太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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4章 模索する月

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「確かに、エレンくんはこのまま眠らせてしまうには惜しい素質を持っていますね」

 デジレ夫人に変わって授業を引き受けてくれているラミヤ卿は渋い顔をした。

 今日のラミア卿の授業はセレーナと彼の2人だけ。
 エレンは昨日言った通り、ソルと共に騎士団出身の者に剣の稽古をつけてもらっている。
 だから、セレーナは好機だとラミア卿にエレンの今後について尋ねていた。

「問題になるのは、身分ですか? それとも彼の容姿ですか? 」

 セレーナが問うと、ラミア卿は逞しい眉を情けなさそうにハの字に曲げた。

「容姿は・・・、そうですね、彼が優秀であれば優秀であるほど、僻みからそういった誹謗を受けることはあるかもしれませんが、決して彼の将来を妨げる要因とはなり得ないでしょう。しかし、身分は別です。彼の容姿は所詮神話でしかありませんが、身分は国の法でもありますから」

 彼はセレーナに誤魔化す事なく語る。
 セレーナは彼と初めて会った時とても驚いた。
 教師というものは、デジレ夫人やインペリウム伯爵のように厳しい側面を全面に押し出されたものだと思っていた。
 だから、彼のように柔和な笑みを浮かべ、穏やかな声の緊張感の薄い授業には衝撃を受けた。

「この国では、貴族は王に認められた存在。それは王の権威を守るための存在となります。その為、要職は貴族で固められるのは通例。それはセレーナ嬢も分かっておいでですね」
「ですが、法には平民がその職に就けないとはありません」
「もちろん、そのような決まりはありません。しかしながら、平民にはその為に必要な教育を受ける権利がないのです」

 そう言われ、セレーナは顔を青ざめた。
 もしかして自分はラミア卿にとんでもないことを要求していたのではないか。
 もし、裁かれる立場に立たせてしまっていれば──と、考えれば恐ろしい。

「セレーナ嬢、そう怯える必要はありません。言い方が悪かったですね」

 ラミア卿はそんなセレーナを宥めなががえあ、困ったように笑う。

「正確には、士官学校などのアカデミーに基本的に通えない事になっているだけです」

 ほっとしてセレーナは息を吐く。
 けれどもエレンの問題は残っている。

「勿論、騎士の中には平民もいますが、出世するには程遠い立場です。アカデミーを卒業している貴族の子息たちに立ち向かうには、腕っぷし以外にも必要なものがありますから」

 それが何かはセレーナにも分かっている。
 けれど、さまざまなものが備わっているエレンだからこそ、セレーナは彼にはより学べる場が必要だと思っていた。

「エレンがそのアカデミーに通う方法はありませんか」
「えぇ、常に例外というものは存在します」

 ラミヤ卿は、人の良さそうな顔にニヤリと悪い表情をのせる。
 けれど、それはあまり似合っていなかった。

「例えば、貴族が目をつけた子供の後援者となり、推薦するなんてのは一般的ですね。あとは、ハードルがかなり高くなりますが、特待生として認められるための受験枠もあります。平民がそれだけの教育を受けれるなんてまずあり得ません。それだけの教養を得るにも貴族の支援が必要ですからね」

 なるほどとセリーナは頷いた。
 それなら簡単だ。
 公爵家の力があればいくらでもいけるだろう。
 もし、インペリウム伯爵の圧力がかかっても、エレンの事になるとソルが助力してくれるはず。

──どうソルに話すかは別だけど・・・

 セレーナは顔を曇らせながら、ソルとの関係をどうするべきなのか頭を悩ませた。

「しかし、私が問題に思っているのはそこではなくてですね・・・」

 ラミア卿は顎に手を当てて、また眉をハの字にした。

「彼の加護がですね。あまりにも珍しくどう扱うべきなのか・・・」

 そう言われて、セレーナは首を傾げた。

 四年前の神殿の洗礼でエレンの加護は珍しい“ロカス”の神だと分かった。
 “ロカス“はこの世界と別の世界だ。
 その世界は暗黒が広がっている混沌とした場所。
 そこから魔力や魔石やら、様々なものが生まれるという話があり、その中には空に散らばる星        たちもロカスから生まれると聞く。

 セレーナはエレンの加護を知った時、エレンらしいなと思った。
 エレンはいつもセレーナを照らしてくれるような言葉ばかりをくれる。
 いや、それだけではない。
 エレンの仕草一つで落ちていきそうな気持ちが魔法にでもかかったのように一気に浮上してしまう。
 エレンはセレーナの知らなかった色んなものを生み出してくれる。
 セレーナの心を星ばかりで埋め尽くしてくれる彼には、ロカスの神はピッタリだ。
 セレーナは心からそう思った。
 
 けれど、珍しいとは言ってもロカスの神は、月の神よりも下の第13始原神で、始原神の中では最下位。
 なのでセレーナ同様、ソルの最高神と比べれば見劣りしてしまうが、始原神であることに代わりないので、決して悪いわけではない。

 特別いいというわけではないが、珍しくそれなりにいい加護。
 だからこそ、渋った言い方をするラミア卿がセレーナには理解できなかった。

「いえね。正直なところ、我が国にはロカスの神の加護の記録がなくてですね」

 ラミア卿を目を閉じながら、顎を当てている指でポリポリとかく。

「正直な所、私には剣に詳しくないですが、彼の成長速度は恐ろしいと耳にしました。セレーナ嬢だって、座学での彼の恐ろしい吸収力をご存知ですよね」
「はい」

 勿論だ。
 いつ抜かされるかと日々慄いている。

「あれは化け物になりますよ」

 ラミア卿は自分で言って、それに何度も頷いていた。

「だとすれば、その希少な加護を持つのも何かある気がしてならなくて。そう思うと、安易にアカデミーに入学させるよりか、魔法の機関の方へと思ってしまうわけです」

 彼もどうするべきか分からないとセレーナに両手を上げ、降参を告げる。
 彼は知識が豊富で、政の事などはお手のものだが、こういった相談は苦手としている。
 親身になって色々と考えてはくれるが、断定的な事は絶対に口にしない。

「彼は魔力を自分で扱うことはできませんわ」

 今の所そんな兆しはない──はず、とセレーナは思う。

「いやはや。才能がありすぎるのも困りものです。教師としてどう彼を導けばいいのか全く分かりません」

 ラミア卿は、セレーナに道標を教えてくれる教師ではない。
 常に相手の意見を聞き出し、自分の意見やその他の意見を引っ張り出して共に行くべき道の可能性を考えるタイプの教師だった。
 セレーナにとっては自分で考える時、新たな見方が増える為それがとてもありがたい。
 気づかぬうちに一方的な物の考え方をしていると気付かされることがある。

「これは、雇い主であるテッサロニキ公爵の方が適任ですね。経験も浅い私にはお手上げな案件です。セレーナ嬢は近々王宮にお越しになるとか。その際にお尋ねしてみればいかがでしょうか? 」

 ラミア卿からそう言われ、セレーナはゆっくり頷いた。

──そっか、王宮の日があった

 めっきり屋敷に帰って来れなくなった公爵の為に、12歳で社交デビューを済ませたセレーナは定期的に会いに行っている。
 父への差し入れを名目で、公爵が無理をしていないか様子伺いをしているのだが──

──殿下に会う日よね

 セレーナはそれを思い出し、少しだけため息を吐いた。
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