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2章 太陽になれない月
2−4
しおりを挟む数日後、セレーナとソルは公爵の家令に連れられ、治療師の元に向かった。
家令は3年前に屋敷を出ていたが、あの宣言通り公爵が彼を連れ帰っていた。
テッサロニキ公爵家に使えて長い彼は、公爵の信頼も厚く、やはり仕事で忙しい公爵に代わってセレーナ達の保護者としている。
何人かの使用人が伯爵家に戻され、かつていたいた公爵家の使用人の中のほんのわずかが帰ってきた。
その為、公爵家の使用人の数は減ってしまっいる。
あれから公爵夫人は別邸にいる。
ソルは彼女のもとへ出入りしているようで、遠目から公爵夫人の温室で遊ぶ姿がよく見られる。
彼女とセレーナは滅多に顔を合わせなくなった。
公爵夫人お気に入りの使用人がいなくなったりしても、公爵夫人は意外に大人しい。
セレーナにも侍女が一人つけられるようになった。
人手が足りないので、かつて使えていたベテランの侍女達が日替わりで担当している。
セレーナが望んでいた突然の静寂。
けれど、それが得られた過程を知っている彼女はなんとも複雑な心境で、単純に喜ぶ事はできない。
「あの子、元気かな? 」
何も知らないソルは、移動する馬車の中でウキウキしていた。
公爵はセレーナ達に「お母様は少しあそこで休憩することになった」とふんわりとした説明をした。
それで納得してしまうのがソル。
全く気にならないのか、最近は食欲も旺盛で、セレーナの方が胃もたれしてしまいそうだった。
しばらくしてついた治療師の家は、夜に見た姿と違っていて、小さな建物でも活気があった。
馬車を降りたセレーナ達が入り口に行くまでに、人が出入りしていた。
──邪魔じゃないのかな・・・?
セレーナはあの狭い家に、3人で押しかけたら迷惑になるのではと不安になる。
しかし、ソルはそんな事は一切考えずに扉を叩いた。
「お医者のおじさーん」
大声で言うソルに、セレーナは慌てたが、扉はすぐに開かれた。
「医者じゃねぇよ。ただの治療師だ」
先日の男性が顔を出し面倒くさそうに言った。
「何が違うの? 」
「根本的に違う。が、その話はいい。坊やのことだろ? さっさと入れ」
治療師はそう言って、セレーナ達を招き入れた。
治療で使う薬草だろうか、独特の香りが鼻に抜ける。
夜ははっきり見えなかった室内がよく分かり、ソルもセレーナも辺りをキョロキョロした。
目新しいものばかりで、何に使うかもよく分からないものを含め、2人の興味をそそっていた。
「ほら、こっちだ」
治療師は、この前の治療室より更に奥にセレーナ達を案内した。
屋敷よりもかなり狭い廊下を進み、小さな部屋に行き着いた。
その部屋は、治療室同様に簡素な作りをしていて、窓にベッドにローチェストにと、必要最低限のものしかそこにはなく、ベッドには飾りっ気のない黄ばんだ白のシーツがあった。
「起きろ、客だぞ」
病人に対して乱暴な言葉遣いをする治療師だったが、不思議と悪い印象はなかった。
むしろ親しみやすさを感じ、セレーナはこの前も初めて会ったのに怖いとは思わなかったなと思い出す。
少年は、ゆっくりと体を起こし、こちらに顔を向けた。
ボサボサの黒髪は治療師の仕業か、短く綺麗に整えられていて、彼の顔がよく分かる。
まだ十分とは言えないが、こけていた頬にも肉がつき、吹けば飛んでしまいそうな弱々しさは消えていた。
窓から差し込む日は彼の艶やかな漆黒の髪を照らしていたが、その色は光を飲み込んでいるかのようで、セレーナは夜の暗闇みたいだなと思った。
「・・・」
少年は相変わらず表情を変える事なくこちらを見る。
また、彼と目があった気がした。
距離があったため、セレーナは彼が自分を見ているのか、ソルを見ているのか分からない。
「わぁ! 」
美少年という言葉がぴったりの彼に、ソルが声を上げた。
少年の目がぴくりと動いた気がしたので、セレーナは彼はソルを見ていたのだろうと思った。
「すっごい綺麗! 不思議な色の目だね! 」
少年にすぐさま駆け寄ったソルは、少年の顔を覗き込む。
突然迫ってきたソルに少年は驚いて身じろぎするが、ソルは戸惑う事なく少年の顔を両手で挟んだ。
ソルは夢中になって少年の瞳を見つめる。
「わぁ、やっぱり綺麗! 」
「やっ・・・」
「動かないで、ちゃんと見せて! 」
「ソル、ダメ」
無遠慮に少年に触れるソルをセレーナが止めようとした時、少年が声を上げてソルを振り払った。
「やめろっ! 」
ソルはあっけなく床に転げ落ちる。
家令が素早くそれを受け止めたが、ソルの顔には驚きが広がっていて、呆然と少年を見つめる。
少年はシーツを掴むと、それを自分の目のところまで引き上げそのまま体を震わせていた。
「全く、これだから子どもは・・・」
治療師が、少年の頭を無造作に撫でた。
「なんも問題ないから顔を出せ。誰もお前の目を嫌ってるわけじゃないからよ。ほら、嬢ちゃんは綺麗だって言ったんだ」
「・・・」
「ほら、水だ。ちょっと落ち着け」
治療師はいつの間にか手にしてコップをサイドテーブルに置いて、セレーナ達に向かって顎で扉を示した。
「こっちに来い」
治療師に連れられて部屋の外に出ると、彼は深いため息をついた。
「あんな、嬢ちゃん達は知らないかもしれないがな、伝わってる神話の中に『赤い悪魔』ってのがあってな」
治療師の話にセレーナはハッとした。
『悍ましい黒い悪魔は赤い目でこちらを見ると、その牙を剥き出す』
本で読んだ中にあった一文が浮かんだ。
公爵家の書庫には古い神話に関する書籍もたくさんあった。
セレーナは現実から逃れるようにそれらを読んでいて、治療師の言う神話もすぐに思いつく。
記憶力もいい方だった。
「その、黒髪に赤い眼ってのを悪魔の使いだと嫌う奴もいる。あいつが孤児になった理由もそこにあるのかもしれない。ま、詳しくは分からないがな」
セレーナは先日の公爵と彼の態度の意味を知った。
隠れるようにここに連れてきたのも、この奥の部屋に一人いるのも、彼らなりの配慮。
公爵は一瞬で判断して彼に託した。
セレーナは自分ではできなかったであろうそれに悔しくなる。
そして、やっぱり父の姿に憧れを抱く。
けれど、ソルは不思議そうに首を傾げた。
「あんなに綺麗なのに? 」
「俺には綺麗かどうかは分からんが、あんまりあいつに目のことは言ってやるな」
「嫌われるなんておかしいよ。あんなに素敵な色見たことないよ? もっと自信を持てばいいのに」
「お前さんのその感性は結構なことだが、人には人の事情がある。お前さんの考えだけであいつを振り回すのはやめてくれ」
治療師は、眉間に皺を寄せ語気を強めて言った。
ソルは納得したのか分からないが、ゆっくりと頷いた。
セレーナも、力強く頷く。
自分だって彼を傷つけたくはない。
彼にも平穏が必要な気がした。
「ねぇ、あの子、なんて名前なの? 」
彼が落ち着くまで廊下で待っていたソルは、治療師に尋ねる。
「エレンだとよ」
「女の子みたいな名前だね」
ソルがそういうと、治療師は複雑な顔をして、頭をガシガシとかく。
「キル教の有名な聖女の名前だよ」
キル教は大陸の殆どの国が信仰している最大宗教。
基本的に無宗教のセレーナの国ではそれを信仰しているものは少ないが、歴史の長いその宗教を知らない者はいない。
セレーナもいくつかの文献を読んだ。
「何百年も前の聖女だ。今じゃ聖女の名前の修道院が建てられているぐらいにチヤホヤされているが、元々卑しい身分で嫌われ者だったっらしい。キルの教えを説いてまわっとかなんかとかで死んだ後は聖女だともてはやされてんだけどよ。確か、その聖女の髪が黒だったとか」
セレーナも聞いたことがある気がする。
「その聖女の名前がエレン。坊やの亡くなった母が付けたんだとよ」
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セレーナは顔も名も知らない女性のことを思い浮かべる。
母親というものはよく分からない。
けれど、彼のその何には彼女の願いが込められているように思えた。
それなら、彼女の願いが叶えられればいい。
セレーナは、暗闇の中にいるような表情の彼のこれからに思いを馳せた。
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