太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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1章 はじまりの月

1−5

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 セレーナはまだ王子に直接挨拶していない事を思い出し、立ち上がる。
 そして丁寧に臣下の礼をとり、決まった挨拶文を口にする。

「お初にお目にかかります」
「あっ・・・あ、その・・・」

 王子は口をパクパクしていた。
 先程までツンケンした様子の彼と異なる姿を不思議に思ったセレーナはそっと駆け寄る。
 尻餅をついた時に怪我でもしてしまったのだろうか。

「どうかされましたか? 」

 周りに変なものがないか確認してセレーナは王子に尋ねる。
 けれど王子は目の前に来たセレーナに驚いたのか、吊り目なのもわからなくなる程に目をまんまるに見開き、開きっぱなしの口から言葉になっているようでなっていない声を出す。

「うっ・・・お、おまっ・・・」
「殿下? 」

 茶会では不貞腐れながらも普通に話していたのにと、どう見ても様子のおかしい王子に首を傾げる。
 どうしたのかさっぱりなので、セレーナは問いかけるしかない。

「お怪我でもされましたか? 」
「あ、いっいやっ! そ・・・・そうではなく・・・」
「ご気分が優れないのですか? 」
「あっ、いやっ・・・。そ、そっ・・・そのっ」

 王子は顔を真っ赤にしてさらにモゴモゴと言い始める。
 セレーナはうまく聞き取れなくて、また近づこうとすると、王子がピョンと跳ねた。
 いきなり立ち上がった王子に、セレーナは驚く。

「ち、違うのだ」
「え? 」
「俺は別に覗き見たわけではなくっ・・・」

 王子は慌てて、何かを弁解しはじめた。
 セレーナがぽかんといているのか見て取れたのか、王子はさらに顔を赤くする。
 赤髪も合わさってまるで茹でタコのようになった彼。

「だいたいっ、お前は、何者だっ! 」

 いきなり、王子がセレーナを指して叫ぶ。
 やっとはっきりと話し始めたかと思うと、いきなりの横暴な物言いにセレーナは驚いた。

──でも、王子だし・・・

 セレーナが読んだことのある本の中に、偉そうな王族が出てくることがある。
 もしかしたら王族というのはこういう態度なのかもしれないと思ったセレーナ。
 こういう時は折れるのが一番だと知っているセレーナは、名乗ろうと立ち上がり深々と頭を下げる。

「私は──」
「セレーナよ! その態度、あんたこそ誰よ! 」

 そこで突然、ソルが垣根の間から飛び出してきた。
 セレーナも王子もそれに驚く。

「お、お前は誰だ! 」
「ソルよ! 私の双子の姉をいじめたら許さないんだからっ! 」

 ソルはセレーナと王子の間に入って叫んだ。
 どうやら先ほどの場面を勘違いして助けに入ったと思われるソル。
 セレーナは困ったことになったと慌てた。
 不敬だと王子が騒ぎ出せば、ソルやセレーナだけでなく公爵家に迷惑がかかる。

「お前達が双子だと? 髪色以外、全然、似てないじゃないか! 」

 嘘を付けば不敬だと言い出しそうな王子は、ソルの声に負けないようにさらに声を荒げる。
 セレーナはもう耳を塞ぎたくなった。
 静かな場所だと思って来たのに、こんな騒がしい事態になるなんてと後悔する。

「嘘じゃない! ソルとセレーナはずっと一緒だったもの! 」
「そんなの証拠にならないじゃないかっ! 」
「そんなのいらないもんっ! ずっと一緒だったから本当だもの! 」

 全く理論的でないソルの返答。
 けれどそれがソルで、セレーナもそれがソルのいいところでもあると知っている。
 ただ、今だけは黙っていて欲しかった。
 どんどんと進んでいく話にセレーナの頭がついていかない。

「王子だからって、セレーナをいじめるなんてサイテイっ」

 更なるソルの攻めに、王子はギョッとした顔をした。

「いじめるだと!? 俺はっ、俺は、ただ・・・」

 反射的に言い返そうとした王子だったが、何かを言いかけて頬をまた染める。
 なぜかチラリとセレーナを見てきて、目が合うとびくりとして俯いてしまった。
 怯えさせてしまっただろうかと、セレーナは覚えのない態度に困ってしまった。

「何よ! そんな大声で怒鳴って! 王子だからってなんでも許されるなんて思わないで! 」

 セレーナはそれをソルに言いたかった。
 言葉を探してどうにかソルを止めようとセレーナはソルの肩に手を添えた。

「ソル、やめて、いじめられてなんかないわ」
「セレーナ、こんなやつ庇う必要なんてないっ。セレーナが何も言わないからってあいつ──」

 威嚇するように王子を見るソルにセレーナは頭が痛くなった。
 正直、自分にソルを止めれるなんて思っていなかった。
 セレーナが言葉を尽くしたって、ソルは止まってはくれない。
 だから、セレーナも公爵夫人に投げてなんとかしていたのだが、今回はそうはいかない。

「申し訳ありません、殿下」

 セレーナはソルを無視して頭を下げた。

「セレーナ! 」

 そんなセレーナにソルは裏切られたとばかりに声を上げる。
 けれど、セレーナはそれに応えることなく、謝罪する。

「妹は勘違いしてしまったようです。殿下に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「あ、あぁ・・・」
「殿下、お怪我はありませんか? 」
「あっ・・・あぁ・・・」

 王子はまた赤くなって、セレーナから顔を逸らす。
 セレーナはそんなに自分は嫌なのかとため息をついた。
 一番彼を不快にしているのは自分かもしれない。
 もう一度何をいうべきか考え、そして口にする。

「・・・そうですか。再度お詫びを申し上げます」

 セレーナは再び謝罪した。
 喚くソルは完全に無視した。

「妹は私に何かあったと守ろうとしたようです。どうか、その広いお心でお許しください」
「あ、あぁ・・・、もう、いい」

 力の抜けた彼の声が聞こえ、セレーナはホッとする。
 けれど、顔を背けられたままで、セレーナは完全に嫌われたのだろうと思った。
 公爵夫人もよくセレーナを視界に入れたくないような素振りをする。

「それでは、失礼します」

 セレーナは、まだ不服そうに頬を膨らますソルを無理やり連れて、その場を去った。
 大事になったら、公爵夫人に怒られるのはセレーナ。
 王子は許すと言ったし、あの様子では怒りは落ち着いたように見える。
 彼はきっと大事にしないだろうとセレーナは考えた。

「なんで、セレーナが謝るのよ!」

 ソルは納得できない様だ。
 頬をぷっくりとさせて言った。

「だって、王子だもの。逆らうなんて不敬だわ」
「不敬って何! 偉いからって、怒鳴っていいの!? 」
「私のせいよ」
「セレーナが何かするわけないじゃないっ! 」

 ソルにそう言われて、セレーナは驚いた。
 ソルはセレーナが何か言うといつも不服そうにするくせになんでそんな事をいうのだろう。

「セレーナはソルにしかいじわる言わないもの! 」

 一瞬でセレーナはソルはソルだなと思った。
 確かにセレーナが何かいうのはソルばかり。
 セレーナにとって公爵夫人も使用人も、物申す必要のない人たちだから。
 そもそも、授業をサボったり、無謀な事をするソルが悪いのだが。

「ソル、あなただって今怒鳴ってる」
「だって──」
「いいから。もう行こう。お友達ができたのでしょ? さっきまで楽しそうにしてたのは見たけど」

 セレーナは話を逸らす。

「あ、うん。セレーナにみんなを教えたくて探していたんだった」

 ソルは地味にさっきの事を引きずってはいたが、素直にセレーナの質問に応える。

「セレーナも一緒に遊ぼうと思って」
「そう・・・」

 セレーナは紹介してもらっても嬉しくない。
 どうせ、セレーナに関心のある者はいない。
 セレーナが積極的に関わろうとはしないのもあるが、世界は太陽を中心に回る。
 太陽がいないと輝かない月は暗闇でしか見てもらえない。
 いつでも人々が望むのは太陽だ。

──早く静かになればいいのにな

 セレーナはやっぱりそう思うのだった。

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