曰く、私は悪女らしいです

しーしび

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 レオノーラが低く呟くと同時に、ファンファーレが鳴り響き、王族の誰かの入場を告げた。
 会場にいるものは一斉に王族を迎え入れる為に、扉に頭を低くする姿勢をとった。
 レオノーラとシリウスもそれに倣う。

 扉は大きな音と共に開かれた。
 すると、会場内に困惑を含んだどよめきが広がる。
 レオノーラがそれにつられ顔を上げると、そこには目を奪われずにはいられない眉目秀麗な男性がおり、その横には──



「お姉様・・・」



 半年前に家を出た姉、ベアトリーチェの姿がそこにはあった。
 麗しい男性に手を取られ現れた彼女は、普段好まないはずの、いかにも高価そうなドレスを身に纏い、垂らしていただけの黒髪も手入れがされ綺麗に編み込まれている。
 それはレオノーラの知る姉の姿とかけ離れたものだった。

 周りで「王太子の隣にいるのは誰だ」とざわめきが起きた。
 そこで初めてレオノーラは、ベアトリーチェの手を引く男性が王太子である事を認識した。
 皆の戸惑いを感じているであろうベアトリーチェは、王太子に連れられ自信に満ちた表情で階段を降りる。
 それが余計にレオノーラの神経を逆撫でた。

 ──何するつもりなのよっ!

 レオノーラは再び怒りで肩を振るわす。
 ベアトリーチェの考えは分からない。
 ただ、自分にとってよくないことが起こるに違いない。
 レオノーラは本能的に感じ取った。

「ベアトリーチェ嬢、とても素敵な衣装ですわ」
「本当に、黒髪にとってもお似合いですもの」

 周囲は、困惑と共にやってきた2人を受け入れ、彼ら中心に進んでいく。
 縁もゆかりもなかったはずの高位貴族の令嬢達がベアトリーチェに話しかけていた。
 彼女達に褒められ、ベアトリーチェは満更でもなさそうに笑う。
 レオノーラにはそれがひどく歪んで見える。

「これは何なのよ」

 レオノーラはベアトリーチェを睨みながら呟いた。
 とてつもなくこの状況が腹立たしい。

「二人はどんな関係なんだ? 」
「一緒に入場されたと言うことは・・・」
「殿下は婚約者がまだいないし・・・」

 人々の憶測が飛び交う。

 ──お姉様が王太子殿下と恋仲?

 レオノーラは鼻で笑った。

「レオノーラ? 」

 シリウスがレオノーラを心配そうに覗き込む。
 レオノーラはそれに気づいていたが、込み上げる不快感で反応を返す余裕はなかった。

 1人、また1人とベアトリーチェたちに挨拶に向かう人々。
 ベアトリーチェを褒め称えたり、2人の関係を探ろうとしたり、貴族達は忙しそうだった。
 何よりも我先にと貴族達は王太子に挨拶に向かう。
 王太子は人々の流れに押されて、次第に、令嬢達と談笑しているベアトリーチェから離れていく。
 最初はその人の動きを見ているだけだったレオノーラだったが、ベアトリーチェが離れ、王太子が奥へ行き姿が見えなくなった瞬間。
 ついに痺れを切らしたように歩き出す。

「あっ、レオノーラッ! 」

 シリウスが慌ててレオノーラを呼び止めようとするも、彼女は止まらない。
 人混みをかき分けてズンズンと進んでいくレオノーラ。
 人々は鋭い目つきで歩くレオノーラに気付くと、なんだなんだと自然に避ける。
 けれども、レオノーラはそれに気にすることなく、ベアトリーチェだけを睨みながら進む。
 それにシリウスも慌てて続くが、誰も彼を目に留めることはない。

 レオノーラはベアトリーチェ達の近くに行くと、わざとらしくヒールを鳴らして立ち止まる。
 おしゃべりに気を取られていたはずのベアトリーチェは驚きを全面に出した表情で振り返った。



「レオノーラ・・・」



 弱々しくベアトリーチェから紡がれる声。
 その中に混ざっていたのは哀れみと──・・・

「あの方が、の? 」

 豊かな赤髪を背中に広げた女性が、ゆったりとした口調で言った。
 彼女の一言で周りの令嬢達が「あら」と声を上げてレオノーラに注目すると、ベアトリーチェにまで続く一本道ができああがる。
 障害が一つも無くなったその道をレオノーラは突き進み、ベアトリーチェの目の前に立った。

、お久しぶりです」

 目に力を込めながらレオノーラはベアトリーチェに挨拶をした。
 一瞬、ベアトリーチェは目元をぴくりと動かしたが、直ぐにその顔に困惑の表情を浮かべた。

「お話がしたいのだけど、お姉様よろしいかしら? 」
「・・・話があるならここでして」

 ベアトリーチェは先ほどより緊張した面持ちでレオノーラに答えた。

「皆様の前ですることではないわ」
「私は聞かれて困る話なんてないもの」

 毅然と話す彼女はいかにも自分は正しいと言わんばかり。
 レオノーラはどうするか悩んだが、頑なに動こうとしないベアトリーチェに負け、そのまま話すことにした。
 レオノーラにとっても変な噂を皆に向けて訂正しておくのも悪くない。
 気を取り直しレオノーラはベアトリーチェに問いかける。

「お姉様、これはどういうこと? 」

 レオノーラはわざとらしい言い方でベアトリーチェに詰め寄った。
 これでも感情を抑えている方だった。
 その時、焦ったシリウスがレオノーラにやっと追いついた。
 そして、目の前のベアトリーチェに気付き、体を固めた。

「べ・・・ベアトリー・・・」
「もう婚約者ではないのですから名前を呼ばないで下さい」
「・・・」

 ベアトリーチェを呼ぼうとしたシリウスだったが、彼女に遮られ口を固く閉ざす。
 そして、黙って、レオノーラを自身の方へ引き寄せる。
 背中に添えられた彼の手は震えていた。

「どういうことか説明して」

 レオノーラはベアトリーチェを睨みつけたままもう一度言った。
 まだ全てが憶測に過ぎない。
 はっきりと姉の口から説明してもらわねばとレオノーラは問いただす。

「なんで、あんな噂があるの」
「あんな噂って・・・」
「とぼけてるの? なんで私がっ、ラドア伯爵が実の娘を虐げているなんて話がっ・・・ 」

 感情的になったレオノーラは荒ぶる声を抑える事はできなかった。
 と同時にくらりと頭が回るような感覚に襲われる。

 ──あ、だめ・・・

 レオノーラは足元がふらつき倒れそうになるも、そばにいたシリウスがすかさず彼女を支えた。
 小柄なレオノーラは彼の中にすっぽりとおさまる。

「レオノーラ、大丈夫ですか? 」

 シリウスが心配そうにレオノーラの顔を覗き込む。

「大丈夫。ちょっとフラつただけ」
「ですが」
「大丈夫だから・・・」

 顔を青くさせたレオノーラのその姿はとても庇護欲がそそられる。
 近くにいた男性の中にはポッと頬を染める人もいた。

「やめてっ! 」

 すると今度はベアトリーチェが声を荒げた。

「レオノーラ、貴方いい加減にしてよっ! 」

 その目には涙を溜めてベアトリーチェは叫ぶ。
 レオノーラはまだグラグラと気持ち悪い頭を押さえながら彼女を見つめた。
 涙を堪えるようにも見えるベアトリーチェの顔は、レオノーラには歪んで見える。

「貴方はいつもそう。そうやって直ぐに体のせいにして・・・、お父様も使用人も、彼だって全部私から奪ってきたじゃないっ!王都に出てくる元気があるくせに・・・」

 ベアトリーチェの叫びに周りが反応した。

「やっぱりあの噂は本当だったのか」
「なんの話だ」
「ほら──」

 聴衆たちは様々な事を口にする。
 だが、ベアトリーチェの一言でレオノーラ達を見る目は明らかに変わった。
 そこでレオノーラは悟る。

 ──徹底的にやるつもりなのね

 恥も何もかも殴り捨てたやり方に呆れる。
 レオノーラを睨むベアトリーチェの目からはポロポロと涙が溢れ落ちた。
 それはどこか真実味があって、余計にレオノーラの立場を悪くした。
 だが、レオノーラはそれに全く心が動かされなかった。

 ──そう思っていたのね

 やっと納得したレオノーラはシリウスの胸を借りながらベアトリーチェに冷ややかな視線を送る。

「べ・・・、ラドア伯爵令嬢、貴方がいい加減にしてください」

 そこでシリウスがレオノーラを庇うように立つ。

「それが体調の悪い者にかける言葉ではありませんよ」
「シリウス様、貴方はやっぱりその子を庇うのね」
「病人の体を気遣うことは当たり前の事です」

 シリウスはベアトリーチェの前では長年の癖なのか事務的な口調に戻る。
 だが、言葉自体は丁寧な彼らしいもの。

「貴方はいつもそうよ。なぜ長年婚約者だった私ではなく、義妹を庇うの? 」
「婚約については心から申し訳なく思います。ですが今は、私の婚約者はレオノーラです」
「そんな話をしているわけじゃないわ。貴方は前からレオノーラのことばかりだったじゃないっ」

 シリウスは苦しそうに言葉を紡ぐ。
 レオノーラを支えてない方の手で自分のお腹を触りながら、彼はまっすぐベアトリーチェを見つめる。

「僕は、婚約者としての義務は果たしてきたつもりでした。それでも貴方が不満だったのなら、それは僕の落ち度です」
「そんな言葉で、私の4年間を簡単に済まさないで。あの日貴方に婚約破棄を告げられて私はっ──」

 ベアトリーチェは感情的に何かを言いかけたが、我に返ったようにそれを止めた。

「いえ、貴方にこれを言っても仕方がないわよね。貴方に責任はないわ」

 ベアトリーチェはフッと息を吐きながら言った。

「だって・・・」

 意味深に言葉を区切るベアトリーチェ。
 レオノーラとシリウスはそれに顔を見合わせた。

 ──何?

 そしてベアトリーチェは言った。



「だって、シリウス──貴方、義妹の魅了の力チャームで操られているだけだもの」




 周りのざわめきは先程と比にならない程だった。

「今なんと? 」
「魅了と聞こえたか? 」
「嘘だろ?」
「魅了の加護スキルだと」

 その大きなざわめきはなかなか収まらない。
 寧ろ、それは大きくなるばかりで──

 ──は?

 ベアトリーチェの言葉に、2人とも固まった。
 ベアトリーチェは哀れな生き物を見るような目でシリウスを見つめると、その後ろに視線を移す。


「そうですわよね。チェザーレ殿下」


 2人が振り向けば、そこには先ほど貴族達に奥へ連れて行かれたはずの王太子がそこにいた。


「興味深い話だな」


 笑顔なのに威圧感のある彼の笑みにレオノーラは背筋を凍らせた。



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