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2章 太陽になれない月
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しおりを挟むその後、公爵はセレーナとソルそれぞれにお説教をした。
セレーナの方は半分懇願されるようだったが、ソルは目一杯に怒られた。
勝手に家を出てきた事をはじめとして、行動の全てを一から十まで叱られていた。
ソルはどこまで理解しているか分からなかったが、セレーナの怪我が自分のせいに思えたのか、セレーナに泣きながら「ごめんなさい」を叫んだ。
それも近所迷惑だからと公爵によって強制的に終わらされたが、セレーナはソルの謝罪を受け取ることにした。
ソルに悪気がないのはセレーナが一番よく知っている。
「ねぇ、あの子、連れて帰ってあげるでしょ? 」
少しして落ち着いたソルは、目を真っ赤に腫らして公爵に尋ねた。
公爵はすぐに答えない。
「夜なのにひとりぼっちなんて可哀想だよ。お腹も空いてるんだよ? 」
ソルは畳み掛けて、公爵に返答を急かす。
けれど公爵は顎に手をやって考える仕草をするのみで答えなかった。
セレーナもどうするべきか考えてみる。
もしあの子を連れて帰るとなれば、あの子は屋敷で暮らすとなる。
そうなれば、あの子はどんな立場になるのだろう。
子どもは使用人にはいないし、自分たちとは血が繋がっていないし、貴族でもない。
帰る家ができて、食べるものがあるのはあの子にとっていい事だけど、あの子にとって本当にいい事なのだろうか。
──貴族の責任と義務・・・
セレーナはデジレ夫人の言葉を思い出した。
民を助ける事は貴族としてするべきこと。
けれど、あの子にたまたま出会っただけで、飢えている人は他にもいる事を知っている。
おそらくそこに優劣なんてなくて、選別することもできない。
一人を受け入れるとなれば、全員を受け入れなければ不公平な気もする。
でも、そんな事は不可能。
だからと言って、目の前で苦しんでいる人を見捨てるのは、セレーナだって心苦しい。
果たして、一人だけに手を差し伸べる事は正しい選択なのか。
ぐるぐるとセレーナは考える。
「ねぇ。一緒に住んでもいいでしょ? 」
「それはダメだと思う」
公爵にせがむソルをセレーナが止めた。
ソルは「なんで? 」と無垢な疑問をセレーナに返す。
「あの子と同じ子はまだまだいるのに、全員をそうやって家に招き入れるの?」
セレーナは、ソルが安直に発言するのはよくないと思った。
セレーナだって助けたいが、毎回そんな事をしていたらキリがない。
「うん!人がいっぱい増えて、お家が楽しくなるよ」
ソルはそう言って笑う。
セレーナの言いたいことは伝わっていない。
「そんな事したら、ソルは今までのように暮らせない。領地の人にだって迷惑がかかっちゃう」
セレーナには分かっていることがソルに理解できないはずがないとセレーナは説明した。
ソルとセレーナも同じことを習っているから分かっているはずだと。
「なんで? だって、人助けはいい事でしょ? 」
けれど、サボっているソルには分からない。
正直、セレーナは、自分から放棄しておいて、何も理解しないソルが嫌いだ。
それに、考えようともしていない。
だから、いつもソルに説明するのを諦めてしまう。
「ソル、セレーナの言っていることは正しいよ」
考え込んでいた公爵が顔を上げて言った。
そして、ソルのなんでなんでと攻撃する。
それに、公爵は腹を立てることもなく、落ち着いた声で答える。
「それはデジレ夫人の授業で褒められるようになればきっと分かる。今は、分からないかもしれない。けどね、きっと理解できるようになるはずだから、分からない今は、お父様と話してから決めよう。どうだい? 」
公爵が優しく言うと、ソルは頷く。
「さて、お父様も悩んでいたんだ。どうしたものかな。困ったものだね」
「お父様も分かってないじゃん」
ソルが公爵に突っ込んだ。
*
そうやってセレーナたちが話し込んでいると、治療師の男性が部屋から出てきた。
「一旦は終わったぞ。栄養状態は最悪だな。治療に疲れたのか坊やは寝ちまった」
──坊や?
「治癒魔法は、患者の体力も使うからな、ぐっすりだ」
「動けそうか? 」
「いや、無理だな。色々と弱ってやがる。当分はここで治療する方がいいだろうな」
「そうか」
「あの子、男の子だったの? 」
セレーナの疑問をソルが言ってくれた。
治療師の男は当たり前のように頷く。
「ああ。綺麗な顔をしているが間違いなく男だ」
「綺麗な顔? 」
「汚ないから拭いたんだよ。寝顔だが、見てみろよ」
男性は「静かにな」とセレーナたちに注意しながらも、部屋をのぞかせてくれた。
相変わらず髪はボサボサだが、顔が出るようにしてあって、人形のように綺麗な寝顔がそこにあった。
ソルがそれに感嘆の声をあげたので、扉はすぐに閉められてしまったが、真っ白で透き通った肌に長いまつ毛、おでこから顎までの曲線全てが美しくて、セレーナはこの世のものとは思えなかった。
「しばらくは、ここで面倒見てやるよ。多少はマシな体になるまではな」
「すまない。頼んだ」
「たんまりとくれるならな」
男性はニヤリと公爵に笑いかけた。
それに公爵は呆れた顔をしながらも、男性の肩を叩いて頷いた。
その日は結局、子ども──彼を連れて帰る事はなかった。
公爵は「まだ時間があるからゆっくり考えよう」と言った。
セレーナ達は複雑な心境のまま屋敷に戻ることとなった。
*
全てを終わらせて屋敷に戻る頃には、セレーナがいつも寝る時間を過ぎていた。
インペリウム伯爵は既にいなくて、公爵夫人と弟は夕食を食べ終わってそれぞれの部屋に引っ込んでいた。
3人だけの穏やかな食事を終えたセレーナは、寝る支度を終えて寝転んでいたが、どうも目が冴えて寝れなかった。
──あの瞳
いや、瞳というよりは、あの少年の表情がとても印象的だった。
綺麗な顔立ちになんの感情も乗っていないかのようで。
セレーナは、彼の事を考えると、様々な事が気になり眠る状態になかった。
セレーナは、水入れの中に何もないのに気づき部屋を出た。
まだ厨房には人がいるかもしれないからと、暗い廊下を進む。
「君は何がしたいんだ」
公爵の声がした。
それは、光が漏れる部屋から聞こえた。
セレーナはそっとその部屋に近づく。
「怒鳴らないでよ。ソルが起きるわ」
公爵夫人の声が聞こえ、セレーナは足を止めた。
見つかったらまた叱られると思い、それ以上部屋には近づけなかった。
「君にはソルしか見えていないのか? 」
「あなたはなんでソルの価値が分からないの? あの子が私たちの未来を照らしてくれるはずよ」
「そんな事を言っているのではない。私は、ただ君に最低限の母としての姿勢は見せてくれと言っている。それがそんなに難しいことか? 」
公爵夫人はそれに応えない。
痺れを切らした公爵が、言葉を重ねた。
「今日でよく分かったよ。仕事の忙しさで何もできなかった私にも責任はある。だが、君に母の資格はない」
「ふふっ、まさか離婚でもするつもり? 」
馬鹿にした声で公爵夫人が言った。
「我が家の力がなければ、公爵とは名ばかりの没落貴族のあなたが? 」
「っ・・・」
「なんの後ろ盾もなく、王宮に足を踏み入れることさえできない貴方が今この屋敷で当主としていられるのは誰のおかげ? いいわよ、離婚したって。ソルは連れて行くわ」
「ソルも私の娘だ。君には任せられない」
「あら、我が家の支援もなくどうするつもり? 父を敵に回せば、国中が貴方に背を向けるの。貴方は、子どもが大切だと言いながら、そんな生活を強いるつもり? 」
セレーナは心が冷えていくように感じた。
公爵は自分のために言ってるのだと知っている。
知っているから、公爵夫人に罵られる姿が辛くて、セレーナの胸を苦しくさせる。
「貴方に選択肢なんてないの。悔しければ父を凌ぐ力を持つしかないわよ。貴方にそんな甲斐性があるかは知らないけど」
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「あら、監禁でもするつもり? 」
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「今更? 」
「ああ、今更でも、私はできる限りのことをする」
「それは楽しみね」
そこまで聞いてセレーナは、音を立てないように後ずさると、部屋に駆けた。
──お父様・・・
嬉しくて、でも申し訳なくて。
セレーナはやっぱり自分は太陽になれないんだと痛感した。
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