魔法の解けた姫様

しーしび

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本編

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 もし、“彼”が勇者だったら。

 そんなくだらない事を考えてしまうのは、きっと夜会で疲れているせいだとステファニアは寝返りを打つ。
 けれど、一度思ってしまったことは簡単に消えてくれない。

 もし、“彼”が勇者だったら、国は喜んで“彼”を迎えたに違いない。
 けれど、“彼”は勇者どころか、世界を滅亡へ導こうとした帝国の血を引く男。
 いくら“彼”がこの度の戦の英雄の1人だと言っても、全てが拭えるわけがない。
 特に、国王を殺した帝国への恨みは、この国では根深い。

 それに、そもそも“彼”が“彼”であるから、ステファニアと“彼”との今があるわけで、今の“彼”である所以が無くなってしまったら、それはステファニアが知っている“彼”と言えるのか。もし、今の“彼”と何かが違っていたら、この言葉として吐き出せずに滞っている“彼”に対する感情もなかったのだろうか──、そこまで考えてステファニアは体を起こした。

──意味が分からなくなってしまった

 元々思い悩む質ではないステファニアは頭を掻きむしった。
 ウジウジと考えるのは、貴族相手で既に間に合っている。
 ステファニアは、らしくもなく過ぎた事ばかり考える自分が情けなくて膝を抱き寄せた。

──私から切ったんだ

 勝手に結婚を決めてしまったのは自分だ。
 結婚しなければ継承権のない古くからの決まりにステファニアは抗おうとはしなかった。
 できるだけ問題を起こさずにスムーズにすることを選んだ。
 激しい戦いは、ステファニアのいろんなものを消耗させていた。
 待つことをやめてしまった自分に思い悩む権利もないと分かっていた。

 けれど、戻ってくると言った“彼”はこの国に足を踏み入れるどころか、知らせの一つも寄越さなかった。
 生き残る約束を果たしたかどうかぐらいは教えてくれてもいいのにと、不貞腐れた時期もあった。
 秘密裏にと届けられた勇者からの手紙が届いても、“彼”からは何もない。
 風の噂で、英雄である“彼”は教皇直轄の名誉騎士として新たな領地と爵位をもらったとか、崩壊した帝国の後始末をしているとか、帝国貴族の残党を追いかけているだとか、色々と耳にした。

 いや、本当は、ステファニアが望んで調べたことだ。
 勇者からも、忙しそうだけど元気にしているみたいだと教えてもらった。
 “彼”がどこで何をしているのか、ステファニアには正確な事が全く分からない。
 帝国や教皇領以外にも飛び回っているらしい。
 ステファニアの国の近くにも来たかもしれない情報だってある。
 けれど“彼”はこの国には来ない。
 来れるはずもないと分かっていても、“彼”の存在を望む自分がいた。

──こんなの、ジャコモにも失礼だ

 契約上の関係であっても婚約者を蔑ろにしていいわけではないのにと、ステファニアは膝に顔を埋めた。
 もっと自分は胸を張っていれると思っていたのに、と自信を無くしそうになる。
 きっとマリッジブルーというやつだと言い聞かせても、ふとした瞬間に“彼”との繋がりを探そうとしてしまう。

 おかしい。
 こんなの自分ではない。
 女々しいことなんて嫌いなのに。
 諦めたはず。
 覚悟だってあるはず。
 平和を取り戻そうとする街を見れば安心した。
 だから、今日も街へ向かったのに。
 いまだに彷徨っている感情はいつまでもステファニアの心を乱す。

「ああっ! 今悩むことじゃないだろっ! 」

 自分に喝を入れるためにステファニアは声を上げた。
 余計なことは考えるなと自分に言い聞かせるつもりで「だぁ! 」と意味のなさない声を出し、体を大きく伸ばし──

 その瞬間。

 ステファニアは何かを察知し、気配を消そうと身を縮こませ、息を止めた。
 じっと異変を感じたバルコニーの方を見つめる。
 けれど、特にいつもと変わらぬ光景。

──気のせいか? 

 そう思うも、何か気になり、ステファニアは音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。
 今日はかなり警備が厳重にしてあるが、人の出入りが激しい為、隙がないとは言えない。
 何より、常に命を狙われる立場であることは承知の上。
 ただ、残念なことに護身用の短刀の置いてあるサイドテーブルは少し距離がある。
 それを取るとなると、バルコニー側を注視できない。
 向こう側にいる護衛に危険を知らせるのが先か、相手への対処が先か。
 もしここまで暗殺者が来たとなれば、既に護衛たちは始末されている可能性もある。

 仕方がないとステファニアは手に魔力を込めて、そっとバルコニーに近づく。
 威力のある雷系の魔法なら、相手の動きを止めならが周囲へ危険を知らせることができる。
 それが一番効率がいいだろうと、ステファニアは無駄のない動きでバルコニーの入り口で立ち止まる。

──誰かいる

 近づいてはっきり感じる気配にステファニアは確信した。
 グッと拳に力を込め、魔法以外にも物理的に攻撃する気でいた。

 カタリと扉が開く音がした。

──いまだ

 ステファニアは少しだけしゃがみ込み、勢いをつけて侵入者へ拳を突き出す。
 暗闇で相手は見えずらいが確実に気配は読み取っていた。

 けれどその拳はあっけなく掴まれ、相手の魔力で押さえ込まれた。

「くっ」

 貯めていた魔力を放出させようとも、ステファニアより格上の魔力で丸め込まれびくともしない。
 それでもなんとかしようともう片方の手を振りかぶれば、「待ってくれ」と声と共に手首を掴まれた。

「何者だ」
「俺だ」
「そんなの分かるわけ──・・・」

 ふざけた返答をされたと思わず言い返そうとしたが、いつも遅れて動く頭がその声を知っているとステファニアに訴える。
 一瞬でステファニアの体から力が抜けた。

「お前・・・」

 ステファニアに攻撃の意思がないと分かると相手もその力を弱め、ステファニアを押さえつけていた魔力を解いた。
 ステファニアは震える手でそばにあった照明具に魔力を注ぐ。
 ステファニアの魔力に反応したそれは小さな明かりと灯し、相手の顔を照らした。

「ルーセル」

 美しい銀髪に、リンによく似たサファイアのような深い青。
 確かにそこにいたのは、ついさっきまで隣にいなかった“彼”だった。

「ルーセル」

 信じられなくてステファニアは“彼”の名を再度口にした。
 “彼”──ルーセルは、全てのものを魅了してしまいそうな双眸を細め、ステファニアが見慣れた表情を浮かべた。

「自分の力量を見積り過ぎだ」

 ルーセルは小言を始める時、いつもこの顔をする。

「お前・・・、それが一番に言うことなのか? 」
「君の場合、最初に言っておかないと機会を逃すことになる」
「なっ」

 1年ぶりの再会の言葉がそれなのかとステファニアは開いた口が塞がらなくなった。
 パクパクと音にならない声が出て、ルーセルの顔を見つめる。
 ルーセルは平然としていて、ステファニアは自分かおかしのかどうか判断に迷った。
 けれど、どうしてもおかしいのは相手にしか思えなくて、ステファニアは腹から息を吸い込む。

「お前っ──」

 けれどステファニアの言葉は、ルーセルの手に覆われてしまい最後まで口にすることができなかった。
 ルーセルは、ステファニアの口を塞いだまま、何かしらの魔法を展開しながらバルコニーに連れ出す。
 バルコニーの壁に潜めるように身を埋めたルーセルは、ステファニアの部屋の様子を探るように伺っている。ステファニアをその腕の中に囲った状態で。

 ステファニアは突然の状況にただ狼狽えるばかり。

 さっきまでステファニアはずっとルーセルのことを考えていた。
 ルーセルの面影ばかりを探して、自分の選択を後悔はしないにしても、ルーセルへの未練は断ち切れなくて──・・・

「いや、なんなんだよっ! 」

 やっぱり悶々と考えるなんて性に合っていないステファニアは、両腕を伸ばし、ルーセルのしがらみから抜け出す。

「大声を出すな。人が集まったらどうする」
「これぐらいで集まるわけないだろっ。私が声を荒げたりするのはいつものことだ。誰も気にしないっ! 」

 ステファニアがそう言い返せば、ブッとルーセルが吹き出した。
 ルーセルは、ステファニアから顔をそらし肩を振るわせている。
 面と向かっては笑ってこないものの、ルーセルは笑う素振りを隠そうとはしていない。

──なんなんだよ・・・

 再会を思い描いたことはないが、思い描いていたとしてもこうではなかったはず。
 ただ、いまだに笑っているルーセルの姿を見ていると1年前に戻ったようで、ステファニアは自然と体の力が抜けてしまった。

「お前、なんでここにいるんだよ」

 きっと先程のように慌てないルーセルの様子を見るに、きっと彼が展開したのは防音魔法かなんかだろうとステファニアは考える。
 幾分か落ち着きを取り戻したステファニアは避難めいた声でルーセルに問いかけた。
 ルーセルはしばらくの間、肩を震わせていたが、呼吸を整えステファニアの方を見る。

「約束を守りに来た」

 なんともない風な顔でそう言ったルーセル。

──なんで今更

 遅すぎるそれに、ステファニアの口が止まるわけなかった。

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