翠雨の音✴︎短編集✴︎

ねむりありす

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04 昔の恋の夢

その2

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場面が変わる。

それほど広くないホテルのロビーは混んでいる。
歩き疲れたのか立ち続け疲れたのか、脚が痛くなってしまった先程の姿のままの私は座れる椅子を探している。
壁際へ置かれた三人掛けのソファーに一人分のスペースを何とか見つけることができて、ようやく座ることができた。
誰かと待ち合わせをしているようなのだが、その誰かが誰なのかが分からない。
待ち人が分からないまま待ち続ける。
ロビーにいる人々は次々と立ち去ってゆき、新しい人々が次々と流れ込んでくる。
私だけがこのままここに縛り付けられたまま動けないんじゃないかと背中へゾクリと不安がよぎる。
ふっと大きな白い筒状の柱の陰へ視線を向けると、見慣れた後ろ姿が目に入ってきた。
柱へ寄りかかっている立ち姿で誰なのかが分かってしまう愚かさを誤魔化すように、『あ~、あの人を待っていたんだわ』と心の中で小さく呟いた。
ソファーから埋まりかけていたお尻を剥ぎ取り、ゆっくり柱へ向けて歩き始める。
近づく私に気付いた彼が微笑む。
そんな彼へ私が微笑む。
ホテルのロビーから出た二人がコンクリートの歩道を並んで歩いている。
いつも右側にいた彼が左側を歩いているから、なんだか落ち着かない。
二人の間を冷たい灰色の風が吹き抜けてゆく。
右手をギュッと握り締めながら、左側をチラッと見ると彼が白いシャツに白いパンツ姿のことに気がつく。
足元へ視線を落とすと白い靴が音を立てていて、全身を白でコーディネイトしてきたのかと複雑な感情が這い上がってきた。

夢の中でも、すでに別れている二人。

だから彼は白色なのだろうか。
「しばらくぶりに見るけど、やっぱりその鞄似合うな」
ベージュのヴェルニの鞄。
かつて彼がプレゼントしてくれた鞄だ。
どうしてクローゼットの中から、この鞄を選んでしまったのだろう?
左肩が急に重くなる。
まだ想いが残っていることを知って欲しかったのだろうか?
桜色に染めている唇をキュッと噛む。
揺れ動く想いに戸惑いながら、冷静を装って「今日は、泊らないでしょ?」と何でも無いことのように問いかける。
一瞬驚いたような表情をした彼が「もちろんだよ」と答える。
その答えが淋しかったからなのか、その表情が悲しかったのか、私だって泊まる気なんてさらさら無かったとでも主張するかのように「今日、妹も来ているの」と素っ気なく言った。
「それじゃあ泊まれないな」とガッカリしたような口調で今度は返してくるものだから、心が掻き乱される。
「妹が来てるって言っても、このあたりに買い物に来ているって意味で私たちと一緒に食事するってことじゃないのよ」と慌てて言い訳するように言い直す。
彼の気持ちを試すようにした質問に、私の気持ちが翻弄される。
もう別れているのに彼と泊まりたいのだろうか?
もう終わっているのに私と泊まりたいと思って欲しいのだろうか?
隣で彼がつまずき、金色の薄い金属のような何かがガラガラと大きな音を立てながら零れ散った。
二人で道へ手を伸ばして拾い集める。
通りかかった男性が「落ちましたよ」と一つ拾ってくれた。
渡された彼が「これは、俺のじゃない」と言うので、代わりに私が受け取る。
いつのまにか彼が胸の前で抱え持っている茶色の紙袋の中では、数本の銀色のフォークが輝きを放っている。
眩しさで目を細めていると、ダークブルーのスーツのいでたちに変わった彼がいた。
心の底の奥をキュッと抓られる。
『ああ、やっぱりスーツ姿が素敵だな』
手のひらには彼の紙袋の中へ入れてもらえなかった金色の何かの冷たさが染み込んできているのに。
素直になれない私は「バスの時間があるから、あまり遅くなれない」と強がる。
どんな言葉を彼から引き出したいのだろう?
右側を歩く彼の表情を探ろうとする。
表情へ靄がかかってきて見えない。
視界がぼやけてゆく中、言葉の駆け引き何てもうどうでもよくなってきて、終わってしまわないように何でもいいから会話を続けようと言葉を飛ばす。
「自転車買ったの」
「自転車高いだろ?」
「そんなこと無い。バス代考えたら、数か月分で自転車買えるわ」

遠のいてゆく声。
垂れ落ちてくる靄。
もう少し夢の中にいたいのに。
もう少し彼の隣にいたいのに。

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