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2章 太陽になれない月
2−2
しおりを挟むソルの提案に、公爵はいいとも悪いとも言わず、「まずは治療が必要だ」と言って、知り合いの治療師の元に連れて行った。
あの子も特に反応を示さず、大人しく護衛に抱き抱えられていた。
どうやら人に触れられる事には抵抗がないよう。
「遅い時間にすまないね」
「お前の頼みなら断れないさ。さ、中に」
快くセレーナたちを迎えた治療師の男性。
公爵の知り合いというには簡素な作りの家にいて、本人も広場で見た人たちと変わらない姿。
セレーナは公爵と男性の繋がりが気になったが、子どもの治療が先。
男性は、護衛から子どもを引き取り椅子に座らせると、その顔を見て目を見張る。
「おい、この子・・・」
公爵はその反応の意味を分かっているようで静かに頷く。
「君にしか頼めなくてな」
「そうか」
男性は神妙な顔つきで、怪我の具合を確かめ始める。
「どうしたんだろうね」
ソルが聞いてきたが、セレーナだって分からない。
ゆるく首を横に振った。
「どうだ? 」
「こりゃ、古い傷も多いな。何年前のだよ」
セレーナはこの子はいつから一人なんだろうと考えた。
あんな姿になるまで、どんな生活をしていたのか。
いくら考えても分からない。
子どもは自分のことだというのに特に表情を変えないため、その感情は全く読めない。
手を出したことは迷惑だったのかもしれない。
セレーナは自分の行動は本当に正しかったのか分からなくなった。
そう考えている内に、治療の準備ができていた。
「すまないがここで待っていてくれ。治療室は色々とものが多いし、これだけの人数は入らない」
「分かった。頼んだ」
公爵の返事を聞いた男性は、子どもを連れて行こうとしたが、子どもは椅子に座ったまま動かない。
男性が抱き上げようと手を伸ばしたが、子どもはそれに構わずセレーナに目を向けた。
セレーナはなぜか惹きつけられるその目を見つめ返した。
──なんだろう・・・
そう思うも、子どもと自分しかいないような不思議な感覚に陥る。
「おい、どうかしたのか? 」
「・・・」
「おい」
「背中」
子どもが頑なに開かなかった口で言葉を紡ぐ。
その目はセレーナを捉えて離さなかった。
「蹴った」
「なんだって? 」
「背中、蹴った。僕じゃない」
その言葉に反応したのは公爵だった。
「セレーナ、あの男に蹴られたのか! 」
自分が見たものが全てでないと知った公爵は、驚愕の表情をしてセレーナの肩を掴んだ。
セレーナも驚いてそれに返さなかった。
──なんで?
セレーナの中に疑問が湧く。
だって、今はこの子の治療の話なのに。
この子の方が痛々しい怪我をしているのに。
辛い経験をしたはずなのに。
分からなくて、セレーナはその子から目が離せない。
「セレーナ! 」
公爵に催促せれて、セレーナはやっと子どもから目を離した。
ハッとして、公爵になんと言えばいいのか考えを巡らせる。
あえて説明しなかった部分なので、セレーナには少し罪悪感があった。
「その、さっき蹴られそうになっていたので──」
「庇ったのか? 」
その言葉だと大袈裟に感じてセレーナは説明に戸惑う。
なんとなく、真っ直ぐに父の顔を見れなかった。
けれど、公爵はそれを肯定と受け取り、男性に声をかけた。
「この子も頼む」
そう言って、セレーナは丁重に男性に引き渡された。
そして、公爵は外していた剣を再び手にして踵を返す。
「私は少し外に──」
「お父様! 」
セレーナは、慌てて見たことのないこわい顔をした公爵を止めた。
あの店に戻ろうとしてるのはなんとなく分かった。
「私が勝手に飛び出しただけです。私に危害を加えようとしたわけではありません」
「だとしてもだ」
「行かないで下さい。お父様、ここにいて」
セレーナはゆっくりと告げた。
事を大きくしたくないのもあった。
けれど、優しい父は自分のために怒ってくれている。
それだけで十分だった。
公爵はとても困った顔をしていた。
しばらくして、公爵がセレーナに尋ねる。
「・・・本当にいいのか? 」
セレーナは静かに頷いた。
そして懇願するように公爵をじっと見る。
降参した公爵は、長い息を吐くと顔を上げる。
「分かった。分かったから、治療をしてきなさい。ここにいるから」
幼子を安心させるかのような公爵の声。
セレーナはそれに頷く。
「ねぇ、なんの話? 」
一人だけ会話について行けていないソルが声を上げた。
さっきまで空気を読んでひとまず成り行きを見守っていたようだが、我慢できなくなったらしい。
公爵はセレーナに早く行くようにと身振りで伝えると、ソルに説明を始めた。
セレーナが振り返ると子どもと目があった。
またセレーナを見ている。
やっぱりこの子の考えは読めない。
でも、悪い気はしなくて、黙ってその瞳を受け止めた。
*
セレーナは先に治療を受け終わると、公爵の元に戻った。
公爵から説明を受け終わっていたソルが駆け寄ってくる。
「セレーナ、大丈夫? もう痛くない? 」
心配そうに尋ねるソル。
公爵は一緒に出てきた男性から怪我の状況を聞いていた。
「内出血は酷かったが、骨に異常はなかった。軽い外傷ってところだが、痛い事には変わりなかっただろうな」
「・・・そうか」
「そうこわい顔をするな。もう治癒魔法を施して、なに一つ問題はない。俺が完璧に治したからよ」
男性のいう通り、じくじくと傷んでいた背中が嘘のように治っている。
インペリウム伯爵の時は治癒魔法でもそう簡単には治らなかった。
その事を思えば、確かに軽い怪我なのかもしれない。
男性に礼を言った公爵は、セレーナとソルの方に戻ってくる。
男性は子どもを治療する為に部屋に戻っていった。
治療中はカーテンをしていて子どもがどうしていたのか知らない。
セレーナはあの子の体からも痛みが消えますようにとそっと願い、扉を見つめた。
「セレーナ、お父様が言いたいことは分かるか? 」
公爵は険しい顔でセレーナを見下げた。
少し怖かったが、自分の過ちはよく分かっている。
「勝手に走り出して、迷惑をかけてごめんなさい」
セレーナは下を向いて謝った。
何もかも自分のせいな気がして、申し訳なさで消えそうだった。
「迷惑をかけたから怒ってるんじゃないよ。心配をさせたから怒っているんだ」
考えてみたが何が違うかセレーナには分からなかった。
公爵は膝をつきセレーナと同じ目線になると、セレーナの両手を優しく包む。
「何かあったら、悲しむお父様たちの事を考えなかったのかい? セレーナ、お父様は、父は何があってもセレーナを嫌うことはない」
はっきりとそして穏やかに紡がれる言葉は、セレーナの中に滑り込んでくる。
そして、それはセレーナが痛みを感じていた胸の傷を塞ごうと溶け込んでいくようだった。
「セレーナが無事であることを願っている。だから、忘れたりなんてしないし、必ず見つけ出す。だから、父が愛していることを、それを絶対に忘れないでくれ」
懇願するかのような公爵の声に、セレーナの胸が痛む。
「たとえ、どんなに頼りない父だろうと・・・」
そう言った公爵の表情はあまりにも寂しそうで、セレーナはその意味を理解する前に頷いてしまった。
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