22 / 36
3章 暗闇と月
3−1
しおりを挟む「セレーナ」
エレンが書庫の本棚の間から顔を出す。
いつもの場所で床に座り込んで本を読んでいたセレーナはゆっくりと顔を上げた。
あの日から1週間も経っていないが、彼はあれからセレーナが書庫にいると必ず姿を現すようになった。
他の時に近寄りもしないのに、なぜか書庫に来るとやって来る。
しかも、いつもの無表情は見間違いかと思う程の愛らしい笑みを浮かべて。
「あ、セレーナ・・・様」
毎度のように彼は言い直す。
使用人教育がはじまったと言っても、たった数日。
そう簡単に身につくものでもない。
「無理に言わなくてもいいわ」
「でも、立場が違うって・・・」
「ここは二人だけだもの。誰も聞いていないわ」
「うん」
エレンはソルのように素直に頷いた。
けれどそれはソルと違って、自分の言ったことを理解してくれている。
そんな感じがする。
「みんなの前では気をつける」
やっぱり、全部言わなくても、セレーナの言葉から察している。
だからなのだろうか、セレーナはエレンと話すのはとても楽だった。
相変わらず、言葉にするまで時間のかかるセレーナだが、それに焦ることもない。
それは、エレンの作り出す空気感なのか、セレーナが彼に親しみを感じているからなのかは分からない。
けれど、セレーナはこの時間が嫌ではなかった。
「セレーナは、また本? 」
「そう、また読んでるの。その為の書庫だもの」
「楽しい? 」
「まぁ、それなりに、かしら? 面白いものもあれば、そうじゃないものもあるから」
エレンはセレーナの周りのものに興味を持って、様々な質問をする。
その姿はやっぱり、普段の彼とは違っていてセレーナはどちらの彼が本物なのか混乱していた。
セレーナの思惑通り、ソルが彼を連れ回したおかげで、彼の評判は悪くない。
公爵が、家令をはじめとして長い付き合いの者にも何か言っていたのかもしれないが、彼の容姿を毛嫌いする人はいない。
むしろ、彼の美しい容姿も静かな性格も好感的に受け取られていた。
けれど、彼は出会った時と一緒で、普段はあまり表情を動かさないし、口数も少ない。
「大人しい子なのね」と使用人達もいささか物足りなさを感じてる程。
あのソルと話す時はそれは崩さない。
ウーノが突っかかってもそうだ。
なのに、セレーナの前ではカチコチに固まっていた顔が溶けたのかと言うほど、とても豊かな表情をする。
セレーナを見つけた時の弾ける笑顔、質問する時の不思議そうな顔、話を聞く時の興味津々な顔、そして、別れる時の寂しそうな顔。
もっともっとある。
それらは、どれもセレーナの目にしっかりと焼きついていて、ふとした時それが思い浮かぶ。
それは、ソルと違う自分に悩んでいる暇もない程に。
けれど、セレーナはなぜエレンが自分にそれらの表情を見せるのか分からなかった。
見れて、セレーナは嬉しいのだが、彼はどういうつもりなのだろうか。
そう考えるも、エレンが安心したように自分の隣に座る姿を見ると、どうでも良くなってしまう。
「なんて書いてある? 」
エレンがセレーナに尋ねる。
その顔は、知りたくして仕方ないと言っていた。
セレーナはなんでこんな事を知りたがるのだろうと思いつつも答える。
「白魔女と黒魔女のお話よ。あなたが家に来た時にソルが読んでいたでしょ? 」
それで、思い出したようにセレーナも読んでいた。
だが、セレーナに尋ねられたエレンは、首をこてんと傾げた。
さっぱり記憶にないらしい。
──緊張していたのかしら・・・
あの日の事を思い出し、一人納得するセレーナ。
仕方ないとその物語をエレンに教えた。
白魔女と黒魔女のお話は、昔からある有名な童話。
よく公爵夫人がソルに読み聞かせていたのを憶えている。
白魔女は、心優しい魔女。
彼女の魔法は、なんでも生み出す魔法。
日照りが続きカラカラになった大地には、雨が降るように。
真っ暗で何も見えない夜には、作業ができる明かりを。
怪我をして泣く子を見つければ、よく効く薬を。
彼女はそれを人々の為に使い、人々は彼女に感謝した。
けれど、白魔女と同じ魔女でも、黒魔女は嫌われ者。
彼女の魔法は、なんでも消してしまう恐ろしい魔法。
折角育った作物も、彼女にかかれば一瞬で消える。
井戸の水も枯れさせるし、鶏舎も空っぽにできてしまうだろう。
その魔法に人々は常に怯えていた。
次第に、人々は黒魔女が自分たちの命を奪うのではないかと言い始めた。
それだけの事をする力が彼女にはあった。
その不安は次第に大きくなり、ついに人々は武器を手にした。
そうやって、人々は黒魔女の争いが始まった。
黒魔女は自分を襲う者に容赦しなかった。
白魔女はその争いを止める為に、黒魔女に魔法を使わないと約束してくれと頼んだ。
そして、人々が怯えなくてもいいようにずっと遠くの人のいない地で暮らしてくれと。
しかし、黒魔女はそれを拒否した。
自分がどこにいようとも、人々が自分を恐れる限り彼らは諦めない。
だったら、自分は害をなそうとする者がいる限り争うと言って一歩も譲らなかった。
消えゆく人々を哀れに思った白魔女は、黒魔女の魔法が効かない屈強な騎士を魔法で生み出した。
彼らは人々を黒魔女の魔法から守った。
そして白魔女は一人で黒魔女の元に向かった。
黒魔女の動きを止めると、白魔女は自身の全ての力を使って、大きな樹を作り出した。
白魔女が作ったその樹はみるみる大きくなり、対峙していた白魔女と黒魔女を包み込むと、眩い光を放ちながら地上に降り立った。
そして、白魔女の犠牲の元、黒魔女の消えた世界は平和になった。
二人を包んだ大樹は、今も年中枯れない樹として、白魔女の作った騎士に守られて白銀の葉を放ち続けている──
「変だ」
セレーナが教えた内容が気に食わなかったのか、エレンは眉間に皺を寄せた。
「それ、変だよ」
「昔から伝わる童話だし、残酷なところもあるわよね。私もこわいと思ったわ」
「違う。みんな変」
エレンはどこか拗ねたような言い方をした。
「黒魔女、何もしてない。こわくない」
確かに最初は黒魔女は何もしてない。
その力を持っていただけ。
けれど、その力を使って結局人々を苦しめてしまった。
それに──
「・・・何もしてないけど、いるだけでダメなこともあるの」
本の上に置いていたセレーナの手に力がこもった。
黒魔女は自分のように思える。
そこにいるだけで、公爵夫人やインペリウム伯爵達を不愉快にさせる。
公爵だって、セレーナがいなければ公爵夫人にあんな言い方をされなくても済んだ。
「そうだ。本当かどうかは分からないけど、この樹は今のキル教皇領にあるって聞いたことがあるわ」
「キル? 」
「キル教のことよ」
話題を逸らしたセレーナは、エレンにキル教の話をした。
そして、他にも色んな話があって、セレーナが好きな物語の話もした。
惨めな自分をエレンに知られたくなくて、誤魔化した。
横でキラキラと輝く赤い瞳を見つめて、セレーナは気分を取り戻した。
「いいな。僕も読みたい」
本の話をしていると、エレンが呟いた。
彼はセレーナの膝にある白魔女と黒魔女の本を指で突いていた。
「読んでいいよ」
セレーナがそう言って、本を渡そうとすると、エレンは勢いよく頭を横に振った。
「僕、文字、読めない・・・」
顔を曇らせて言うエレン。
世の中には教育を受けれない人もいる事を思い出したセレーナ。
エレンの環境では仕方ない事だと理解したセレーナは、迂闊な自分を悔いながらも、どうするべきか考えを巡らせた。
「なら、覚えればいいだけよ」
セレーナは持っていた本をエレンに見えやすいように持ち上げた。
エレンはそれを不思議そうに眺める。
「読めないなら、読めるように文字を覚えるの。本を読めば、おしゃべりも上手くなるわ」
前からエレンの話し方は少し変だと思っていたセレーナ。
言葉を覚えるのにも役立つし彼のためになるだろうと口にしたが、エレンは顔を真っ赤にして下を向く。
「だって・・・僕、話す人も、教えてくれる人もいなかった。だから・・・」
セレーナはまた言い方を間違えたと顔を顰めた。
エレンにこんな事を言わせるつもりはなかった。
けれど、ここで謝っても余計に彼を惨めにさせてしまうのは分かる。
彼は同情して欲しいわけではない。
「分かった。私が教えてあげる」
セレーナは、責任を持つべきだと、エレンにそう持ちかけた。
言い出した自分が最後までやり遂げなければ使命感も芽生えていた。
エレンは「いいの? 」と期待に満ちた目をこちらに向ける。
セレーナは余計に期待に応えなければと、ゆっくりと頷いた。
「本が楽しくなると思う」
そうなればいいのになとセレーナが思った。
ここで彼と本について語り合えたら、同じ話題をもてたら楽しい気がした。
「でも、これは秘密ね」
セレーナは自分の口の前に人差し指を置いた。
──私は月だから、黒魔女だから目立っちゃダメ
エレンに迷惑をかけたくなかった。
そして、不思議そうに首をかしげる彼を見て、明日が特別な日である事を思い出した。
1
あなたにおすすめの小説
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています
さら
恋愛
――契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています。
侯爵家から追放され、居場所をなくした令嬢エリナに突きつけられたのは「契約結婚」という逃げ場だった。
お相手は国境を守る無骨な英雄、公爵レオンハルト。
形式だけの結婚のはずが、彼は不器用なほど誠実で、どこまでもエリナを大切にしてくれる。
やがて二人は戦場へ赴き、国を揺るがす陰謀と政争に巻き込まれていく。
剣と血の中で、そして言葉の刃が飛び交う王宮で――
互いに背を預け合い、守り、支え、愛を育んでいく二人。
「俺はお前を愛している」
「私もです、閣下。死が二人を分かつその時まで」
契約から始まった関係は、やがて国を救う真実の愛へ。
――公爵に甘やかされすぎて、幸せすぎる新婚生活の物語。
剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う
石月 和花
恋愛
両親が亡くなって男爵家を叔父に乗っ取られた令嬢のアンナは、騎士だった父から受けた手解きのお陰で、剣を手に取り冒険者として日銭を稼ぎながら弟を育てていた。
そんなある日、ひょんな事から訳ありそうな冒険者ルーフェスと知り合ったのだった。
アンナは、いつも自分の事を助けてくれるルーフェスに、段々と心が惹かれていったが、彼女にはその想いを素直に認められなかった。
何故ならアンナの目標は、叔父に乗っ取られた男爵位を取り返して身分を回復し、弟に爵位を継がせる事だったから。この願いが叶うと、冒険者のルーフェスとは会えなくなるのだ。
貴族の身分を取り戻したい気持ちと、冒険者としてルーフェスの隣に居たい気持ちの間で悩み葛藤するそんな中で、アンナはルーフェスの重大な秘密を知ってしまうのであった……
##
ファンタジー小説大賞にエントリーしています。気に入って頂けましたら、応援よろしくお願いします!
##
この話は、別タイトルで小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる