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2章 太陽になれない月
幕間ーエレン②
しおりを挟むそれから毎日やってくる太陽の少女。
そこに月──セレーナの姿はなかった。
太陽の少女はやってくると、一方的に話しかけてきて、何度も返事をねだる。
エレンはあまり答える気がしなくて黙っていたが、あまりにしつこいので、何度かは答えた。
けれど、彼女の口はエレンが言葉を発するたびに加速する。
その姿は珍しいおもちゃを見つけて楽しんでいるかのようだった。
エレンは今ままでとは違うその態度になんとなく居心地の悪さを感じた。
しばらくして見覚えのある男がやってきた。
「やぁ、覚えているかい? 」
穏やかなの口調の男は、テッサロニキ公爵と名乗り、セレーナの父親だと言った。
彼自体には何も感じなかったが、どことなくセレーナの面影があった。
彼はエレンについて色々と話していたが、どうでも良かった。
「セレーナ・・・」
思わず呟いてしまったエレン。
それにテッサロニキ公爵は目を細めた。
「セレーナが気になるのかい? 」
そう問われてエレンはゆっくりと頷く。
そう、自分は彼女が気になっている。
「彼女は一度しか来てないと聞いたが」
エレンは再び頷き肯定した。
だから余計に気になる。
表情が乏しい彼女からエレンは何かを感じた。
いつも一歩引いているのに、どことなく見守ってくれている。
何より、あの飛び込んできた瞬間がエレンには忘れられない。
「まだ・・・ありがとう、言ってない」
エレンがそう言えば、テッサロニキ公爵は目を丸め、そして笑った。
それを見て、笑った彼女はこんな顔をするのだろうかと想像する。
「ソルは毎日訪れているようだが、仲良くなったかい? 」
「・・・」
そういえばあの太陽の少女はそんな名前だったなとエレンは思い出すも、返事はしなかった。
仲良くするという意味は全く分からない。
セレーナにまた会えるのだろうか。
そんなことが気になってしまった。
ぼんやりと日がかげり始めた窓の方へ目を向けるエレン。
そのエレンをしばらく見つめていたテッサロニキ公爵は再び口を開いた。
「うん。やっぱり君を引き取ろう」
「? 」
なんの話かとエレンが首を傾げれば、彼は言葉を続ける。
「セレーナはね、とても大人しい子でね。そうさせてしまっているのは私なんだが・・・、賢く、いい子なんだ」
彼はエレンを見ているようで見ていない。
それはどこか独り言のようにも聞こえた。
「屋敷ではね、ほとんど部屋にこもりっきりだ。授業や食事の時には出てくるけどね。必要最低限しか部屋を出ないんだ。だから、セレーナを探す時は、まず彼女の部屋に行くことをお勧めするよ。そこに姿がなかったら、きっと書庫だ」
一度目を閉じたテッサロニキ公爵は、今度こそエレンを見つめた。
「覚えておくといい」
口調は柔らかいが、どこか命令されたように感じたエレン。
けれど、嫌だとは思わなかった。
そして、エレンが拒否しなかった為に使用人として公爵家に引き取られた。
貴族やら公爵やらエレンにはあまり理解できなかったが、セレーナ達が自分とは別の世界の人間だというのはわかった。
そしてエレンは、つい、セレーナを目で追ってしまう。
太陽の少女の振り回されている間もずっと彼女を探していた。
けれど、目を合わせることはできなかった。
おかしい自分を見られたくなくて、目が合うとすぐに逸らしてしまう。
でも、すぐに彼女を探してしまう。
食事の時、一回だけセレーナは笑った。
「ソルは最近、食べ方が綺麗になったよね」
セレーナが言うと、太陽の少女がお手本の様にエレンに食べ方を見せてきた。
その一瞬、月の少女が初めて微笑んだ。
エレンはそれを見た時、胸の高鳴りが止まらなくなる。
──もう一回・・・
そう思って月の少女を凝視するが、彼女はそれ以上笑ってくれなかった。
あの優しい微笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。
けれど、彼女は自分と住む世界が違う。
暗闇ばかりの自分を彼女は嫌うかもしれない。
同じになれない。
エレンは息苦しさを感じた。
「・・・」
そして、エレンは再び来た夜にどうしようもない気持ちになった。
知らない子がさらに増え、セレーナと他の2人は寝息を立てている。
──お月様に嫌われたら・・・
そんな思いがエレンを襲う。
この場所は太陽の下のようで、エレンには辛い。
それにお月様にも嫌われたら、エレンは暗闇に戻ることさえできない。
まだ引き返せる。
エレンはそう思った。
彼女の笑みを思い浮かべるだけで幸せになれる今の内に。
──とにかく逃げなきゃ・・・
そう思ってエレンは立ち上がった。
布団から抜け出し、そのまま出ようとした。
──・・・少しだけならいいよね)
エレンは思った。
これだけ太陽の下で幸せに暮らしている。
そんな人たちから何かもらっても大丈夫だ、と。
エレンはクローゼットを開けた。
お金になりそうなものをとっていく。
だが、初めて、自分のすることに罪悪感を覚えた。
──これを盗んだら・・・お月様は悲しむかな・・・
今まで生きるためにしてきた。
だから罪悪感なんて湧かなかったはずなのに。
「・・・何をしているの?」
少し戸惑っていると声が聞こえた。
透き通ったその声にエレンは驚きながらも青ざめる。
青いセレーナの目が自分に突き刺さる様だった。
だが、セレーナは何も言わなかった。
むしろ、エレンを手助けする。
「だって、ここで働きたくないんでしょ?」
セレーナにそう言われてエレンは分からなくなった。
この場所はエレンには眩しすぎる。
眩しすぎるが、セレーナがいるなら、彼女が嫌わないのなら、と思った。
平然として布団に潜り込んだセレーナを見ながら、エレンはセレーナを知りたいと思った。
──拾ってもらわなきゃ・・・僕は、この人に会えない・・・
そう考えると、悪くないと思った。
嫌われるまで、できる限り彼女のそばにいたかった。
ここにいる他の人は「ソルお嬢様に見つけてもらって良かったわね」とエレンに言ってきた。
太陽の少女に振り回された先々で、似たような言葉を言われた。
それがエレンには理解できない。
なぜ彼らはセレーナではなく、太陽の少女の事ばかりなのか。
全く分からない。
だって、エレンにはセレーナの事で頭がいっぱいになるから。
エレンは自分だけのお月様を見つけた気がした。
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