記録になっている。
 私はここでふと疑問に思った。
 確か涌井さんは、私に連絡をし、その電話に出たからこのスマートフォンを受け取ったはずである。
 時系列として、涌井さんからの着信は今朝でなければしっくり来ないのだが、実際は言葉のあやというやつで、連絡は昨日したが、スマートフォンを受け取ったのは今朝という意味なのかもしれない。
 涌井さんからの電話に確かにが出た形跡があり、その後、兄からの電話にもそのが出たと考えれば、特段不自然ではない。
 とはいえ、確か、涌井さんは電話の相手に『知り合いなら(持ち主である私に)渡してくれと頼まれた』というようなことを言っていた。その後に兄からの着信があり、しかも通話していることから考えて、フルネームで登録されている涌井さんよりどちらかと言えばはずなのだが──。
 それなのに、その人は兄ではなく涌井さんにスマートフォンを渡している。
 先に電話をかけてきた涌井さんに、私のスマートフォンのパスワードを解けないその人がかけ直す術を持たなかった(履歴を見られない=かけ直すことができない)だけで、後にかかってきた兄にはそういう旨を伝えたのかもしれない。
 だが、それならば兄に連絡が取れたということを、先に約束していた涌井さんと会う時に伝えられたはずだし、なんなら涌井さんより先に兄と会う約束をして、いっそこと渡してしまえばよかったのだ。
 些細なことかもしれないが、私には目の前の涌井さんの姿が少しだけ遠のいて見えた気がした。
 そして、ひとつ疑いの芽が出始めると、もうそこからはこれまでなんとなく流して来てしまったことがどんどん思い出されるのだった。
 例えば、私が倒れる前に涌井さんが、『(前略)『ゴミ屋敷』についてもっと詳しくわかれば友達のことも何かわかるかもと思った(中略)大学も夏休みに入りましたし、八ツ森さんも行くかなと思って、旅行がてら』と述べていることについて。
 それよりも前に、私は涌井さんから『ゴミ屋敷』の情報をもらった。それはとある清掃会社が近々そこに清掃に入るという話だったが、、少なくとも『八ツ森さんも行くかな』という発言は出てこないはずである。(涌井さんからの情報提供で私は『ゴミ屋敷』に向かったのであって、その連絡がなければあのタイミングで『ゴミ屋敷』には行かなかったかもしれない。涌井さんにしてみれば、のだ。彼は明らかに自分の情報をきっかけに、私が『ゴミ屋敷』に行くと信じていた、あるいは私が『ゴミ屋敷』に行ったことを可能性がある。)
 これについては些か穿った見方かもしれないが、『八ツ森さんも行くかな』くらいの動機でやって来るにはここは。私に会えるという確信があるならまだしも、九分九厘会えないと見るほうが妥当である。
 他にもある。何度も言うが、そもそも落ちていた場所が『ゴミ屋敷』だとしたら、と考えたほうがいい。その拾った人は、私に電話をかけて来た涌井さんと通話したばかりか、落ちていた場所まで話している。もしも、涌井さんが純粋に私の知り合いだと捉えられたなら、まずスマートフォンより以前になのだ。悪しきルポライターの仲間かもしれないのだから。それなのに、彼には脅しや暴力などを受けた様子が一切ない。
 だとしたら、このスマートフォンを拾った人とのの可能性が高い。
 まだある。これまた私の偏見かもしれないが、涌井さんは『炎上祈祷』のことを『儀式』と称した。神社で、しかも名前の仰々しさからつい出ただけかもしれないが、『炎上祈祷』を知らない私にしてみれば、『儀式』と呼べるほど見当もつかないのだ。
 ポスターには『何かを燃やしている』様子が写り、定食屋の主人によれば『何かを燃やす』そうだが、その間にお経を唱えたり、周りを囲んで盆踊りをしたりするなど、そういうな風景は今はまだ知りようがない。お祭りというイメージから察するに、『炎上祈祷』は『何かを燃やしている間、参加者たちが思い思いにその炎と向き合い、死者の追悼や自らの幸福を願う』という、屋台などを楽しみに来た人たちから見れば傍らの光景で、必ずしも『儀式』を連想させるものではないと私個人としては感じている。
 涌井さんは『ゴミ屋敷』つながりで、祭りの存在を今初めて知ったというような発言をしているが、実はもっとずっと前から知っていたのではないだろうか。いや、『儀式』という言い方には、少なくとも『観賞』以上の能動的な信仰を伴うものが感じられる。つまり、飛躍しすぎと罵られても仕方ないが、彼には昔からの人間として育てられて来た過去がある、と推測できる。
 涌井さんの行動と言動には、矛盾があるように思うのは私の勘繰りすぎだろうか。
 それはともかくとして、兄と連絡が取れないことが気になる。
 また、昨日、兄から私のスマートフォンの紛失について連絡を受けたはずの店長からも、未だ一切の電話がない。
 『ゴミ屋敷』はともかく、冷凍庫に探しに行ってくれたのだとすれば、確認の為に一度鳴らしてみるなどの策は取らないものだろうか。
 もしかしたら、彼も私たちとの何かしらの関係を疑われて、迷惑を被ってしまったのではないか。ただの迷惑ならまだ良いが、危険な目に遭っていないとも限らないのだ。
 どうする、私はどうしたらいい?
「涌井さん」
「何ですか?」
「──私と一緒に、兄を探してもらえませんか?」
 これは一か八かの賭けだ。
 涌井さんといれば、またボロが出るかもしれない。
 今はまだ軽い状況証拠に過ぎない。これだけで涌井さんを村の人間と決めつけ、私や兄、もっと言えば瀬名さんや藤倉さんに危害を加えようとしていると見るのは早計だろう。
 涌井さんには申し訳ないが、彼が私と行動を共にする間、怪しい動きがないか見張らせてもらう。何もなければ、涌井さんが本当に私の味方なのであれば、それに越したことはない。
 けれど、それをはなから信じ込んでしまえば見えるものも見逃してしまうかもしれない。最初から疑っていれば、少しの異変や違和感にも気がつける可能性が格段に上がる。
 私は何度目かの、覚悟を決めた。
 奇しくも、私がの存在に疑念を抱いたのは、兄とほとんど同じタイミングだった。


 
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