アナタと朝日

灰色のぷにぷに

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「ねえ、何があったの?」

「お、襲われた。」

 震えながら何とか絞り出した言葉に、高園が目を見開く。
 肩を貸されて、椅子に座らせられるとペットボトルの水を手渡される。
 水を一口飲んだ途端、猛烈な渇きが訪れる。
 喉がカラカラに乾いていた事に今初めて気が付いた。

「少しは落ち着いたかしら?」

「ああ、ありがとう。……真っ直ぐに逃げてきたけど、ここがバレてないかな。」

「今のところはね。」

 周囲をくるりと見渡した彼女は、危険が迫っていない事を確かめたのだろう。
 一先ずは安心して休めそうだ。

「ところで、どこで襲われたの?私には全然わからなかったけど。」

「職員室だよ。丁度この真下あたりの場所で襲われたんだ。」

「……本当にすぐ近くじゃない。危なかったわね。」

「俺も、まさかこんな近くに居るなんて思わなかったよ。少し油断していたかもしれない。」

「それにしても、こんなに近過ぎるのに私に見えなかったのが不思議だわ。あんなのが真下にいればすぐに分かりそうなものなのに。」

「高園の目が役に立たないって事か?」

「どうかしらね?今まではあいつが近くに居ればすぐに分かったけど、私の目に映らない方法でもあるのかも。」

 おぞましいまでの存在感がドア一枚隔てる程度の距離になるまで気が付かない程に綺麗さっぱり消えて無くなるとは考え難いが、事実がそうだったのだから、覚悟しておいた方が良さそうだ。

「それより、残念なお知らせだ。特別室の鍵を手に入れられなかったから、必要な物を探すのが大変になるぞ。」

「あら、鍵なら私が持ってるわよ。」

「え。」

 得意げな表情で、制服のポケットから取り出したのはどこか見覚えのある針金。
 これはどう足掻いても鍵には見えないが……まさか、そう言うことなのだろうか。

「私のマスターキーよ。こう見えて、実はピッキングが出来ちゃったりするのよね。」

「マジかよ。」

「あんまり複雑な鍵は開けられないけど、教室レベルの鍵なら数十秒もあれば開けられるわ。」

 高園の意外な才能に驚きはしたものの、今は心強い。
 ふと、職員室で手に入れた物が頭をよぎる。
 もしかしたら、という事で持ってきていた針金が、本当にまさかな状況で役に立ちそうだ。

「高園、これを拾ったから渡しておくよ。」

「針金ね。でも必要ないわ。」

 高園がさらに懐から取り出した小さな小箱には、針金がびっしりと詰め込まれていた。
 正直、頭がおかしいんじゃないかと思ったが、予備も万全という事だろう。

「じゃあこれは必要ないか。」

「いえ、長沢君が持っていて。もし私に何かあってマスターキーが予備も含めて無くなったら、貴方が頼りよ。」

 むしろ、少し持っていてと予備の中から幾つか手渡される。
 チクチクと足に刺さって微妙に痛いが、我慢しよう。

「それで、短剣代わりはこれね。」

 俺が広げたカッターやハサミを見て、何かを考える様子を見せる。
 儀式用の短剣というには飾り気も無いし迫力も足りない。
 包丁にランクアップする可能性もあるし、代用品の事は頭に留めて置こう。

「そっちの解読は済んだのか?」

「多少はね。いろんな種類の儀式があるみたいだけど、今回やろうと思ってるのはこれ。」

 指でアピールしてくる部分に目を向けるが、文字も絵もかなり霞んでいて、さっぱり理解できない。

「この儀式、亡霊が消えているように見えるわ。」

「そうなのか?」

「他のも見たんだけど、残念ながら肝心な部分が掠れていたり消えてしまっていたりでほとんどわからなかったの。」

「これだってほとんど見えないけどな。」

「他よりマシよ。」

 ポケットからメモ帳を取り出した高園は、さらさらと何かを書き留めていく。
 書いたページを破り、こちらに差し出してくる。
 几帳面な文字で短剣を始めとして、塩や線香などが書き連ねられていた。

「もしかして、これが必要な物なのか?」

「ええ、そうよ。と言っても、殆どが代用品になりそうだけどね。」

「ああ、線香なんかはマッチで代用出来る……のか?兎に角、理科準備室で揃いそうな物が多くて助かるよ。」

「外に出なければいけないのは三つかしらね。砂と長いロープ、それから形代ね。」

「形代って何だよ?」

「私も詳しくは無いけれど、霊的な物が依り憑く人形らしいわ。」

「丑の刻参りで使う藁人形みたいなやつか。」

 必要な物を確認し終えて、例の三つをどうやって手に入れるのか考えてみる。
 砂はグラウンドに腐るほどある。
 長いロープは綱引き用の大縄があったはずだから体育館に行けば手に入りそうだ。
 問題の形代だが……。

「藁人形なんて、そう簡単に見つからないぞ?」

「別に藁人形じゃ無くても良いけれど……自作するしかないかもね。」

「自作と言っても材料が問題だよな。美術室なら材料も置いてあるかな?」

「知らないわね。」

 当然、高園が知らないだろう事ではあるが、生憎と美術は選択科目であり、俺も美術室に入ったことがない。
 行ってみるしか確かめる術は無いだろう。

「俺は美術的なセンスが全く無いから材料があっても作れないと思うけど、高園は出来るのか?」

「作った事が無いからなんとも言えないわ。一つ言っておくと、美術の成績はかなり悪いから。」

「嫌な方の同志だったか。まあ頑張るしかないな。」

「そうね、頑張りましょう。」

 不安が残るものの、希望が見えてきた。




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