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第一章
逃走
しおりを挟む(うそだろ、おい……!)
一年生の教室が並ぶ廊下を、俺はひた走る。その後ろから、A組の連中が束になって追いかけてくる。
他のクラスでもほとんどがホームルームは終わっており、すでに廊下には多くの生徒が出てきていた。
「八尋くん……!?」
C組の前を通ったあたりで、一瞬だけ乃々の声が聞こえた。おそらくは俺の現状を見て驚いているのだろう。彼女を巻き込みたくはないので、俺は無視して廊下を走り抜ける。
やがて階段に差し掛かり、二段飛ばしで駆け降りていく。この時点で俺は息が上がり始めており、とても学校の外まで逃げ切れる自信はなかった。
(どこかに隠れないと)
俺の体力が切れる前に、どこか安全な場所に身を隠さなければ。
しかし入学したての高校の校舎は、勝手がよくわからない。どこにどんな部屋があって、誰が使っているのか。今朝のオリエンテーションだけでは把握するのは難しかった。
とりあえず一旦建物の外に出て、目についた隣の棟に入ってみる。しかしこちらは二年生の教室が並んでおり、どこへ行っても人が多く、息を潜められそうな場所はなかった。
階段を上れば上階で袋の鼠になる可能性があるため、一階部分を通り抜けてそのまま外に出る。そうして渡り廊下で繋がった別の棟にまた入る。
「くそっ……いつまで追いかけてくるんだよ!」
A組の連中ももはや息も絶え絶えだが、しぶとく後を追ってくる。
だが、いくつかの棟を行ったり来たりしている間に、やっと距離が空いてきた。
そろそろどこかの部屋に隠れたい。比較的ひと気のない廊下で俺は立ち止まり、辺りを見回す。
と、そこへまさかの背後から、右腕をぱしっと誰かに掴まれた。
「ひっ……!」
たまらず悲鳴を上げそうになったその瞬間。
俺の耳元で、鈴を転がしたような美しい声がした。
「しーっ。静かに……!」
小声で発せられた吐息が、俺の耳にかかる。
見ると、すぐ後ろにあったのはやけに整った顔。
「あんたは……」
肩下まで伸びる艶やかな髪に、美しく整った顔立ち。猫のような大きな瞳。
俺と同じA組に所属する女子生徒、水無瀬澪だった。
彼女はひと気のない教室の中から、少しだけ扉を開けて俺に手を伸ばしている。
「安心して。あたしはあなたの敵じゃない」
本当か? と疑いたくなるようなことを彼女は口にする。
けれど俺が反応に困っているうちに、どこからか複数の足音が近づいてくる。
「早く隠れて。こっち!」
水無瀬は俺の腕を引き、部屋の中へ引きずり込む。
逃げ場のない俺はされるがまま、彼女のそばへ身を寄せた。
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