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変動的不等辺三角形はじまる メグミ編

その5

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「きゃあ、たーさん」

 恵二郎の叫び声が店内に響く。もうここには絶対いられない、連れ出そうと引っ張るが課長に寄ろうとする恵二郎に振りほどかられる。

「たーさんしっかりして、きゃあ、血が出てるー」

 僕が突き飛ばしたとき、よろめいた課長がひっくり返って後頭部をテーブルの角で打ったらしい。助け起こした恵二郎の手に血が付いていた。

「てめえ、常連さんになんてことしやがんだ」

 オネエサンの言葉を無視して弟に近づこうとしたが、たくましい手で首を掴まれとめられたあと、そのまま気を失ってしまった……。



 ──あとで知ったが、ワンピースオネエサンは柔道の有段者で、お店の隠れた用心棒をしていたそうだ。僕は頸動脈を絞められて気を失ったらしい。
 気がついたのは自分のアパートで、女装したままの恵二郎が心配そうに覗き込んでいた。

「けいちゃん大丈夫」

「──ああ」

 痛む頭をおさえながら、差し出されたスポーツドリンクを飲んでようやく意識がはっきりしてくる。

「──あのあとどうなったんだ」

「あのね──」

 ママに本当の兄弟だと説明して穏便にしてほしいと頼み、課長は酔ってすっ転んだことにして救急車で運ばれた。僕は黒服によって恵二郎と一緒にここまで運ばれてきた、あとは知らないと説明される。

 時間を見るとお昼近くだった。携帯電話には知らない番号からの着信があった、返事をするべきだろうが今はその気になれなかった。それより恵二郎のことだ。

「とりあえず着替えろよ、もう女装しなくていいだろ」

「……このままでいる……」

「どうして」

「あのね、けいちゃん、あたし……あたし……女の子になりたい……」

 言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかった、そして理解できなかった。

「すまん、どういう意味なんだ」

「……最初はね、女の子の格好するのイヤだったの、子供の頃それでイジメられたの思い出すから……、でも、サークルで女装したら皆んなが褒めてくれるの、笑顔でいてくれるの、それが嬉しくて、楽しくて……、そのうち化粧してスカート履いてるあたしが本当のあたしで、今までの男の子だったあたしは違うと感じはじめたの……」

「気のせいだ、恵二郎、お前は男だ。一緒にお風呂に入っただろう」

「これ、取りたい」

「取るな、男が男である象徴だぞ」

「いらない」

「やめろ、落ち着け恵二郎、一時期の気の迷いだ、まず服を脱げ、いつものジーンズにTシャツ姿に戻れ、化粧を落とせ」

「イヤ!! もうこのままでいる!!」

「恵二郎!!」
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