17 / 24
07 泡沫の月夜
その4
しおりを挟む
地上から離れてゆく四角い箱の中では、男の背中の後ろにいつも立っていた。
帰りはどうしていたのだろう?
こんな風に一人で曇ってゆく数字を眺めていたのだろうか?
扉がゆっくりと両側へ開いてゆく。
早くここから立ち去りたい思いが急き立てるので、開ききる前に扉から飛び出してエントランスホールを駆け抜けた。
ガラスの回転扉がくるりと外へ放り出す。
光が去って夜が深く濃くなって降りてくる。
もったりと重い空気が冷えたカラダの中へトロリと侵入してくる。
しだいに水槽から弾き出された金魚のように呼吸は乱れ、ココロのノイズが聞こえてきた。
今まで気にしてこなかった。
領収書をもらう行為から透けて見えてくる男の心とイルナのココロ。
いいえ、あえて気にしないようにしてきたのだろう。
美味しい食事と頬がほんのり赤らむほどのお酒を楽しんだ後の密ごとを失いたくないから。
鼻の奥がツンッとなる。
上唇が震える。
瞼の縁から溢れてくるものが零れないように夜空を見上げると、触れると切れそうな白い三日月。
指先をのばす。
踵を上げる。
もっと、もっと、もっと遥か遠くへ。
「どうしたいの?」
やにわに背後で硬い声が響いた。
その響きに縛られたように、カラダとココロが止まった。
三日月に触れられないままの指先はそのままで、不吉な鐘を確かめるように首をゆっくりまわし連なるように視線を向けた。
陽炎のような女が少し離れた仄暗い場所からこちらを見ている。
女の顔には険しい表情。
突き刺すような鋭い視線。
得体の知れない恐怖が波打つ。
怯えながら右腕をゆっくり引き下ろしてゆく。
すると女は打って変わって首を右に少しかしげながらニッコリ微笑むものだから余計に不気味さが深く濃くなった。
カツカツカツカツカツカツ……
コンクリートを蹴りつける乾いたヒールの音。
掴めなかった白い三日月のような微笑みを携えた女の唇の上には、のっぺりとした二つの目が貼りついている。
その場をすぐにでも立ち去りたいのにカラダが女の二つの目に囚われてしまったかのようで動かない。
「怖がらなくていいのよ」
女は地の底から這い上がってきたような声を出し、視線をイルナから外すことなくどんどんどんどん近づいてくる。
陽炎が実体化してゆき、ココロの内部まで侵食してくる視線はより強くなってゆく。
叫びたいのに喉に何か詰まってしまったように声が出せない。
逃げ出したいのに足が何かに絡みとられているようで動けない。
圧倒的な逆らえない何かを感じとったカラダが小刻みに震えてくる。
すぐそこまで来た女の右手が伸びてきて、イルナの左手首をがっちりと掴んだ。
きっとこの女に消されてしまうのだろう。
帰りはどうしていたのだろう?
こんな風に一人で曇ってゆく数字を眺めていたのだろうか?
扉がゆっくりと両側へ開いてゆく。
早くここから立ち去りたい思いが急き立てるので、開ききる前に扉から飛び出してエントランスホールを駆け抜けた。
ガラスの回転扉がくるりと外へ放り出す。
光が去って夜が深く濃くなって降りてくる。
もったりと重い空気が冷えたカラダの中へトロリと侵入してくる。
しだいに水槽から弾き出された金魚のように呼吸は乱れ、ココロのノイズが聞こえてきた。
今まで気にしてこなかった。
領収書をもらう行為から透けて見えてくる男の心とイルナのココロ。
いいえ、あえて気にしないようにしてきたのだろう。
美味しい食事と頬がほんのり赤らむほどのお酒を楽しんだ後の密ごとを失いたくないから。
鼻の奥がツンッとなる。
上唇が震える。
瞼の縁から溢れてくるものが零れないように夜空を見上げると、触れると切れそうな白い三日月。
指先をのばす。
踵を上げる。
もっと、もっと、もっと遥か遠くへ。
「どうしたいの?」
やにわに背後で硬い声が響いた。
その響きに縛られたように、カラダとココロが止まった。
三日月に触れられないままの指先はそのままで、不吉な鐘を確かめるように首をゆっくりまわし連なるように視線を向けた。
陽炎のような女が少し離れた仄暗い場所からこちらを見ている。
女の顔には険しい表情。
突き刺すような鋭い視線。
得体の知れない恐怖が波打つ。
怯えながら右腕をゆっくり引き下ろしてゆく。
すると女は打って変わって首を右に少しかしげながらニッコリ微笑むものだから余計に不気味さが深く濃くなった。
カツカツカツカツカツカツ……
コンクリートを蹴りつける乾いたヒールの音。
掴めなかった白い三日月のような微笑みを携えた女の唇の上には、のっぺりとした二つの目が貼りついている。
その場をすぐにでも立ち去りたいのにカラダが女の二つの目に囚われてしまったかのようで動かない。
「怖がらなくていいのよ」
女は地の底から這い上がってきたような声を出し、視線をイルナから外すことなくどんどんどんどん近づいてくる。
陽炎が実体化してゆき、ココロの内部まで侵食してくる視線はより強くなってゆく。
叫びたいのに喉に何か詰まってしまったように声が出せない。
逃げ出したいのに足が何かに絡みとられているようで動けない。
圧倒的な逆らえない何かを感じとったカラダが小刻みに震えてくる。
すぐそこまで来た女の右手が伸びてきて、イルナの左手首をがっちりと掴んだ。
きっとこの女に消されてしまうのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
戦いの終わりに
トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。
父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。
家には、母と幼い2人の妹達。
もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで…
そしてマーガレットの心には深い傷が残る
マーガレットは幸せになれるのか
(国名は創作です)
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる