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序章 黄昏の森

黄昏の森に蠢く 三

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 さくら姫が領内をあちらこちらに出かけるのは 勿論 好きでやっているからなのだが、それだけではなく領のこと領民の事を、知りたい解りたいからである。

 瀬鳴家が白邸領を護る事を担っているのなら、瀬鳴の家に生まれた以上、 たとえまつりごとに口出しできない”女“であっても、白邸領を護る責務があると思っている。
 だからどんなに不埒者でも領民であるゆえ、さくら姫は懲らしめる事は出来ても、殺すことは出来ないのである。

一方、平助は違う。

 平助の務めは さくら姫を身命を賭して護る事である。その為なら人を殺める事もいとわない、ただ姫が嫌うからやらないだけである。

 今、目の前の連中は尋常な相手ではない。
 おそらく殺す気でなければ相手にならないだろう。
 さくら姫の言葉とはいえ、離れることは躊躇せざるをえないのだった。
 この思い切り、いや、 覚悟か、それが有る無しの差は大きい。

「申し訳ありません、今は離れることはできません」

もちろん、さくら姫は平助の立場を心得ている。

「まあ聞け、このままではジリ貧だ。木刀の小太刀や短刀では埒があかぬ。ならば行李の中にある長物の方がよい」

 行李は高さ四尺幅二尺奥行三尺ほどの大きさである。その中のほとんどは、さくら姫用の様々な着替えが入っている。
 それとは別にいくつかの武器《えもの》も隠されている。ふたりの体躯に合わせて作られた特別なあつらえものだ。

 その中の一つに、折り畳み式の根《こん》がある。伸ばせば五尺はあるものだ。それならば対応できると、さくら姫は考えたのだった。

 平助もそれには納得した。だが、だからといって 姫を囮にすることはできない。

その様子を見て、さくら姫は言葉を続ける。

「先程からの奴らをみるに、力はあるが足は遅いようじゃ。はや歩きくらいがせいぜいのようだから、まずは一緒に行李の方に行く。すると連中は平助ほっといて、わらわを追ってくる筈じゃ。平助そのまま行李にむかえ。わらわはその間、走って時を稼ぐ」

そう耳打ちされたが、上手くいかないと感じていた。

「いやでも姫様は……」

そんなに足速くないでしょ、と言いかけたが、

「心配するな、たしかに平助には敵わぬが、城内の女子衆の中では わらわが一番なのじゃぞ」

そして平助の返事をきかずに行動に出る。

「いくぞ 」

 しかたなく平助は行李に向かって走り出す。さくら姫も同じ方向に走り出す。
 囲んでいる目の前の男の足元をすり抜ける時に、短刀で向う脛を打ち払うと、男は前のめりに倒れた。その上を、さくら姫は踏みつけて通り抜ける。

「よし、囲みから出れた」

 平助はそのまま行李を取りに、さくら姫は左に曲がり走る。ここまでは思惑どおり。
 さくら姫目当ての連中は、予想通り平助を無視して、あとを追う。

 行李にたどり着き、いそいで根を取り出し組み合わせる平助。よし、と薄暗闇の中で走っているはずの さくら姫を探すと、もうすでに追いつかれそうになっていた。

「言わんこっちゃない」

そう、さくら姫の足は遅いのだ。お付きの女子衆が姫様に遠慮して、抜かないだけなのだ。

 平助は根を二本抱えて、さくら姫の方に走る。間に合えよ、そう願いながらおもいっきり駆ける。

が、

願いは届かず、さくら姫を追いかけていた先頭の男が、襟を掴み、さくら姫を引き倒す姿をみてしまうのだった……。

 後ろ向きに引き倒されたさくら姫は、仰向けに倒れ背中を強かに打った。
 引き倒した男が、のし掛かろうとしてきたので、顔を蹴飛ばしてやろうと足を上げるが、逆にその足の足首を掴まれ、すごい腕力で持ち上げられる。さながら罠に掛かったウサギのようであった。

「くっ、離せ、離さんかっ」

 中途半端に引き上げられ、うまく体を動かせない。
何よりも袴の裾が下がってくるので、秘所を見られないように小太刀を持ってない方の片手で袴を押さえているので手を使えない。

 男は掴んだ足をさらに引き上げると片方の袴が太ももまで下がる。更に追いついたふたりにより、三人に囲まれ、足首、ふくらはぎ、膝裏、太ももと、じぃっと見られた後、三人の口が開き長い舌でやおら 足首から太ももまで、ねっとりと舐められる。

「っ!! きゃああああぁぁぁぁぁっ!!」

 生まれて初めての感触に、さくら姫は思わず女の悲鳴を出してしまった。
 そしてその長い舌三つの舌は秘所に触れようとしていた。

 辱しめを受ける……

 そんな思いがさくら姫の脳裏によぎった……

 さくら姫の悲鳴を耳にしたヘイスケは、一気に頭に血が上る。

「てぇめぇぇぇらぁぁぁ!!」

 平助は根を放り出し、血相を変えて走り出す。走りながらヘイスケは左右の袂から短刀を取り出し両手に持つ、今度は真剣の刃《やいば》の物だ。

 さくら姫を持ち上げている男を真ん中に、左右に一人づつ並んだ三人の後ろにいる二人のうち、右側の男に体当たりのごとく短刀を背中から心臓に突き刺す。

「うおぉぉぉっ」

 あどけない愛嬌のある普段の平助ではない、目は血走り、いっさいの容赦がない悪鬼と化していた。
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