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序章 黄昏の森

さくら姫、ふて腐れる

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「ひさしく来なかったな、どうしていた」

湯呑みを片付けながら、クラが訊く。

「ここのところは店で踊っておった。今日ここに来たのはクラに用があったからじゃ」

 さくら姫は平助に言いつけると、ヘイスケは背負ってた行李を下ろし、中から何やら取り出す。

「これは」

「みやげじゃ」

 風呂敷に包まれたそれをクラの前に置く。ごとりという音がした。かなり重そうな感じである。
 クラが風呂敷を開けてみると、中身は小さな金目の塊の山だった。それは表面は黒く内側は金色をしていた。

 クラはじっと見分すると、

「これは……眞金ですな」

「さすがじゃの」

 ひと目で見分けたクラに、さくら姫は素直に感心した。

「……受け取れませぬな」

「なんじゃと」

「さらよ、いかにお家が大店とはいえ、このような珍品、娘が好きにできるはずがなかろう。お家から黙って持ってきたのならお返しなされ」

 クラは、さくら姫達の身分を知らない。白邸城下町の大店[元秋屋]の娘さらと、その使用人の平助だと聞かされている。
 女だてらに袴姿の男装なのは店が持っている芝居小屋の衣装で、武士にしか許されぬ馬を乗り回すのは、よほどの献金を城にしているからだろうと思っている。
 それも仕方なかろう、こんなじゃじゃ馬が、自分の住む領内の御姫様とは思うほうがおかしい。

「クラよ、受けとれぬとはどういうわけじゃ! 」

「眞金がどれほど高値で珍品なのか知らぬようじゃな。どうせ黙って持ってきたのだろう、さ、はやく親御にバレぬうちに戻してきな」

「馬鹿にするでない! 後ろめたいことなど何もしておらぬわ!」

 さくら姫はクラに馬鹿にするなとばかりに言い返す。それを聞き、クラは平助に本当かと伺うように見るとそのとおりだと頷いていた。

「それはすまなかった、思いの外のことで勘違いしてしまった、許されよ」

クラは、素直にあやまる。

「となると、この眞金はいったい…… 」

クラの問いに平助が代わりに答える。

「みやげ などと言うから、ややこしくなるんです。これは おっさん、いや、鍛冶屋のクラさんに頼みにきた仕事なんです」

「え、仕事とは」

「クラよ、いや、鍛冶屋の蔵人《くらんど》、そなたその筋ではかなり名の通った者らしいな。そなたの腕を見込んで、仕事を頼みに来たのだ」

蔵人の名が出たとたん、クラの顔が険しくなる。

「……どこで、その名を」

「店で聞いたのじゃ。身内に大いくさの生き残りがいての、其奴から鍛冶屋蔵人の話を聞いた。熊のような大男で刀を打たせたら天下一品の腕前だとな。人相風体からしてクラに違いないと踏んだ、だからこれで刀をこしらえてほしいのじゃ」


 蔵人はさくら姫の顔と眞金をかわるがわる見ながら押し黙ってしまい、そのまま一言も喋らなくなった……

※ ※ ※ ※ ※

  小半刻のあと、道を東へとすすむ馬上のさくら姫と、その馬を引く平助の姿があった。

「おっさん、へそ曲げちゃいましたね」

「ふん、わらわがせっかく仕事を世話してやったのに断りおって」

 馬上のさくら姫も、膨れっ面である。

「素直にお礼を言った方が良かったんじゃないでしょうかね」

 平助の言葉に、さくら姫は返事しなかった。

 いつも優しくしてくれているクラに、なにか御礼がしたくなったが素直じゃない性分が邪魔して言いづらい。
 なのでクラの正体を知ったとき、高価な材料で質の高い刀仕事を与えれば、クラに大金が入り名があがるので御礼になると思い、眞金を持ってきたのだ。
 ところが当の本人は、まったくその気がなくむしろ迷惑な顔をされた。


 さくら姫が、やれ と言わんばかりに強く勧めたが、それが癇に障ったらしく、今日のところは帰れと言われてしまい、それっきり口をきいてくれなくなったので、仕方なく眞金を置いて出てきたのだった。

 喜んでもらえると思ったのに、逆に嫌がられてさくら姫はさらにふて腐れる。
 このまま城に戻るのもなんだから、なんとなく反対の方向に向かっていた。
 平助としても、ふたりの機嫌が直ったらまた仲直りしてもらう算段もあったので、遠回りするのを賛成する。

「今日は陽射しがきびしいですね」


 会話が途切れたので、当たり障りの無い天気の話をふる。

「……そうじゃな……」

気の無い返事をしながら空を仰いだ。

 道沿いの田んぼには、耕されたあとに水を張りつつあり、反対側の草むらも伸びる気満々といった雑草達があった。
 この先には中村という村がある。小さな村でこれといった特徴もない。さくら姫は以前行ったことがあるので、特に興味は無い。
 さらにその先は山があり、領境 というか藩境で行き止まりなのでなおさらだ。適当なところで折り返すつもりだった。

 前から歩いてくる、おそらく百姓らしき女とすれ違うとき、ちらちらと見られる。

 当然といえば当然だろう、職人風の少年が自分と同じくらいの大きさの行李を背負いながら、男装の美しい女が乗る馬を引いている。それだけでも目立つのに、何もない田圃道にいるのだ。
 何故こんなところにこんな人たちが、なんて不思議に思うのは当たり前だった。

 しかし当のさくら姫は気にしていないし、平助も慣れっこになっていた。

 女とすれ違ってすぐに、平助が気づく。

「あれ、こんなところに小道がありましたっけ」

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