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変動的不等辺三角形はじまる メグミ編

その6

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 頭痛でなければ無理矢理脱がしてやるところだったが、まともに動けない。
 恵二郎は旅行カバンを押入れから引っ張り出すと、私物を詰めはじめる。

「何してる、どうする気だ」

「出てく、もう帰らない」

「出てくって、おい、待てよ、どこ行く気だ」

「知らない、でももうけいちゃんと一緒にいられない、さよなら」

 詰め終えたカバンを抱えると、顔も見ずに出ていく弟をふらふらと追いかけるが、すぐにへたりこんでしまい追いかけられなかった。

「恵二郎……」



 ──あれきり出ていったままだったな、あの頃の僕は何故あんなに恵二郎の女装を嫌がったのだろう。今の僕はそれほど嫌ではないが、それでも多少の嫌悪感がある。

「圭一郎さん、どうしたの? いつもより長湯だけど」

脱衣所から美恵が心配そうに話しかけてきたので、我にかえる。

「なんでもないよ、すぐあがるから」

 風呂からあがり身体を拭いてパジャマに着替えると、交替して美恵が風呂に入る。
 ダイニングには風呂上がりの定番、スポーツドリンクが置いてあった。あの時と同じメーカーだなと苦笑する。

 飲み干して片付けてからリビングに移り、美恵の読みかけの本を見ると、ライトノベルで[誘惑のリベンジ]というタイトルだった。あらすじに目を通す。

 主人公は若い女で年上の男性と不倫関係となり、愛欲に溺れていく。いつか妻と別れて結婚するという言葉を信じて貴重な二十代をその男に捧げるが、その気がないと知り絶望して別れる。
 騙した男に復讐を誓い、風俗に身を沈めて甘美なテクニックを身につけると、その時稼いだ資金で整形手術を施し、家政婦となり男の家庭に潜り込む。
 男にはふたりの子供がいて、そのどちらもにも誘惑し関係を持つ。そしてついには男とも関係を持ち親子による争いに発展させ家庭崩壊へと進んでいく。

 ──えらくハードな内容だな。これに感化されてたのか。
 パラパラと流し読みすると、官能的な文章が飛び込んでくる。なんでこんなの読んでるんだろう。

「御無礼しました」

 風呂上がり美恵からそう言われると、本を閉じる。

「なあ美恵、なんでこんなの読んでるんだ? お前の趣味じゃないだろう」

「ああそれ、今作ってる衣装がそのヒロインのなの」

「衣装って、内容からすると普通の格好だろ」

「それを着るレイヤーさんがこだわりのヒトらしくて、師匠のところにサイズ合わせを頼んだんだけど、あたし向きだからってこっちにまわってきたの」

 つまり昨夜の騒ぎはそいつのせいということか。絶妙なタイミングだな。
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