「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび

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「まぁまぁ、そんなお顔をしないで」

 アリーチェが反応できずにいると、オルティラは両手で指の先どうしを合わせ「ごめんなさいね? 」と口にした。

「そんなに驚かせるつもりはなかったのよ? ただ、彼はあなたの事をそうとしか呼ばないから、つい癖になってしまって」

 ルッツの話にアリーチェの胸が大きく波打つ。

──なんでルッツが私の話を・・・?

 まさか記憶が戻ったのかとアリーチェの頭の中に疑問が飛び交う。

「あら、昔の話をしちゃったわ」
「昔・・・」

 アリーチェが繰り返すと、オルティラは愛らしくふふっと微笑んだ。

「そうそう。私の自己紹介がまだだったわね。私ったら、ついはしゃいでしまって、恥ずかしいわ」

 口元を両手で覆い、俯く彼女はまさに恥じらう乙女そのも。
 それはあまりにも自然すぎて、アリーチェがそれを見つめていると、「でも」と言って彼女は青い目を光らせ、アリーチェを射抜く。

「昨夜、会場にいたなら、わざわざ言わなくてもいいでしょう? 」

 ヒヤリと背筋が冷たくなる。
 今更、彼女がなぜそれを知っているのか思い考えるほど、アリーチェは鈍感ではない。
 彼女は全てを知っている。
 知っていて、今日わざわざアリーチェがよく通う教会で待ち伏せしていた。
 
「そうだわ。帰るとこは一緒だもの、このまま馬車を走らせましょうね」

 オルティラは、先程の冷たい表情が幻だと思うほど、いつも通りの花やぐ笑みを浮かべる。

「いえ、私は──」
「気になさらないで。人が他に乗っていようがいまいが、関係ないもの」

 愛らしい声で紡がれる言葉なのに、アリーチェは冷たいもので撫でられるような気分になった。
 チラリと窓から見える教会。
 ここから離れた方がいいとアリーチェは思った。

「では、よろしくお願いいたします」

 アリーチェは最初から選択肢がなかったが、選ばされるのはアリーチェの僅かなプライドが許さなかった。
 アリーチェがそう返せば、オルティラは笑みを絶やす事なく頷き、外にいる侍従に片手を挙げ合図を送ったオルティラ。
 白のレースの手袋で覆われた彼女の手振りはとても洗礼されていて、アリーチェには到底真似できないものだった。

 しばらくすると馬車がゆっくりと動き出した。

「本当にずっと、お会いしたかったのよ? 」

 オルティラが首をコテンと傾けて言った。
 アリーチェは教会のある地域から馬車が抜けたのを見届けてから、顔を上げオルティラを見据えた。

「ルッ・・・勇者様のことなら、私とはもう関係ありません」

 思わず彼の名を口にしそうになったが、アリーチェはすぐに訂正し、何気ない風を装いながら言った。

「記憶を失った今、他人に過ぎません」

 邪魔するつもりはないとアリーチェは言ったつもりだったが、オルティラは自分の髪をいじりながら、小さな息を吐いた。

「でも、言葉と行動が伴ってないわ。あなた、彼が帰ってきてから何度も彼に会おうとしたでしょ? 」

 オルティラは、美しい髪をくるくると指に巻き付けてあそび始め、独り言のように言った。
 けれど、それはアリーチェの体を硬くさせた。

「わたくしね。色々と教えてくださるお友達がたくさんいるの。だから、あなたのことなーんでも、知っているのよ? 」

 その純粋な笑みの奥は深過ぎてアリーチェには何も見えなかった。
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