太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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4章 模索する月

4−3

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 数日後、セレーナは王宮に向かっていた。

──なんで殿下は私に会いたがるのかしら?

 セレーナはここ二年ほど続く意味の分からない交流をどう捉えるべきか悩んでいた。
 王宮へ足を踏み入れるような歳になったセレーナは、最初は本当にテッサロニキ公爵のためだけに出入りしていた。
 アーサーとの交流もあの日の謝罪の手紙が来たぐらいでこれといった事はなかった。

 けれど、王宮へ足を運ぶようになって半年続いた時、公爵が困ったようにセレーナをいつもとは違う部屋に連れて行った。
 公爵は珍しくセレーナにどうしたいかも聞かず、「殿下がお待ちだ」と言って背中を押した。
 その部屋で待っていたアーサーは相変わらずセレーナを見ただけで顔を真っ赤にして椅子から滑り落ちた。
 焦ってセレーナが声をかけると、アーサーは以前のように怒鳴る事なく、「き、気にするな」と赤くなった顔を逸らしながら一人で立ち上がった。
 アーサーは記憶の彼よりも背丈が高くなっていて、生意気さが際立っていた顔つきからは幼さが消え、意志の強そうなものへと変わっていた。

『そ、そなたとまた話たくて、公爵に頼んだんだ。その他者との交流も王になる身として必要だからなっ』

 アーサーは怒鳴りはしなくなったが、どことなく勢いに任せた言い方をした。
 そして、セレーナに王宮に上がった時には自分の元にも顔を出すように言った。
 言い方は頼んでいる程ではあったが、セレーナにとっては命令でしかない。

 2年前の時よりもアーサーとの会話はなんとか成立していたが、それでもどことなくぎこちなく、彼が王族ということもあってセレーナは彼に特段親しみを持てる要素もなかった。
 ただ、エレンの時には何も感じなかった沈黙の時間が、アーサーを相手にするとただただ気まずいもので、セレーナはいい話題はないかと頭を悩ませていた。

 セレーナは基本的に会話が下手だ。
 ソルはそのお茶会以降、貴族の友達は何人かできたみたいで、よく会ったりしているらしい。
 だが、セレーナは社交デビューをすでに果たして、何人かと付き合いはあるもののそこまで深い関係にはなっていないし、4年経った今でも考えれば考えるほど何を口にするべきか悩んでしまい、結局、聞き手に回ってしまうことが多い。
 セレーナの良き話し相手はエレンで、それもエレンがリードをしてくれるから成り立っているだけで、セレーナの会話のスキルは低いまま。
 授業ではそんなことないのにと思うものの、会話と授業では根本的に違うので、言い訳に過ぎない事もセレーナはよく分かっている。

『セレーナは優しい子だからな』

 父はよくそう言って、口下手なセレーナを励ますが、それはセレーナを余計に複雑な心境にさせた。

──そんなわけない

 自分が本当に優しいなら、もっと周りは違っただろうに、とセレーナは、王宮に向かう馬車の中で思った。

 優しい人間だったなら、ソルほどでなくとも、愛される存在になれたはずだと。
 そうではないから、セレーナは今のセレーナでしかない。
 そう考えると自然と視線は下へ向いてきて、にぎやかな街の景色が遠く感じられる。
 けれど、ふとエレンの姿が思い浮かんだ。

『僕はセレーナからたくさん貰ってるよ。だから、いつかちゃんとお返しするからね』

 セレーナの胸が煌めくような言葉ばかり口にするエレン。
 エレンが言うと少しだけ自信が持てる気がした。

──早く帰って、エレンに会いたいな

 セレーナはそう思いながら、王城に向かった。





「久しぶりだな」

 アーサーはいつも無理に胸を張った姿勢でセレーナを出迎える。
 久しぶりと言っても、前に会って1ヶ月も経っていない。
 セレーナより1つ年上のアーサーは15歳。
 彼もまた幼い頃から容姿が整っていたが、成長した彼はエレンとはまた違った美形で、凛々しさが全面に出ていて、普通にしていれば好青年なのだが、そう中身は変わることはなく、彼の考えていることがセレーナには掴めずにいた。
 セレーナは、いつも通り形式的な挨拶で返す。


「その、・・・息災だったか」

 これもいつもの流れだ。
 少し詰まり気味なのも通常。
 2年で少しだけ短くなったが、会話の気まずさの要因でもあった。

「さ、最近はどうだ。その、あれだ。何かあったか? 」

 漠然的な質問。
 これにも困らされる。

「日々、平穏に過ごしております」

 王族のお陰でと付け加えながら、無難にそう応えるセレーナ。
 しかし、アーサーはそれが気に食わないのか、眉間に皺を寄せ複雑な表情を見せた。
 そうなると、セレーナは何がいけないのか分からず、次の話題を提供しようにも手札がない。
 形式上の質問は余計にアーサーをしかめっ面にさせてしまうので、セレーナは口を閉ざすこととなる。

「その、今日は・・・外を歩かないか? 」

 いつも部屋で話すだけだったのに、アーサーから散歩をしようと提案された。

「あれだ。庭園が花盛りだそうだ」

 珍しいアーサーの誘い。
 王宮の庭は常に花が咲き誇るように設計されいるため花盛りなのは常なのだが、セレーナは特に断る理由もなかったので頷く。
 座っているだけよりはマシだろうと、少しだけ期待する。

「・・・早くしろ」

 すると、アーサーがそっぽをむいたままセレーナに腕を差し出した。
 まさか彼がエスコートするとは思っていなかったセレーナ。
 王太子直々のエスコートなど恐れ多いが、断るのも礼儀に反する。
 こんな時に上手くかわすジョークの一つも言えないセレーナは、真面目に手を彼の腕に添えるしかない。
 セレーナが触れると、布越しでも彼の体がびくりと固まったのが分かる。

──いやならわざわざエスコートしてくれなくたっていいのに

 ぎこちなく足を進めるアーサーの隣でセレーナは心の中だけで息を吐く。
 4年前のお茶会で彼に群がる人の数を見れば、彼の話し相手なんて山のようにいるはず。
 なのになんでわざわざ自分を選ぶのだと思いながら、気まずい雰囲気を和らげようとアーサーの提案に乗ったが、失敗だったなと、セレーナは早々に後悔した。
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