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「行くな! 」

 今まで聞いたことのない大声を上げてるルッツ。
 彼はいつの間にか湖のほとりにいた。
 必死な形相をしたルッツは再び、声を上げる。

「アーチェ! 俺だ! 」

──なんで・・・

 二度とルッツがその名を口にすることのないはずなのに。
 けれどこちらを見るルッツの瞳は確かにアリーチェが知っているものだった。

──でも、なんで・・・

 アリーチェには何も分からなかった。
 ありえないことが目の前で起こっている。
 それをすぐに整理し理解できるほどの余裕はアリーチェにはなかった。

 すると、ルッツがこちらに来ようと足にグッと力を込めた。
 ルッツは高く飛び、アリーチェの元へ来ようとする。

──ダメ!

 アリーチェは降ってくるルッツを瞬時に止めようとした。
 彼がこのまま落ちたら溺れてしまう。
 アリーチェには胸の位置でも、彼には深い場所だから。
 だから、アリーチェは彼がこちらにくる前に止めようと必死に走った。

 だって、それはアリーチェがついて行くと決めたルッツだから。
 アリーチェを好きでいてくれたルッツだから。
 そんなルッツが消えるなんてありえない。

 アリーチェは自分の姿のことなど忘れていた。

 アリーチェが進むたびに湖の水が暴れ、アリーチェの体を痛めつける。

「 るっつ 」

 禍々しい声で彼の名を呼ぶ。

 そしてその大きすぎる両手でルッツを包み込んだ。

 彼がどんな顔をしているかなんて見ていられない程必死だった。

 アリーチェが着地すると、大きな水飛沫が上がり、アリーチェは頭から水を被る。
 反射的に、彼をそれから守ろうと両手を固く閉ざす。

「アーチェ」

 中から彼のあの優しい響きが聞こえた。
 自分だけが耳にすることのできる特別な響き。

 アリーチェは恐る恐るそれを開けた。

 その端正な顔を緩め微笑む彼がいた。

 いつの間にか自分の中で荒れ狂っていたものは落ち着いていて、久しぶりのルッツの微笑みに胸がキュッとした。
 けれど、同時にアリーチェは今を思い出して、違う苦しみに襲われる。

「 なんで きおく 」

 アリーチェは、問いかけた。
 ルッツはこくりと頷く。

「これ」

 ルッツは握りしめていたものをアリーチェに見せた。
 それは千切れた紐に括られているあの指輪だった。
 きっと変化へんげするアリーチェに耐えきれず千切れてしまったのだろう。
 アリーチェはそれがなくなっていることにも気づかなかった。

「アーチェ、これに魔力込めていたろ」

 ルッツはいつもと変わらぬ様子でアリーチェに問いかける。

 そう言われてもアリーチェにはそんな記憶はない。
 毎日それを眺めてはいた。
 ルッツの記憶がなくなり、討伐を終え帰ってくるのが決まった時から見る頻度は多くなったが、それに魔力を込めた覚えはない。
 どうしようかずっと悩んで、ルッツとの思い出に浸っていただけ。

「無意識かよ」

 アリーチェが何も返答しないと、ルッツがうっすらと苦笑いを浮かべた。
 その表情は幼い頃と何も変わらない。

──あぁ、ルッツだ

 アリーチェは手に広がる彼の温もりを感じた。
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