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第四章
残された時間
しおりを挟む朝になって目が覚めると、ここはどこだろうか、と考える。
現実なのか。
それとも天国なのか。
ここ数日で見慣れた部屋の天井が目に入ると、ああ、僕はまだここにいるんだなと、ほっと息を吐く。
比良坂すずの自室。
全体的に白っぽい部屋のあちこちには、女の子らしいパステルカラーのインテリアが並ぶ。淡い桃色のカーテンの外からは、強い陽射しとミンミンゼミの声が漏れる。
僕が死んでから十年目の夏。
僕はいま、比良坂すずの体の中にいる。
◯
「おはよう。美波」
約束の時間に家を出ると、すぐ近くに車を停めた凪が待っていた。彼はここ数日ホテルに泊まっているようで、こうして毎日僕に会いにきてくれる。
氷張川納涼花火大会の日から、すでに一週間ほどが経過していた。八月に入り、夏の暑さはさらに強まったように思う。
僕の記憶はまだ消えていない。
あとどれくらいもつのかはわからないが、今のところはまだこれといった変化がない。
けれど、きっとそう長くはないだろう——と、どこか本能的な部分で感じていた。
「予定通り、今日は桜ヶ丘に向かうぞ。……本当に良いんだな?」
二人で車に乗り込み、いざ出発という段になって、凪は改めてこちらに確認した。
今日はこれから、桜ヶ丘にある僕の祖父母の家へと向かう。
両親はすでに引っ越して僕の生家もなくなっていたが、そこから近い場所に母の実家がある。そこへ行けば祖父母に会えるかもしれないし、うまくいけば両親の行方もわかるかもしれない。
「うん。僕は行きたい。どんな反応をされるかはわからないけど……。それでもやっぱり、できることならもう一度母さんに会って、自分の口からちゃんと伝えたいんだ。十年前に僕が死んだのは、自殺じゃなかったんだって」
母と会って、真実を伝えたかった。人伝ではなく、自分の口で。
十年前の僕は、けっして自ら死を選んだわけではなかったのだと。
ただ不安なのは、今の僕が『愛崎美波』である証明ができないことだ。
比良坂すずの姿でいきなり訪ねていったところで、戸惑わせてしまうだけかもしれない。下手をすれば不審者扱いで警察に通報される可能性もある。そのときは比良坂すずに申し訳ないなと思う。
「不思議なんだけどさ。なんていうか……。もう時間がないって思うと、じゃあ死ぬまでにあれもこれもしなきゃって焦るんだよね。十年前に生きていたころは、色んなことを先送りにしていたのに」
単純だな、と自分でも思う。夏休みの宿題みたいに、期限が決められていればそれまでに終わらせなきゃという使命感が生まれる。
十年前の終業式の日もそうだった。
僕が片想いしていた相手のことは、中学一年の頃からずっと好きだったのに、結局、彼女が遠くへ引っ越すことになった三年の夏まで告白できずにいた。彼女が遠くへ行ってしまうから、これが最後のチャンスだと思ったときになってやっと、僕は行動に移ったのだ。
「俺も同じだよ」
と、凪はアクセルを踏みながら言った。車が動き出して、僕は慌ててシートベルトを締める。
「俺もさ、今のうちに、自分にできることをしたいって思う。美波がここにいるうちに、美波のためになることがしたいって。独り善がりかもしれないけど」
ハンドルを握る彼の横顔は真剣だった。いつのまにか大人になった彼は、あの頃よりもずっと頼もしく見える。
「ありがとう、凪。僕は良い友達を持ったみたいだ」
お世辞抜きで言ったつもりだったけれど、彼はフロントガラスを見つめたまま、返事はしなかった。
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