太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

文字の大きさ
21 / 36
2章 太陽になれない月

幕間ーエレン②

しおりを挟む

 それから毎日やってくる太陽の少女。
 そこに月──セレーナの姿はなかった。

 太陽の少女はやってくると、一方的に話しかけてきて、何度も返事をねだる。
 エレンはあまり答える気がしなくて黙っていたが、あまりにしつこいので、何度かは答えた。
 けれど、彼女の口はエレンが言葉を発するたびに加速する。
 その姿は珍しいおもちゃを見つけて楽しんでいるかのようだった。
 エレンは今ままでとは違うその態度になんとなく居心地の悪さを感じた。

 しばらくして見覚えのある男がやってきた。

「やぁ、覚えているかい? 」

 穏やかなの口調の男は、テッサロニキ公爵と名乗り、セレーナの父親だと言った。
 彼自体には何も感じなかったが、どことなくセレーナの面影があった。
 彼はエレンについて色々と話していたが、どうでも良かった。

「セレーナ・・・」

 思わず呟いてしまったエレン。
 それにテッサロニキ公爵は目を細めた。

「セレーナが気になるのかい? 」

 そう問われてエレンはゆっくりと頷く。
 そう、自分は彼女が気になっている。

「彼女は一度しか来てないと聞いたが」

 エレンは再び頷き肯定した。
 だから余計に気になる。
 表情が乏しい彼女からエレンは何かを感じた。
 いつも一歩引いているのに、どことなく見守ってくれている。
 何より、あの飛び込んできた瞬間がエレンには忘れられない。

「まだ・・・ありがとう、言ってない」

 エレンがそう言えば、テッサロニキ公爵は目を丸め、そして笑った。
 それを見て、笑った彼女はこんな顔をするのだろうかと想像する。

「ソルは毎日訪れているようだが、仲良くなったかい? 」
「・・・」

 そういえばあの太陽の少女はそんな名前だったなとエレンは思い出すも、返事はしなかった。
 仲良くするという意味は全く分からない。
 セレーナにまた会えるのだろうか。
 そんなことが気になってしまった。

 ぼんやりと日がかげり始めた窓の方へ目を向けるエレン。
 そのエレンをしばらく見つめていたテッサロニキ公爵は再び口を開いた。

「うん。やっぱり君を引き取ろう」
「? 」

 なんの話かとエレンが首を傾げれば、彼は言葉を続ける。

「セレーナはね、とても大人しい子でね。そうさせてしまっているのは私なんだが・・・、賢く、いい子なんだ」

 彼はエレンを見ているようで見ていない。
 それはどこか独り言のようにも聞こえた。

「屋敷ではね、ほとんど部屋にこもりっきりだ。授業や食事の時には出てくるけどね。必要最低限しか部屋を出ないんだ。だから、セレーナを探す時は、まず彼女の部屋に行くことをお勧めするよ。そこに姿がなかったら、きっと書庫だ」

 一度目を閉じたテッサロニキ公爵は、今度こそエレンを見つめた。

「覚えておくといい」

 口調は柔らかいが、どこか命令されたように感じたエレン。
 けれど、嫌だとは思わなかった。


 そして、エレンが拒否しなかった為に使用人として公爵家に引き取られた。
 貴族やら公爵やらエレンにはあまり理解できなかったが、セレーナ達が自分とは別の世界の人間だというのはわかった。

 そしてエレンは、つい、セレーナを目で追ってしまう。
 太陽の少女の振り回されている間もずっと彼女を探していた。
 けれど、目を合わせることはできなかった。
 おかしい自分を見られたくなくて、目が合うとすぐに逸らしてしまう。
 でも、すぐに彼女を探してしまう。

 食事の時、一回だけセレーナは笑った。

「ソルは最近、食べ方が綺麗になったよね」

 セレーナが言うと、太陽の少女がお手本の様にエレンに食べ方を見せてきた。
 その一瞬、月の少女が初めて微笑んだ。
 エレンはそれを見た時、胸の高鳴りが止まらなくなる。

──もう一回・・・

 そう思って月の少女を凝視するが、彼女はそれ以上笑ってくれなかった。
 あの優しい微笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。

 けれど、彼女は自分と住む世界が違う。
 暗闇ばかりの自分を彼女は嫌うかもしれない。
 同じになれない。
 エレンは息苦しさを感じた。

「・・・」

 そして、エレンは再び来た夜にどうしようもない気持ちになった。
 知らない子がさらに増え、セレーナと他の2人は寝息を立てている。

──お月様に嫌われたら・・・

 そんな思いがエレンを襲う。
 この場所は太陽の下のようで、エレンには辛い。
 それにお月様にも嫌われたら、エレンは暗闇に戻ることさえできない。
 まだ引き返せる。
 エレンはそう思った。
 彼女の笑みを思い浮かべるだけで幸せになれる今の内に。

──とにかく逃げなきゃ・・・

 そう思ってエレンは立ち上がった。
 布団から抜け出し、そのまま出ようとした。

──・・・少しだけならいいよね)

 エレンは思った。
 これだけ太陽の下で幸せに暮らしている。
 そんな人たちから何かもらっても大丈夫だ、と。
 エレンはクローゼットを開けた。
 お金になりそうなものをとっていく。
 だが、初めて、自分のすることに罪悪感を覚えた。

──これを盗んだら・・・お月様は悲しむかな・・・

 今まで生きるためにしてきた。
 だから罪悪感なんて湧かなかったはずなのに。

「・・・何をしているの?」

 少し戸惑っていると声が聞こえた。
 透き通ったその声にエレンは驚きながらも青ざめる。
 青いセレーナの目が自分に突き刺さる様だった。

 だが、セレーナは何も言わなかった。
 むしろ、エレンを手助けする。

「だって、ここで働きたくないんでしょ?」

 セレーナにそう言われてエレンは分からなくなった。
 この場所はエレンには眩しすぎる。
 眩しすぎるが、セレーナがいるなら、彼女が嫌わないのなら、と思った。
 平然として布団に潜り込んだセレーナを見ながら、エレンはセレーナを知りたいと思った。

──拾ってもらわなきゃ・・・僕は、この人に会えない・・・

 そう考えると、悪くないと思った。
 嫌われるまで、できる限り彼女のそばにいたかった。

 ここにいる他の人は「ソルお嬢様に見つけてもらって良かったわね」とエレンに言ってきた。
 太陽の少女に振り回された先々で、似たような言葉を言われた。
 それがエレンには理解できない。
 なぜ彼らはセレーナではなく、太陽の少女の事ばかりなのか。
 全く分からない。

 だって、エレンにはセレーナの事で頭がいっぱいになるから。

 エレンは自分だけのお月様を見つけた気がした。
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

忖度令嬢、忖度やめて最強になる

ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。 5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。 週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。 そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り―― 忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。 そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。 中世風異世界でのお話です。 2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...