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序章 黄昏の森

さくら姫、出会う

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 平助の言葉に さくら姫がそちらに目をやる。たしかに草むらのなかに小道があった。

 中村に続く道は何度か通ったことがあるが、たしか何もない一本道のはずだった。しかし今はたしかに小道がある。
 馬がぎりぎり通れるくらいの幅で、道に生えてる草からすると、あまり人通りが無いようだ。
 小道はその先の森に続いている。その森には行ったことが無い。


「ふむ、なんとなく気になるな。ちょうど木陰に行きたいと思っていたところじゃ、行ってみるか」


 さくら姫の言葉に平助は頷き、小道に足をすすめた。
 馬は少し嫌がる素振りをみせたが、平助に引っ張られてしぶしぶ歩きはじめる。
 ふたりと一頭は気づかなかった、草むらに隠れて落ちていた、ちぎれた注連縄《しめなわ》に……。

※ ※ ※ ※ ※

「クラさん、いるかい」

 クラの小屋を覗きこみながら訪ねる者がいた。先程さくら姫とすれ違った女である。

「いるよぉ。おお、ナカさんかい。どうなさったね」

「ああ居た居た。鍋にどうも穴が空いたみたいでね、直してもらいたいんだよ」

「お安いご用だ、ちょいとかりるよ」

 ナカから鍋を受けとると光にかざし、穴の空いた所を見つける。そこを指で押さえながら金床に持っていくと、鍋を金づちで叩きはじめる。いくばくも経たないうちに直し終わった。

「はいよ、これでまたしばらく大丈夫だよ」

 あっという間に直すその仕事っぷりに、ナカは惚れ惚れとする。

「クラさん、やっぱり勿体ないわよ。その腕前で鍋釜の直しだけやるなんて」

「鍬や鋤も直しているよ」

 クラがほほ笑みながら混ぜっ返す。

「そうじゃなくて、もとの刀鍛冶にもどんなよ」

それを聞いて、クラは苦笑した。

「どうしたの」

「いやなに、さっきも似たようなことを言われてな」

「へぇ、誰か来てたのかい」

「まあな」

 クラは道具を片付けながら、知り合いから刀鍛冶の仕事の話があったことを話した。

「へぇ、いい話じゃないの受ければよかったのに」

「いやもう、刀鍛冶はやらんよ」

 上がり端に座り込んだナカに麦湯を出しながら、クラは首をふり、奥の棚に目をやる。
 そこには四つの位牌が置いてあり、そのうち二つは名前が彫ってあり、もう二つは白木のままである。
 ナカはちょくちょくクラの小屋に来ていたので、事情を少なからず聞いていた。

「あんたのせいじゃないと思うけどねぇ」

 クラは黙って応えない。それを見てナカは話を変えることにした。

「そういやさっき、変な人達に会ったよ」

「変な人達とは」

「それがさ、女なのに男の格好して馬に乗ってんの。思わず見入っちゃったわよ」

 あのふたりか、とクラは思わず にやついた。

「おたえちゃんは、どうしてる」

「元気に遊んでるよ。おたえがどうかしたのかい」

「ナカさんが見たのがさっき話したふたりさ。それであのふたりと知り合ったきっかけが、おたえちゃんだったんだ」

 ひと月ほど前のこと、おたえが泣きながら歩いてくるのをクラが見つけて、どうしたのかと訊ねていたところ、いきなり斬りつけられたことがある。
 すんでのところで躱し、おたえを庇いながら相手を見ると少年の侍と同い年くらいの行李を背負った職人姿の少年だった。

「怪しい奴め、その子から離れよ。でないと成敗するぞ」

「姫様、そいつは熊ですよ。言葉なんか通じないです」

 行李を下ろして姫様と呼ばれた少年侍の前に立ち、少年職人はどこからか出した小刀をかまえる。
 クラは突然の出来事に面食らったが、どうやら自分が熊と間違えられてると気づき、叱りとばす。

「誰が熊じゃ、儂は人だ」

 今度は少年侍と職人が面食らう。

「なんと、人であったか。ならば拐かしじゃな。その子から離れよ」

「そうではない、知り合いの子が泣いていたのであやしていただけだ。儂の名はクラ、鍛冶屋だ。この子はおたえ、中村の吾作とナカの子だ」

 その時、おたえの名を呼ぶナカの声が遠くから聞こえてきた。

「おっ母あ」

おたえは泣きながら声のする方へ走り出し、遠くでナカと抱き合うのを三人は見届けたあと、ばつ悪気にしているさくら姫達を見てクラは吹き出し、笑って誤解したのを許した。これが三人の出会いである。

 その後、さくら姫達は身分を隠し城下町にある大店、元秋屋の娘さらとお付きの手代平助としてクラと会うようになったのだ。

「でも不思議でさ、すれ違ってから しばらく歩いて振り返ったらその人達いなかったんだよ。村まで一本道なのにさ。ありゃ、これは昼間から化かされたかと思っちゃったね」

「いなくなったって、そりゃほんとうかい」

「いやそれがさ、あたしも何度もこの道通っていたんだけど、小道があったんだねえ、全然気づかなかったよ」

「小道なんて あっ……」

 クラの顔から笑顔が消える。そして何事か考え込むと、真面目な顔をしてナカに話しかけた。

「ナカさん、頼みがある」

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