先生と僕シリーズ

睦月 なな

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俺と家庭科教師 1

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夏が終わり、やっと秋めいてきた。
「寒…」
俺、児嶋栄二こじまえいじは、駅の柱に寄りかかり、待ち合わせをしていた。
(もう着いたよな…)
スマホの時計を見ると18:02となっていた。18時前には電車が着いたはずだから、もうそろそろ…。
「栄二くんっ!」
一人の男が駆け足で近づいてくる。
紺色のダッフルコートに黒のズボン。白い肌は走ってきたから、少し赤い。
童顔で、下手したら俺よりも年下に見られるけど、実は8つ上。26歳。
「ごめん…待ったよね?」
「いや、今来たところ…っていうか、厚着しすぎじゃね?」
「そう?今日寒いし、これくらいがちょうどいいかなって思って」
「寒がり」
俺が呟くと、マコ、結城真琴ゆうきまことは、ふふっと笑った。
駅を出て、駅前のビル街を通っていく。
「高校最後の年だよね。みんな元気?」
「あんましゃべらねぇけど、休んでる奴はいねぇな」
「そっか…もう2年経つんだね、あれから」
「……そうだな」
マコは懐かしそうに目を細めた。
「後悔してる?」
「え?」
「学校辞めたこと」
俺は思い出す。端的にいうと、俺のせいで学校辞めさせてしまった、あのときのことを。
「してないよ」
マコはぎゅっと俺の手を握る。
「それに、今の仕事もすっごく楽しいし。あ!この前言ってた山田さんっていう生徒さん、玉ねぎのみじん切りができるようになったって。彼氏にハンバーグ作ってあげるんだって張り切ってた」
マコは嬉しそうに空を見上げる。
「僕が教えてあげたことで、人の役に立つって、すごく幸せ」
このふにゃっと笑う顔が好きだ。
「人の役に立てて嬉しい」、こうやって人のことを思えるのって、すげぇ。
この笑顔が温かいと思えるようになったのは、いつからだったか。



高校一年の秋。俺の人生の中で一番最悪な時期だった。
もともと顔が怖い上に身長も高いためか、周りから避けられていた。その頃、両親が離婚して、家庭もバタバタしていた。離婚するまでも、毎日喧嘩していた父と母。
心が擦りきれていくような、そんな日々。
学校に行っても、ただそこにいるというだけの場所。
友達と呼べる友達もいねぇし。
部活も入ってねぇし。
青春なんて、そんな爽やかなもんもない。
ただ退屈な場所。

「げ」と思わず声を出す。
昼休み、鞄の中をみると財布がなかった。
コンビニ寄るの忘れたから、購買で買おうとしたのだ。
金を借りられる友達もいないし、困った。
弁当をもった奴等が、仲のいい友達同士と食べている中、一人席にぽつんと座っているのは居心地が悪い。
仕方なく、教室から出て、ふらふらと学校をさ迷う。
人のいないところを探していたら、いつの間にか、音楽室など特別教室が集まる棟に入っていた。
生徒たちがいる教室とは違い、しんとしている。
(意外と穴場かもしれない)
そう思いながら、歩いていると、いい匂いが漂ってくる。
煮物のような匂い。
家庭科室からだった。俺は廊下側の窓から覗く。
白い割烹着姿と三角巾を着けた男が鍋の前に立っている。時々蓋を開けながら、中の具合を見ているようだ。
空腹のためか、この匂いがたまらなく食欲をそそる。
中の様子を見すぎて、がたりと窓ガラスを揺らしてしまう。
その音に、男が反応し、ばっちり目があってしまった。
何も悪いことはしていないが、覗いていた後ろめたさもあり、逃げようとしたが、教室の扉がガラリと開いた。
「どうしたの?何か用事?」
男は三角巾を取りながら、聞いてくる。
黒い艶のある髪に、色白の肌。こちらを見るくりっとした瞳。先生なんだろうけど、童顔だからか高校生くらいに見える。
「あ、えっと…」
俺が返事に困っていると、ぐぅぅぅと俺の腹が返事をした。
「…もしかして、お腹へってる?」
「いや、これは、その…っ」
「……もしよかったら、肉じゃがの味見してくれる?」
男はにこりと笑った。
俺は誘われるまま、家庭科室に入り、「どうぞどうぞ」と椅子をすすめられる。
「はい、どうぞ」
ことりと置かれた皿にはおいしそうな肉じゃがが盛り付けてあった。
「……いただきます」
一口ジャガイモを食べてみる。味がしっかり染みていておいしい。
ニンジンを食べてみる。こっちもいい味がする。
そんな調子でぱくぱくと無言で食べる。5分もしないうちに食べきってしまった。
「……もう少しあるけど、食べる?」
「!…いいのか?」
「いいよ」
男はニコニコしながら、皿に盛っていく。
二杯目も同じくらいの速さで食べきった。結局またおかわりして三杯ごちそうになってしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
男はぺこりと頭を下げた。
「…ところで、あんた、先生か?」
「え、今さら?!」
本当に今さらである。
「ふふ、そうだよ。結城真琴です。今月から産休に入った小野田先生の代わりに家庭科を教えます」
「……結城、先生」
「君は?1年生?」
「1年B組、児嶋栄二」
「そっか、これからよろしく!児嶋くん!」
よく笑う先生だと思った。
男の先生で、しかも家庭科の教師。
「男で、家庭科って珍しいな」
「あはは…よく言われる…。でも、料理も裁縫も昔から得意だったし、教えるのも好きだからさ。人からなんと言われようと今幸せなんだ」
「……ふーん」
「もうすぐ授業じゃない?」
時計を見ると12時45分。もうすぐ予鈴が鳴りそうだ。
「結城先生、ごちそうさまでした」
「いえいえ。ほぼ毎日色々作ってるから、味見してくれると嬉しいな。勉強頑張ってね」
結城先生は手をふって送り出してくれた。
あんな風に先生から、しかも男性教師に優しくされたのは初めてだった。



「栄二くん、今日は何食べる?」
マコとスーパーに寄って、夕食の買い出し中。
一緒に帰れる時はこうやってスーパーに寄って、ご飯の買い物をする。
……俺は主に荷物持ちだが。
「じゃがいも安いなぁ…カレーとかにする?」
カレーも捨てがたい。けど…。
「うーん、玉ねぎも安いし…カレーにしようかなぁ」
「肉じゃが」
俺は咄嗟にマコの言葉の後に呟いた。
「肉じゃが?」
俺はこくりと頷く。
「肉じゃが、好きだねぇ」
マコはニコニコ笑いながら、じゃがいもと玉ねぎとニンジンを手に取った。
好きなんだ。マコの作った肉じゃがが。
あったかくて、安心する味。
マコと引き合わせてくれた料理だから。



離婚した時、俺は母に引き取られた。
養育費ももらっていたが、それだけでは食っていけないので、朝から晩まで母は働いていた。
夕方、家に帰ると台所に惣菜のパックが置いてあって、『温めて食べて』とメモが貼ってあった。
炊いてあったご飯と惣菜のパックを温めて、食べる。
加えて即席の味噌汁を飲むときもあれば、それさえもめんどくさくなるときがある。
(あんま、味しねぇなぁ…)
あの肉じゃがは美味しくて、三杯もおかわりしたけど、この惣菜は味があまりしないような気がした。
次の日の昼休み、また家庭科室に行ってみた。
昨日と変わらず、白い割烹着姿の結城先生がいた。
なにやら、一生懸命フライパンで炒めている。
トマトの匂い。
何の料理だろうと考えていると、がらりとドアが開いた。
「こんにちは、児島くん」
昨日と変わらずニコニコと俺を迎えてくれる結城先生。
「……こんにちは」
俺はぎこちなく挨拶する。
「どうぞ」と招かれ、中に入ると一層トマトの香りを強く感じた。
じっとフライパンを見ていたためか、結城先生は小皿に少しだけソースを入れて渡してくれた。
「味見してくれる?」
俺はドロリとしたソースにはひき肉とトマトの塊が入っている。
すすってみると、トマトの酸味と甘味、ひき肉の香ばしさが鼻を抜けていく。
トマトも酸っぱすぎず、自然な甘味の方が強い。
うん、美味しい。
「今日はミートスパゲッティにしたよ。トマトが主張しちゃったけど」
結城先生は「缶詰のトマト、入れすぎちゃった」と苦笑いしながら、茹でたパスタを盛り付けて、その上にソースをかけた。
「はい、どうぞ」
どんと置かれた大皿は俺で、それより一周り二周り小さい皿が先生。
「……こんなに、いいのか?」
「お腹空いてるでしょ?高校生って底なし胃袋だもんね」
「……ありがとう、ございます」
結城先生は割り箸を渡して、自分もスパゲッティを食べはじめる。
俺も空腹が手伝って、大盛スパゲッティをあっという間に食べた。
「早いねー。ちゃんと噛まなきゃだめだよ?」
相変わらず柔らかい笑顔だなぁ…と思いながら、ボーッとしてると、結城先生はふいに手を伸ばして、口元を拭ってきた。
「ミートソース、付いてたよ」

ドキッ

って何だよ……何で、こんなにドキドキしてんだよ……先生なのに、年上なのに……

男、なのに

俺は何でこんなに胸がときめいてるんだ……?







         
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