太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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本編

序章

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「僕が分かりますか?」

 怯えたようにぎこちなく細められた目は、どこか見覚えのあるものだった。

 目の前にいるのは、煌びやかな装飾のついた黒い服の男。
 男の銀色の髪は、月あかりに照らされて、宝石のように輝く。
 その容姿も、月光に相応しい神秘的な美しさで、見るものの心を奪う。

 けれど、セレーナの記憶に、こんな狂わしい程秀麗な男はいない。
 まず、セレーナには異性の知り合いなど限られているし、唯一親しかった彼も、すでに自分ではなく、愛らしい妹の元にいるはずだ。

「やっと、迎えにきましたよ」

 なぜか、男の声は柔らかいのに震えている気がした。
 セレーナはまだ落ち着きを取り戻せていなかったが、じっと男の顔を見つめた。
 男の顔には、セレーナも息を呑んだが、気にかかるのはそれではない。
 男もセレーナだけしか見えていないかのように、見つめ返してくる。
  
 その細めた瞳の奥には、妖艶な赤い煌めきがあった。

 途端、蓋をしていた思い出が勢いよくセレーナの中を駆け巡る。

──彼だ

 地面に座り込んでいたセレーナはもっと男のその瞳を確かめようと背筋を伸ばす。

「よかった」

 セレーナの記憶中に自分がいることに安心したのか、男の目から力が抜ける。
 同時に、懐かしいルビーの輝きがはっきりと現れる。
 セレーナは傷だらけのその手を伸ばした。
 彼であることを触れて確かめたかった。

「セレーナ」

 男はその手を導くかのように手を重ねてくると、己の頬を擦り寄せた。
 セレーナの指先が彼の目元を掠める。
 男は安心したのか、顔を綻ばせた。
 その笑みがあまりにも甘く、セレーナは唾を飲み込んだ。

 男の仕草の全てが美しい。

 月が彼の為だけに光っている様だった。
 美しさと甘さがセレーナの頭を混乱させる。

 セレーナはおかしいと思った。

 自分は全てを失って死ぬところだったはず。
 セレーナも生きる意味など既に失って、その運命を受け入れようとしていた。
 彼女はこれで楽になれるとさえ思っていた。

 なのに、目の前の男はセレーナの決断を簡単に覆す。

 もし、この男が彼なのなら。
 そんなはずないと否定する自分と、手から伝わる恋焦がれた温もりに縋りたくなる自分がいる。

 熱のこもった瞳で自分を見つめ続ける男を、セレーナは見つめ返す。

「セレーナ、僕の月」

 男はセレーナを抱きしめた。
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