太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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2章 太陽になれない月

2−9

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 その夜、セレーナは物音が聞こえて目が覚めた。
 ソルとウーノの寝息が聞こえる。
 周囲を見渡すと、クローゼットの近くに人影があった。

「・・・何をしてるの? 」

 二人が起きないようにセレーナが小さな声を出せば、エレンが体をびくりとして振り返った。
 彼の手からは、セレーナの宝石がぼとりと落ちた。
 ソルとお揃いで作られたものの一つだった。
 セレーナはすぐに状況を理解した。

「宝石はやめたほうがいいと思う」

 蒼顔で固まっているエレンにセレーナは言った。
 そして、そろりとベッドを降りて、彼に近づく。
 彼は背をクローゼットに引っ付けて怯えたような顔をしていた。

「前に、ソルが勝手にお母様の宝石を侍女にあげて問題になったの。平民が高価な物を売るなんてまずないから、怪しまれるし、よくない人たちにも狙われるらしいよ」

 セレーナは昔のソルの親切心が仇になった出来事を思い出す。
 あの時はお金に困っていた侍女にソルが公爵夫人の一番高価な宝石をあげてしまい、それが市場に出た途端、かなりの騒ぎになった。

「意外と、布の方が売れると思う。普段着用のものならどう? 少しは需要ありそうだけど。金貨もあの棚の上にあるから」

 セレーナは自分の持っている物をエレンに渡し、金貨の場所を示した。
 エレンはまさかのセレーナの行動に顔がポカンとしていた。

「盗んでた・・・」

 エレンが言葉を溢す。

「これを、盗んでた」

 今度は確認する様にエレンは言った。

「うん、知ってる。だから、後で困らない様に教えてるの」
「なんで・・・」
「だって、ここで働きたくないのでしょ? いつからこうするつもりでいたかは知らないけど、無理強いはしたくないもの」

 公爵との会話の内容も知らないセレーナは、彼がどう言ってここに来たのかは知らない。
 けれど、自分が下手に関わってしまって、彼にとって不本意なことになってないか、それだけが心配だった。
 そして、実際エレンはこうやって盗もうとした。
 それが答えだとセレーナは思った。

「・・・」

 エレンは黙りこくってしまった。
 やっと会話できたと思ったが、彼にとっては気まずいものなのだろう。
 あれだけ考えても、自分のしたことが余計なお節介だったことは悔しいが、セレーナは彼がそれを選択したのなら、自分はそれを後押しするべきだと感じていた。

「別に責めるつもりなんてない。あなたはあなたなりに生きなきゃいけなのは分かってるもの」

 自分にできるせめてものことだと続けた。
 自己満足なのかもしれないが、それでもこれでエレンの将来があるならそれでいいと思った。

 エレンは動きを止めて俯いていた。

──さすがに誰も起きてない時間だよね

 セレーナはもう一度時間を確認する。

「出る時は色々と気をつける方がいいと思う。裏口の方が警備も巡回してないし、多少音を立てても怪しまれないから」

 そう言いながら、鼻の奥がつんとした。
 自分では彼を助けることはできない。
 公爵夫人や使用人達の言葉を思い出し、情けなくなった。
 自分勝手な理由で彼を引き取ろうと言った天罰が下った。
 そう思うと泣きそうで、そんなの彼に見せたくなかった。

「気をつけて。じゃあ、おやすみ」

 セレーナはそう言って布団に潜った。
 エレンが自分で選択することならそれでいい。
 セレーナはそう思いながら、にじむ目を閉じた。

 しばらくすると、ごそごそと動く音が聞こえた。

──いくのかな・・・

 もっとソルと一緒に彼に会いにいけばよかった。
 そんな無駄な後悔が涙で流れてきそうで、ぐっと唇を噛み締めた。
 セレーナはあの目が見れないのが寂しいと思った。

 だが、エレンは布団に潜り込んできた。
 セレーナは背後にある彼の気配に、驚く。
 何が彼を動かしたのかは分からないい。
 けれど、セレーナは少しだけ安心した。





 次の日、再びエレンを連れ回そうとしたソルだったが、家令が仕事があると流石に止めた。
 セレーナはそれもそうだと思い、ソルが落ち着く事を願い、ゆっくりと朝食をとった。
 エレンも今日から別で食事をとることになり、セレーナは自分が出る幕がなかったとホッと胸を撫で下ろす。
 家令も昨日の事を考えて色々と思うことがあったのだろうなとその表情から汲み取れた。

 そして課題をさっさと済ませたセレーナはいつものように書庫に向かう。
 書庫はセレーナの隠れ場所でもあるが、暇つぶしの場所でもある。
 適当に本を選んで窓際に運ぶと、ゆっくりと本を読み進める。

 そして読みながらエレンの事を考えた。
 この屋敷に住む気になってくれたのは嬉しいが、果たしてセレーナは彼と仲良くなれるだろうか。
 正直、セレーナにはその自信がない。
 むしろ嫌われていそうで、セレーナは落ち込んでいた。
 ソルが言い方がきついと言われたことも気になる。
 あの時の会話も、考えれば考えるほど無愛想に思えて、セレーナは項垂れる。

──考えて言ったつもりなのに・・・

 負担にならないようにと選んだ結果の言葉だった。
 やっぱり何か発言する時はもっと考えよう。
 セレーナは自分の未熟さを痛感していた。

キー

 しばらくすると、扉が開く音がした。
 セレーナが顔を上げると、そこにはエレンがいた。
 休憩時間なのだろうかとセレーナは首を傾げる。

「なんでここに」
「ここだって・・・聞いた」
「誰から? 」

 返答が返ってきたことに驚きながらも、セレーナは質問を返す。
 けれど、彼はそれには答えない。 
 それよりも、彼はセレーナと目が合うとびくりと体を震わせた。
 かなりの嫌われ様だなと思ったセレーナは、遠慮してすぐに本に目を戻した。
 そのほうがいいのだろう。

「セレーナ」

 一回だけ聞いた珍しい響きの自分の名を耳にし、セレーナは顔を上げた。
 エレンはまたしても目を隠す様な仕草を見せた。
 前、彼が瞳に関して取り乱した事を思い出す。

「ここでは誰もあなたを悪魔だなんて言わない」

 セレーナは隠す必要はないと伝えるつもりで言った。
 昨日の様子から、この屋敷にはエレンを哀れんでいるものばかり。
 誰も彼を阻害したりしない。

「・・・綺麗って」

 エレンが少しだけ顔を上げた。

「綺麗って・・・言う? 」

 恐る恐るエレンが聞いてきた。
 あの時のソルの言葉を思い出す。

──そんな事も言ってたか・・・

「別に、目は目であることに変わりはないもの」

 エレンは目を隠す手を外して、その言葉に驚いた顔をした。

 でも、セレーナはそう思う。
 確かに赤は珍しい色だが、その色がどうのこうのよりも、目が目以外の存在になることはない。
 それに綺麗かどうかはその人の基準による。
 セレーナはエレンの目が好きだが、綺麗だからかと言われたらよく分からない。
 燃える様なその赤はいいと思う。

「怖く、ない? 」
「自分にもある物を怖がる必要なんてない」
「・・・そっか」

 エレンは少し嬉しそうだった。
 けれど、初めて見る彼の笑みにセレーナは固まった。
 美しい彼の顔が、花が咲くようにほころんで、頬に淡い色がつく。
 思わず彼に目を奪われたセレーナ。
 けれど、それよりもセレーナは、なぜエレンがそんな反応するのか理解できなかった。

「セレーナ、僕が・・・好き? 」

 エレンは自信がなさそうに聞いてくる。
 いきなり表情豊かになったエレンに戸惑いながらも、セレーナは答えに迷った。

「別に・・・」

 セレーナは整理しきれない頭を動かして話す。

「嫌いかどうかって判断できるだけ、知り合ってないから、・・・まだ分からない」

 セレーナは言葉を選ぶが、ここで愛想よく嘘をつけるタイプではない。
 セレーナが思いつく最善の答えがこれだった。
 だって、助けたかったのは本当で、彼が出ていくと思ったら寂しく感じたのも本当。
 けれど、それが彼が好きだからかと聞かれればよく分からない。

「でも、嫌い、じゃない?」

 エレンはもう一度、確認してくる。
 セレーナはこんなに話す子だったのかと驚く。
 つい昨日まで無感情で黙っていた姿が嘘のようだった。

「・・・好きじゃないけど、嫌いでもない」

 セレーナは慎重に、正直に答えた。
 すると、パッとエレンは顔を明るくした。
 さっきの微笑みとはまた違った彼の表情にセレーナはまた見惚れた。

──こんな顔もするんだ・・・

 漆黒の夜のようだと思っていたのに、彼からは眩い星が煌めいていていた。
 彼を形どる全てのパーツが光り輝くようで、セレーナは目が離せない。

──どこか無表情なのよ

 子どもらしく笑う姿と、治療院でのおとなしい姿が重ならない。

「あのね・・・」

 エレンが一歩踏み出し、セレーナに近づく。

「僕を、助けてありがとう」

 エレンが言った。
 今までの警戒していた顔が嘘の様に、柔らかい表情をしていた。

「ずっと、一杯、ありがとう」

 エレンはにこやかに言う。
 少し言葉が変だ。
 もっと言葉を知る必要があるのかもとセレーナは思う。
 だが、懸命に伝えようとしてくるエレンに胸が熱くなった。
 ソルだって、素直に色々と言ってくれているが、それを本当に理解しているわけではない。
 エレンの全てを理解しているかの様な言葉にセレーナは嬉しくなる。

「お月様みたい」

 エレンが嬉しそうに、宝物をみつけたかのように言った。
 セレーナの中に、名前の知らない感情が湧き起こる。
 太陽ではないのに、太陽になれないのに。
 
──好きかもしれない・・・

 なんとなくセレーナは思った。
 エレンは嫌いじゃなくて好きかもしれない。
 セレーナをそんな気分にさせる。
 十分すぎる言葉だった。
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