「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび

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 いや、ルッツは裏切ったわけではないとアリーチェは分かっている。
 アリーチェの記憶がないのだから仕方がない。
 けれど、記憶がないからと言って、簡単に他の人とくっつくとはアリーチェは思ってもいなかった。

 指先の鈍い痛みが心臓まで届いてきそうで、アリーチェは自分の引き出しからポーションの瓶を取り出し、ぐびっと飲み干した。

「・・・そんな疲れるぐらい変なやつだったの? 」

 そんなアリーチェを見ていたマーラは体を起き上がらせて、心配そうにこちらを覗く。
 どうやら、舞踏会でアリーチェがしつこい貴族に言い寄られていると勘違いしたそうだ。
 確かにそんなことはあった。
 アリーチェは昔からいじめっ子の標的にされることから始まり、厄介な人に絡まれる事が多い。
 中にはアリーチェに会おうとお針子の作業場にまで侵入してくるような輩までいて、マーラ達にも迷惑をかけた。
 相手が貴族だと厄介で、アリーチェは確かに何度も困らせられてはいる。

「いえいえ、今回は違いますよ」
「でも、それ回復ポーションでしょ? 」

 瓶の色からそう判断したマーラ。

「あんた、それよく飲んでるじゃない。もしかしたら、どっかよくないところでもあるの? 」

 さっきまでのお怒りは去ってしまったのか、マーラはつっけんどんながらもアリーチェに問いかける。
 彼女の本質が悪い人でないなのはない。
 さっきアリーチェを攻め立てたのも、彼女なりの正義感だというのも、アリーチェは理解していた。

「それにこの前、すごい真剣な顔で手紙を読んでたじゃない。ほら、半年ぐらいまでだったかしら? それぐらいの時期よ。あんたずっとぼーっとしておかしかったわよ」

 「そんなことありましたっけ? 」とアリーチェはとぼけながらも、きっとルッツが記憶を無くした事を知った時だなとアリーチェは気づいていた。
 確かにあの時の自分はおかしかったとアリーチェは自覚している。

「それに最近、あなた仕事中も不注意っていうか、なんか、とにかくおかしかったわ」

 確かになとアリーチェは苦笑いを浮かべた。
 それを肯定と捉えたか、マーラは顔を顰める。
 
「やっぱり変なやつにストーカーでもされてるんじゃ・・・」

 純粋に心配してくれる彼女に、アリーチェは大袈裟なほど手を振って否定した。

「いえいえ。言ったじゃないですか、王宮の水が合わないって。その為に飲んでるだけですよ」
「・・・聞いた私がバカだったわ」

 アリーチェがヘラヘラと笑って答えると、マーラはため息をついて、布団に潜り込む。
 
「仕事終わったんなら早く寝な。明日も忙しいわよ」

 そう言って、これ以上は関わるなと言わんばかりにカーテンが閉められた。

──いえ、私は明日お休みです

 以前からその予定にしていた。
 そして、アリーチェは彼女に勇者と王女の婚約の話をしていないことに気づく。
 城で働くものにとって情報は命。
 あとで「なんで言わなかったのよ」と怒るマーラの姿が目に浮かぶ。

 それでも、今日はもう彼女と言い争うだけの気力はなかった。
 首からぶら下げていた紐を引っ張り出す。
 その紐にはルッツがくれた安物の指輪が引っかかっている。
 いや、安物と言っても、それは平民にとっては十分な代物。
 けれど、あの煌びやかな場所にいる王女には、おもちゃも同然だろう。
 魔王を倒した功績と皇女との結婚を控えているルッツにとっても、今やガラクタに見えるのかもしれない。

「待ってたのに」

 アリーチェは約束は苦手だったが、彼との約束はちゃんと守っていた。
 なのに、彼の方がそれを忘れてしまっている。
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