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4章 模索する月
4−1
しおりを挟むそして、あれから四年が経った。
セレーナは14歳になり、社交界デビューもすでに果たしている。
デジレ夫人は宣言通り、この屋敷を去った。
彼女は魔石採掘の鉱山で有名な領地に引っ込み、老後をゆっくりと過ごすそう。
腰が弱くなっているので、今後は王都には来れないだろうと彼女は言っていた。
彼女は最後に、あの孤児院をセレーナに託した。
けれども、今のセレーナにできるのはデジレ夫人の模倣だけ。
今は彼女が作ったものを壊さぬように、院長に助けてもらいながらなんとか維持している状況。
そして、セレーナの家庭教師にはデジレ夫人の甥であるラミア卿がやってきた。
彼はなんでも知っていて、この世界の仕組みや貴族としての役割を詳しく教えてくれた。
セレーナは公爵の背中を追うように勉強に励んでいた。
「まさか、もうこの一冊を覚えたの? 」
書庫でセレーナはありえないと声を上げた。
エレンは、特に感情を見せる事なくこくりと頷いた。
相変わらず美しい彼の顔立ちはより磨きがかり、神秘的なものさえ感じる。
セレーナ達はラミア卿の授業終わりに復習しようと、いつも通り書庫に集まっていた。
セレーナは信じられなくて、もう一度エレンに尋ねる。
「だって、これ、ウーノも始めたばかりよ? 」
「一度読んだら忘れない」
当たり前だと言わんばかりのその表情にセレーナは口を出さずにはいられなかった。
「読んだら忘れないってレベルの量ではないわ。読み終わるのにどれだけかかると思っているのよ」
セレーナは、分厚い本を持ち上げてエレンに詰め寄った。
有名な哲学書は、書かれた時代独特の語り口で読み難く、その量も膨大。
その一冊の書に、一生をかけて研究するものがいるぐらいの代物。
それをたった三日で読み終わり暗記するなどありえないことだ。
「全部理解したわけじゃないよ」
あまりにセレーナが驚くので、エレンは訂正したが、ある程度の理解がなければ覚えられるものも覚えられない。
つまり、エレンはこのわざと小難しく書いてあるものも、簡単に解読してしまったという事。
「あなたの頭の中はどうなってるのよ・・・」
規格外にも程があると、セレーナはぼやいた。
このままでは2歳差などあっという間に埋められてしまう。
四年前、セレーナがエレンに文字を教えたのが遠い昔のように思えた。
セレーナが思っていた通り、エレンはかなり頭がよかった。
いや、それ以上で、記憶力はもちろん、判断力や洞察力にも優れていて、まさに一教えたら十覚えるタイプの人間。
文字はすぐに覚え、歴史書やいろんな分野の本を読み、スポンジのように全て吸収する。
だから、セレーナはエレンを自分の授業に同席させることにした。
この才能を無駄にするのは良くないと感じた。
そして、事情を聞いたラミア卿は快く引き受けてくれ、今は内緒でエレンがラミア卿の授業に参加している。
本当はコソコソとこうやって勉強させるよりかは、加護の時のようにソルに頼んでもらう事もできた。
けれど、あの10歳の誕生日から、セレーナとソルの関係はなんとも微妙なものになってしまった。
それも、公爵夫人はあの日からソルを離さなくなってしまい、触れ合う機会は皆無と言ってもいい。
未だに公爵夫人の部屋は別邸にあるが、ほとんど公爵が帰って来ないのを言いことに、1日の大半はソルに構いながら本邸で暮らしている。
家令もいつの間にからインペリウム伯爵側の人に代わっていて、公爵も身動きが取れないのか、全く帰って来れなくなっていた。
時々、物言いたげなソルの視線を感じることはあっても、挨拶以上の会話はほとんどなく、セレーナもどうするべきかずっと悩んでいた。
だから、セレーナがソルを通してどうにかする事など不可能。
ウーノの授業に入れるにしても、公爵夫人の癇に障りそうで、できなかった。
考え抜いた末、誰にもバレないようにラミア卿に協力してもらうことしかなかった。
ただ、基本的にはそれはセレーナのための授業の時間。
限られた時間の中、エレンと2人分のものをするのはかなり難しい、──はずだった。
エレンはセレーナの授業を横目で見ているだけなのに、メキメキと成長し、あっという間にセレーナを追い越しそうな勢いに迫っている。
「あなたのような生徒の方がラミヤ卿も鼻が高いでしょうね」
セレーナは分厚い哲学書を膝に置いて、項垂れた。
何度も復習しないと頭に入らないタイプのセレーナ。
マナーの授業のように繰り返しやって、自然にできるようになるまで時間がかかる。
きっと、執務官の部下をやっている優秀なラミア卿には物足りないだろうなとセレーナは思ってしまう。
「セレーナは、今のセレーナがいい」
エレンはそう言って、セレーナの頬に落ちている髪の毛を耳に掛け直してくれた。
頬を掠めるエレンの指にセレーナは思わず飛び跳ねそうになる。
けれどそれをグッと我慢し、横目でエレンを伺えば、「何? 」とエレンは首を傾げた。
──それはこっちのセリフなのに・・・
セレーナはそう思いながらも言い返すことができなくて目を背けた。
最近のエレンはなんだかさりげないスキンシップが多い気がする。
いや、それに嫌な感じはない。
別にベタベタ触ってくるわけでもない。
けれど、さっきのように髪を整えようとしたり親切心からくるちょっとした触れ合いが、セレーナをとてつもなく落ち着かない気分にさせる。
12歳になったエレンは、去年ぐらいからグングン背が伸び始め、今ではセレーナとそう変わらぬ大きさ。
こわいぐらいに細かった腕は健康的な太さになったものの、セレーナの腕にはない謎の筋が見え始めた。
何もかもエレンに抜かされそうに感じるが、それよりも、ふとした瞬間にエレンに見惚れてしまう時が増え、セレーナは自分の変化にも戸惑っていた。
「あ、そうだ。明日は夜にならないとここに来れないかも」
エレンは今思い出したと、申し訳なさそうにセレーナに言った。
「明日は、一日中剣の稽古をするって。王宮の騎士団の誰かがきて指南するとか聞いてる」
エレンは何気ないように言うが、きっと公爵夫人がソルの為に用意した先生なんだろうなとセレーナは察した。
騎士になるという夢をいまだに持っているらしいソル。
四年前から、公爵家の護衛の訓練に混じったりと、彼女なりに勤しんでいるよう。
そして、エレンはそれに無理やり付き合わされているのか、はたまた彼もそれを望んでいるのかは不明だが、毎日のように鍛錬に参加している。
噂に聞く限りでは、その腕も中々のものらしく、護衛の一人が「エレンの将来が楽しみだ」と言っていたのを聞いた事がある。
──エレンにはいろんな才能があるんだ・・・
自分で幸せを掴み取れるだけの才能がある。
そんな彼をずっとここに閉じ込めていいのだろうか。
最近セレーナはそんな事に悩まされていた。
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