太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

文字の大きさ
13 / 36
2章 太陽になれない月

2−3

しおりを挟む

 その後、公爵はセレーナとソルそれぞれにお説教をした。
 セレーナの方は半分懇願されるようだったが、ソルは目一杯に怒られた。
 勝手に家を出てきた事をはじめとして、行動の全てを一から十まで叱られていた。
 ソルはどこまで理解しているか分からなかったが、セレーナの怪我が自分のせいに思えたのか、セレーナに泣きながら「ごめんなさい」を叫んだ。
 それも近所迷惑だからと公爵によって強制的に終わらされたが、セレーナはソルの謝罪を受け取ることにした。
 ソルに悪気がないのはセレーナが一番よく知っている。

「ねぇ、あの子、連れて帰ってあげるでしょ? 」

 少しして落ち着いたソルは、目を真っ赤に腫らして公爵に尋ねた。
 公爵はすぐに答えない。

「夜なのにひとりぼっちなんて可哀想だよ。お腹も空いてるんだよ? 」

 ソルは畳み掛けて、公爵に返答を急かす。
 けれど公爵は顎に手をやって考える仕草をするのみで答えなかった。
 セレーナもどうするべきか考えてみる。

 もしあの子を連れて帰るとなれば、あの子は屋敷で暮らすとなる。
 そうなれば、あの子はどんな立場になるのだろう。
 子どもは使用人にはいないし、自分たちとは血が繋がっていないし、貴族でもない。
 帰る家ができて、食べるものがあるのはあの子にとっていい事だけど、あの子にとって本当にいい事なのだろうか。

──貴族の責任と義務・・・

 セレーナはデジレ夫人の言葉を思い出した。

 民を助ける事は貴族としてするべきこと。
 けれど、あの子にたまたま出会っただけで、飢えている人は他にもいる事を知っている。
 おそらくそこに優劣なんてなくて、選別することもできない。
 一人を受け入れるとなれば、全員を受け入れなければ不公平な気もする。
 でも、そんな事は不可能。
 だからと言って、目の前で苦しんでいる人を見捨てるのは、セレーナだって心苦しい。
 果たして、一人だけに手を差し伸べる事は正しい選択なのか。
 
 ぐるぐるとセレーナは考える。

「ねぇ。一緒に住んでもいいでしょ? 」
「それはダメだと思う」

 公爵にせがむソルをセレーナが止めた。
 ソルは「なんで? 」と無垢な疑問をセレーナに返す。

「あの子と同じ子はまだまだいるのに、全員をそうやって家に招き入れるの?」

 セレーナは、ソルが安直に発言するのはよくないと思った。
 セレーナだって助けたいが、毎回そんな事をしていたらキリがない。

「うん!人がいっぱい増えて、お家が楽しくなるよ」

 ソルはそう言って笑う。
 セレーナの言いたいことは伝わっていない。

「そんな事したら、ソルは今までのように暮らせない。領地の人にだって迷惑がかかっちゃう」

 セレーナには分かっていることがソルに理解できないはずがないとセレーナは説明した。
 ソルとセレーナも同じことを習っているから分かっているはずだと。

「なんで? だって、人助けはいい事でしょ? 」

 けれど、サボっているソルには分からない。
 正直、セレーナは、自分から放棄しておいて、何も理解しないソルが嫌いだ。
 それに、考えようともしていない。
 だから、いつもソルに説明するのを諦めてしまう。

「ソル、セレーナの言っていることは正しいよ」

 考え込んでいた公爵が顔を上げて言った。
 そして、ソルのなんでなんでと攻撃する。
 それに、公爵は腹を立てることもなく、落ち着いた声で答える。

「それはデジレ夫人の授業で褒められるようになればきっと分かる。今は、分からないかもしれない。けどね、きっと理解できるようになるはずだから、分からない今は、お父様と話してから決めよう。どうだい? 」

 公爵が優しく言うと、ソルは頷く。

「さて、お父様も悩んでいたんだ。どうしたものかな。困ったものだね」
「お父様も分かってないじゃん」

 ソルが公爵に突っ込んだ。





 そうやってセレーナたちが話し込んでいると、治療師の男性が部屋から出てきた。

「一旦は終わったぞ。栄養状態は最悪だな。治療に疲れたのか坊やは寝ちまった」

──坊や?

「治癒魔法は、患者の体力も使うからな、ぐっすりだ」
「動けそうか? 」
「いや、無理だな。色々と弱ってやがる。当分はここで治療する方がいいだろうな」
「そうか」
「あの子、男の子だったの? 」

 セレーナの疑問をソルが言ってくれた。
 治療師の男は当たり前のように頷く。

「ああ。綺麗な顔をしているが間違いなく男だ」
「綺麗な顔? 」
「汚ないから拭いたんだよ。寝顔だが、見てみろよ」

 男性は「静かにな」とセレーナたちに注意しながらも、部屋をのぞかせてくれた。
 相変わらず髪はボサボサだが、顔が出るようにしてあって、人形のように綺麗な寝顔がそこにあった。
 ソルがそれに感嘆の声をあげたので、扉はすぐに閉められてしまったが、真っ白で透き通った肌に長いまつ毛、おでこから顎までの曲線全てが美しくて、セレーナはこの世のものとは思えなかった。

「しばらくは、ここで面倒見てやるよ。多少はマシな体になるまではな」
「すまない。頼んだ」
「たんまりとくれるならな」

 男性はニヤリと公爵に笑いかけた。
 それに公爵は呆れた顔をしながらも、男性の肩を叩いて頷いた。

 その日は結局、子ども──彼を連れて帰る事はなかった。
 公爵は「まだ時間があるからゆっくり考えよう」と言った。
 セレーナ達は複雑な心境のまま屋敷に戻ることとなった。





 全てを終わらせて屋敷に戻る頃には、セレーナがいつも寝る時間を過ぎていた。
 インペリウム伯爵は既にいなくて、公爵夫人と弟は夕食を食べ終わってそれぞれの部屋に引っ込んでいた。
 3人だけの穏やかな食事を終えたセレーナは、寝る支度を終えて寝転んでいたが、どうも目が冴えて寝れなかった。

──あの瞳

 いや、瞳というよりは、あの少年の表情がとても印象的だった。
 綺麗な顔立ちになんの感情も乗っていないかのようで。
 セレーナは、彼の事を考えると、様々な事が気になり眠る状態になかった。

 セレーナは、水入れの中に何もないのに気づき部屋を出た。
 まだ厨房には人がいるかもしれないからと、暗い廊下を進む。

「君は何がしたいんだ」

 公爵の声がした。
 それは、光が漏れる部屋から聞こえた。
 セレーナはそっとその部屋に近づく。

「怒鳴らないでよ。ソルが起きるわ」

 公爵夫人の声が聞こえ、セレーナは足を止めた。
 見つかったらまた叱られると思い、それ以上部屋には近づけなかった。

「君にはソルしか見えていないのか? 」
「あなたはなんでソルの価値が分からないの? あの子が私たちの未来を照らしてくれるはずよ」
「そんな事を言っているのではない。私は、ただ君に最低限の母としての姿勢は見せてくれと言っている。それがそんなに難しいことか? 」

 公爵夫人はそれに応えない。
 痺れを切らした公爵が、言葉を重ねた。

「今日でよく分かったよ。仕事の忙しさで何もできなかった私にも責任はある。だが、君に母の資格はない」
「ふふっ、まさか離婚でもするつもり? 」

 馬鹿にした声で公爵夫人が言った。

「我が家の力がなければ、公爵とは名ばかりの没落貴族のあなたが? 」
「っ・・・」
「なんの後ろ盾もなく、王宮に足を踏み入れることさえできない貴方が今この屋敷で当主としていられるのは誰のおかげ? いいわよ、離婚したって。ソルは連れて行くわ」
「ソルも私の娘だ。君には任せられない」
「あら、我が家の支援もなくどうするつもり? 父を敵に回せば、国中が貴方に背を向けるの。貴方は、子どもが大切だと言いながら、そんな生活を強いるつもり? 」

 セレーナは心が冷えていくように感じた。
 公爵は自分のために言ってるのだと知っている。
 知っているから、公爵夫人に罵られる姿が辛くて、セレーナの胸を苦しくさせる。

「貴方に選択肢なんてないの。悔しければ父を凌ぐ力を持つしかないわよ。貴方にそんな甲斐性があるかは知らないけど」
「・・・君には別邸に住んでもらう」
「あら、監禁でもするつもり? 」
「使用人も呼び戻す。いつの間にか伯爵家の都合のいいもの達ばかりだからな」
「今更? 」
「ああ、今更でも、私はできる限りのことをする」
「それは楽しみね」

 そこまで聞いてセレーナは、音を立てないように後ずさると、部屋に駆けた。

──お父様・・・

 嬉しくて、でも申し訳なくて。
 セレーナはやっぱり自分は太陽になれないんだと痛感した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

処理中です...