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8月11日(日)
世界の車窓からーー北三陸・絶景海岸鉄道(外真っ暗)
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「意外に静かだね」
「嵐の前の……だろうな。無事に終点に着いてくれたら御の字だ」
「海が見たかったのになあ」
「台風関係なく、夜じゃ海なんか見えないだろ」
「車窓に灯る漁火が撮りたかったんだよ」
圭人はカメラとシンクロするように、窓の外を凝視していた。ああ、それで三陸鉄道に乗ろうとしてたのかーーどの道今日は無理だ。
「それより、さっきの立て替え代を精算してくれよ」
「ああ、そうだった。ごめん」
清算が済むと圭人は「マッさんの高校の頃の話が聞きたい」と言い出した。
「八戸線で通学してた時の?」
「それでもいいし、恋バナでも」
一番似合いそうにない奴からガラでもない言葉を聞いて吹き出した。
「俺はオタじゃないから汽車の事なんか詳しく覚えてない。毎日おんなじ繰り返しで大した事件もないし」
「ざっくりでいいから聞かせてよ」
「って、言われてもな……」
年季の入った国鉄式の車両、通路側だけにプラスチック製の肘掛けのついたヘタりきったビロードの硬いクロスシート。やはり同じ側ついていた金属製の謎の取っ手は、座った友達の邪魔になるよう傘掛けに使っていた。
さっきも言ったが冷房はなく、夏は窓を全開にして海風で涼を取りながら走る。梅雨の間は寒いので窓を閉めても過ごせたが、たまたま冷夏でない年の雨の日は蒸し風呂のようになり、さすがに閉口した。
窓側には文字通りの「網棚」が据えつえられていたし、テーブル状の出っ張りは缶ジュースは置けても急ブレーキで溢れてしまうという微妙な機能性だった。その下には金属製の灰皿と実用重視の無骨なヒーターが据え付けられていた。
灰皿ーーそう。当時の大人、特に男性は八割方が喫煙者で、列車内も当然のように喫煙可だった。病院の医者や学校の先生方が休憩室や職員室で普通に煙草を吸っていた。
子どもの頃の記憶には今思い返すとトンデモナイ事が混じっているのに時々気づく。
地元のオッサンに紛れて車内で煙草を吸ってた馬鹿が当時いた車掌に見つかって、「今度吸ったら二度と乗せない」なんて大目玉を喰らってーーいや、俺じゃないぞ。
思い出すままにそんな話をしたら圭人は「ありえねー。ウケる」と絶句したり大笑いしたりしていた。
「今の時代だったらネット動画拡散で特定祭りか、親が本社に斜め横のクレーム入れてカスハラ案件だね」
「よく思いつくな、そんな斜め上の展開。まあ、今どきなら何でもあり得そうだけど」
ややこしい時代だ。ーー昔はよかった、なんて言いたいわけじゃないが。
十代の頃だって思い出してみればつい昨日のことのようだし、気持ちだってほぼそのころのままなのにーー俺はいつの間に二十ン年分も年をとってしまったんだ?
パソコンもインターネットも普及し始めた頃、俺はまだ若者の側にいたーー政治家や芸人や地方の青年団的な意味の「若手」じゃなくて世間一般的な、まったくの広辞苑的な意味で。
「時代がやっと俺達に追いつきやがった」くらいの無敵感があったし、ケータイがスマホに代わるなど新しい物が出てくるたびに、ワクワクして楽しかった。
それが最近ではAIだキャッシュレスだと、光の速さすぎる世の中の移り変わりに疲れてもう、ついて行けなくなりつつある。インターネットだって掲示板的SNSとブログ全盛の頃がもはや懐かしいーー俺はいつの間に四十路のサエないオッサンになってしまった?
記憶にないだけで浦島太郎よろしく、禁断の玉手箱をうっかり一瞬で開けてしまったか、鉄橋から海に飛び込んでタイムスリップでもしてしまったのかもしれない。
なにしろその頃の俺は、そんな長閑でワイルドな小狭い世界に安住しながら、そこから早く飛び出したくて仕方なかったのだから。
開け放った車窓にはどこまでも魚臭い曇り空、ディーゼルの暖気と湿気ったやませが合わさったどんよりした温んだ空気が満ちていた。渋々揺られるキハ系車両のすぐ鼻先には、ーー上り方面か下り方面か知らないがーー新しい世紀がすぐ目の前に来ていた。
いつかこの単調な軌道の往復からも、長男ゆえの祖父母や両親の呪縛からも抜け出して自由に生きて一発ドカンと当ててやるとか、新しい生き方でイケイケな日々を送るんだとか、何の根拠もなく漠然とそんな夢を見ていた。
そんな新世紀も明けて早や四半世紀。ITやらAIやらで格段に便利にはなったが、その割には生き易くなったか、幸せかと聞かれたらそうでもなくないか?ーーまあ、人にもよるんだろうけど。
「嵐の前の……だろうな。無事に終点に着いてくれたら御の字だ」
「海が見たかったのになあ」
「台風関係なく、夜じゃ海なんか見えないだろ」
「車窓に灯る漁火が撮りたかったんだよ」
圭人はカメラとシンクロするように、窓の外を凝視していた。ああ、それで三陸鉄道に乗ろうとしてたのかーーどの道今日は無理だ。
「それより、さっきの立て替え代を精算してくれよ」
「ああ、そうだった。ごめん」
清算が済むと圭人は「マッさんの高校の頃の話が聞きたい」と言い出した。
「八戸線で通学してた時の?」
「それでもいいし、恋バナでも」
一番似合いそうにない奴からガラでもない言葉を聞いて吹き出した。
「俺はオタじゃないから汽車の事なんか詳しく覚えてない。毎日おんなじ繰り返しで大した事件もないし」
「ざっくりでいいから聞かせてよ」
「って、言われてもな……」
年季の入った国鉄式の車両、通路側だけにプラスチック製の肘掛けのついたヘタりきったビロードの硬いクロスシート。やはり同じ側ついていた金属製の謎の取っ手は、座った友達の邪魔になるよう傘掛けに使っていた。
さっきも言ったが冷房はなく、夏は窓を全開にして海風で涼を取りながら走る。梅雨の間は寒いので窓を閉めても過ごせたが、たまたま冷夏でない年の雨の日は蒸し風呂のようになり、さすがに閉口した。
窓側には文字通りの「網棚」が据えつえられていたし、テーブル状の出っ張りは缶ジュースは置けても急ブレーキで溢れてしまうという微妙な機能性だった。その下には金属製の灰皿と実用重視の無骨なヒーターが据え付けられていた。
灰皿ーーそう。当時の大人、特に男性は八割方が喫煙者で、列車内も当然のように喫煙可だった。病院の医者や学校の先生方が休憩室や職員室で普通に煙草を吸っていた。
子どもの頃の記憶には今思い返すとトンデモナイ事が混じっているのに時々気づく。
地元のオッサンに紛れて車内で煙草を吸ってた馬鹿が当時いた車掌に見つかって、「今度吸ったら二度と乗せない」なんて大目玉を喰らってーーいや、俺じゃないぞ。
思い出すままにそんな話をしたら圭人は「ありえねー。ウケる」と絶句したり大笑いしたりしていた。
「今の時代だったらネット動画拡散で特定祭りか、親が本社に斜め横のクレーム入れてカスハラ案件だね」
「よく思いつくな、そんな斜め上の展開。まあ、今どきなら何でもあり得そうだけど」
ややこしい時代だ。ーー昔はよかった、なんて言いたいわけじゃないが。
十代の頃だって思い出してみればつい昨日のことのようだし、気持ちだってほぼそのころのままなのにーー俺はいつの間に二十ン年分も年をとってしまったんだ?
パソコンもインターネットも普及し始めた頃、俺はまだ若者の側にいたーー政治家や芸人や地方の青年団的な意味の「若手」じゃなくて世間一般的な、まったくの広辞苑的な意味で。
「時代がやっと俺達に追いつきやがった」くらいの無敵感があったし、ケータイがスマホに代わるなど新しい物が出てくるたびに、ワクワクして楽しかった。
それが最近ではAIだキャッシュレスだと、光の速さすぎる世の中の移り変わりに疲れてもう、ついて行けなくなりつつある。インターネットだって掲示板的SNSとブログ全盛の頃がもはや懐かしいーー俺はいつの間に四十路のサエないオッサンになってしまった?
記憶にないだけで浦島太郎よろしく、禁断の玉手箱をうっかり一瞬で開けてしまったか、鉄橋から海に飛び込んでタイムスリップでもしてしまったのかもしれない。
なにしろその頃の俺は、そんな長閑でワイルドな小狭い世界に安住しながら、そこから早く飛び出したくて仕方なかったのだから。
開け放った車窓にはどこまでも魚臭い曇り空、ディーゼルの暖気と湿気ったやませが合わさったどんよりした温んだ空気が満ちていた。渋々揺られるキハ系車両のすぐ鼻先には、ーー上り方面か下り方面か知らないがーー新しい世紀がすぐ目の前に来ていた。
いつかこの単調な軌道の往復からも、長男ゆえの祖父母や両親の呪縛からも抜け出して自由に生きて一発ドカンと当ててやるとか、新しい生き方でイケイケな日々を送るんだとか、何の根拠もなく漠然とそんな夢を見ていた。
そんな新世紀も明けて早や四半世紀。ITやらAIやらで格段に便利にはなったが、その割には生き易くなったか、幸せかと聞かれたらそうでもなくないか?ーーまあ、人にもよるんだろうけど。
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