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「つっ・・・」

 冷たい何かを浴びせられ、アリーチェが目を開ければ、そこは小さな古びた古屋の中だった。
 目の前には王宮騎士がいて、彼の手に桶があるのが見えた。

──最悪

 王宮の水ほどではないが、それにも浄化魔法がかかっていて、アリーチェの皮膚がピリピリとしている。
 これぐらい大したことではなかったが、状況があまりにも悪過ぎた。
 手足が縛られ床に放り投げられている状態のアリーチェでは、例のポーションの瓶を取り出すことなど不可能。
 加えて、マルティラが仕組んでくれた薬かなんかのお陰で、アリーチェの魔力が正常に機能していない。

「マルティラ様」

 アリーチェが起きたのを確認すると、騎士が扉の方へ声をかけた。
 しばらくすると、ゆっくりと扉が開き、マルティラが優雅に入ってきた。

「ふふ、ちょっと待ちくたびれちゃったわ」

 無邪気に笑う姿にアリーチェは何も感じなくなっていた。
 
──ルッツはこの人のどこが良かったんだろう・・・?

 不意にアリーチェの中に浮かんだ疑問。
 あまりにも遠くて、二人並ぶ姿はとてもお似合いだとは思っていた。
 けれど、この歪んだマルティラが相手でルッツは本当に幸せになるのか。

「でもちゃんと準備してきたから安心して」

 彼女はアリーチェの前にしゃがみこみ、頬に手を添えて言った。
 なんの準備かはアリーチェは問いかけなかった。

「・・・殺すなら、さっさと殺せば良かったのに」

 王族だろうと自分には関係ないとアリーチェは吐き出すように言った。
 あえて他の場所に連れてきてからなんて手間がかかりすぎる。
 すると、マルティラは鈴の音のような笑い声を出した。

「だって、簡単に死んでもらうのが惜しくなってしまったんだもの」

 マルティラは瞳を煌めかせて、うっとりとした表情を浮かべる。

「お話ししてみたら、あなたってとっても平凡で腹が立っちゃった。なんであなたみたいな人が彼に選ばれたのか、全く理解できないわ」

 彼女のレースを纏った指先がアリーチェの頬から顎をなぞった。
 同時にアリーチェの背がゾワゾワっと毛が立つように感じた。

「見た目以上に中身も平凡なんだもの。言ってくれれば身を引いただなんて、そんなな薄っぺらい言葉を言うだなんて、とってもがっかり」

 ほうっとため息をついたマルティラ。

「しかも、人を巻き込みたくないとか凡庸な正義感もとってもつまらないわ。王宮であたふたする姿も、さっき馬車を走らせる前の顔もとっても素敵だったけど。そんな些細な事を気にして時間を無駄にするなんて、わたくしだったら絶対にしないわ」

 何でもかんでも分かってしまう彼女のその観察力には感服しそうになる。

「欲も何もなく、力もなく、魅力もない。なんでこんなのが彼の目についたのか不思議すぎて、腹立たしいわ。これが彼を独り占めしてたなんてとってもとっても腹立たしくくて、わたくし、ただあなたに死んでもらうだけじゃこの思いが報われないわ。そうでしょ? 」

 マルティラが、アリーチェに同意を求めた。

「だから、ちゃんと苦し見ながら死んでもらいたいの。いいでしょ? 」

 マルティラは、両手を合わせて、こてんと首を傾げた。
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