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序章 黄昏の森

黄昏の森に蠢く 四

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 平助が吠えながら刺した男は、前の三人組の右端ごと倒れる。
 すぐに引き抜いた短刀で、残った後ろからくる男の喉を振り向きざまかっさばいた。喉から、ひゅぅ っという音を鳴らして男は倒れる。

 吊るされ身の危険を感じながらも平助の異変を察した さくら姫は、はやく脱け出さねばと焦る。

 掴まれた足ではない、もう片方の足に力を込め袴が落ちないように足を閉じる。
 自由になった両腕と頭を使い、小太刀を独楽の芯のようにして体を捻った。すると合気の手解きを身体を使ってやる形になり、さくら姫を掴んでいた男はこらえきれず倒れる。
 身体が自由になった さくら姫は小太刀で男の手首を打ち、しびれて掴まえられなくなった男の手から脱け出す事に成功した。
 残るふたりにも、尋常ではないと判断し立ち上がると片方の脳天に一撃をくれたあと、もうひとりには下がり面、剣道でいうところの引き面を叩き込んだ。

「平助、わらわは大丈夫じゃ。 平助、落ち着け、落ち着くのじゃ」

 悪鬼と化した平助を落ち着かせる為に声をかけながら、もう一度足首を掴もうとする倒れた男にとどめ一撃を脳天に叩きいれる。

さくら姫の声にようやく我に返えり、無事な姿を見て、平助はやっと落ち着いたのだった。

「姫様、大丈夫ですか」

駆け寄りながら心配そうに言うヘイスケの言葉に、

「うむ、大事ない」

と応えながら、不気味な感触が残る舐められた方の足を、かき消すように手で擦る。

「どうかなされましたか」

「大事ないと言っているだろう、心配いたすな」

真っ赤な顔で、それ以上聞くなとばかりに怒鳴る。

 よくわからないが、無事を悟った平助は心からほっとし、そしてまだ危険が去ってないことを思い出し油断なく、さくら姫を背に身構えた。

 ところが奇妙な事になっていた。

 六人倒して、あと三人残っていたはずだが、この三人が何もしていないばかりか、急に倒れたのだ。まるで操り人形の糸が切れて人形が倒れるように。

 その光景を見たさくら姫達は、何が起きたのか分からずに暫し呆然とした。



「……ヘイスケ」

「は」

 ヘイスケは油断なく男達に近寄り、様子を確かめにいく。

 うつ向きに倒れた男の顔辺りを、目を凝らして見る、土埃が動かない。さらにおそるおそる手首を握ってみる、脈も感じない、死んでいると認めた。

「どうも死んでいるようです」

 さくら姫も油断なく近づき、同じ様にしてみた。

「ふうむ、これはどうしたことじゃ」

 先程までの立ち回りを忘れたかのごとく、持ち前の好奇心で目の前に起きた不思議に気をとられていた。

 近くの六人に気をとられていたし、目を凝らさないと見えないくらいの薄暗さ。そのうえ一番遠くに倒れていた男ゆえに気がつかなかった。

 その男が、ぶつぶつとまるで見えない誰かと話をしている様子なのを……。

 あまりの出来事に、どうしようか迷ったが、とりあえず荷物を取りに行くことにし、油断なく行李のある方に戻る。

 戻る途中、平助が短刀を使った奴等の隣を通り、思わず使った事を咎められるかと冷や冷やしたが、どうやら さくら姫は気づいてないようだった。

 薄暗いなか、目を凝らし見当をつけて探して、根と行李を見つけた。根を行李にしまいヘイスケが背負う。

 その近くには先程までぶつぶつ言っていた男が倒れていたが、さくら姫達はまだ気づかない。



……ミ・ツ・ケ・タ……

その男が言った。

「平助、何か言ったか」

「いえ、なにも」

「ミ・ツ・ケ・タ、ミツケタ、ミツケタ、ミィツゥケェタァァァァ」


 何度も繰り返し、その度に大きくなる声、さすがにさくら姫達も気づき、吃驚した。

「姫様」

 平助はもう、さくら姫に伺いをたてない。その手を引っ張り駆け出した。

「平助、ちょっと待て」

 さくら姫の声に平助は応えない、本能的に感じ取ったのだ、このままではさらに危ないことになると。

 さくら姫もそれを感じたが、いかんせん急である。足がもつれ危なく転びそうになりそうになったが、なんとか走り出した。

 男は立ち上がりながら、ミツケタァァァと叫ぶと、男の近いところにいた男が立ち上り、同じ様にミツケタァァァと叫びはじめる。そして次々と叫びながら立ち上る男たち。

 走りながら横目で見る平助は、うそだろと思う。心臓《しんのぞう》を刺したのと、のど笛を切り裂いた奴も立ち上がったのだ。

(ここはやばい、もう何故なんて考えている場合じゃない、早くここから逃げなくては姫様があぶない)

「平助、ちょ、ちょっとまて、あ、あしが」

 行李を背負っていてもヘイスケの方が足が速い。さくら姫は転ばないように引っ張られるのがやっとだったが、小さい木の根に足をとられてしまい、前のめりに転んでしまう。平助もつられてあお向けに倒れる。

「大丈夫ですか、姫様」

「うむ、大事ない」

さくら姫を気遣うヘイスケが、助け起こしながら追っ手を見る。まだ遠かった。

 自分達が来た道の方が近い、なんとか逃げれる、そう思っていたとき信じられないことがおきた。
 追ってきた男達が、突如ものすごい速さで走って追いかけてきたのだ。

 さっきまで早足か小走り程度の速さだったのに、地響きを立ててかなりの速さで追いかけてくる。

 これではすぐに追い付かれてしまう、また応戦するか。しかし殺しても死なない奴らに何をすればいい。考えるのが苦手な平助は立ち止まってしまった。
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