君の屍が視える

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第3章

僕と君の関係

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          ◯


 どうして会えないのか、何かあったのか。
 なんて野暮なことを聞く勇気はなかった。

 彼女が自分から何も言わなかったところを見ると、きっと聞かれたくない理由なのだろう。

 あるいは、わざわざ伝える必要もないと考えたのかもしれない。
 僕らは別に特別な関係を築いているわけではないし、つい最近知り合ったばかりの間柄なのだから。

「はあ……」

 なんとなく気分が沈む。
 意味もなく、僕は今日もまたいつものカフェでサンドイッチを食べていた。

 いや、意味はなくもないか。僕はここに座って、逢生ちゃんが来るのを待っているのだ。
 彼女が来るのを、心待ちにしている。


       〇


 次の日も、また次の日も、僕は大学やバイトの帰りにカフェに寄った。
 けれど彼女はついぞ現れなかった。

 やがて土日が終わり、次の週がやってくる。


          ◯


 十一月に入った。
 スマホにはあれ以来何のメッセージも来ていない。

 SNSアプリを立ち上げ、友達のいない僕の『友達一覧』を開くと、そこには企業名前ばかりがずらりと並んでいる。
 その中から『橘逢生』の文字を探し出し、トーク画面を開く。

 僕が送った、「わかった」という短い返事を最後に、ぱったりと会話は途切れている。

 何か気の利いた言葉を掛けることができれば、結果は変わっていたかもしれない。けれど、普段から他人とのやり取りに慣れていない僕にはそれができなかった。
 文字を打とうとしても、何も頭に浮かんでこない。

 もどかしかった。
 それと同時に、不安な気持ちもあった。

 彼女と最後に話したのは、僕らの親のことだった。自殺の発端となっている、彼女の父親の話。

 ――私、家に帰ったらちょっと調べてみます。何かわかるかもしれませんから。

 家に帰って、彼女は一体何を知ったのだろう?
 その内容こそが、僕に会えない理由なのではないだろうか。

 僕はスマホに目を落とし、もう一度SNSを開く。
 画面の端には『通話』の文字が見える。

 僕は、一度深呼吸をして。
 それから、通話ボタンを押した。

 聴いたことのない呼び出し音を耳にしながら、彼女が応答するのを待つ。よほど緊張していたのか、自分の心臓の音が頭に響いている感覚があった。

 そうして、数秒が経った頃。
 プツ、と呼び出し音が止まる。

「もしもし」

 その声に、僕は今度こそ心臓が止まるかと思った。

 電話に出たのは逢生ちゃんではなく、男性の声だった。あきらかに年上、どころか、かなり年配の雰囲気がある。
 まさか掛け間違えたのか。

「す、すみません。間違えまし――」

「守部結人くんか?」

 見知らぬ男性から自分の名を言い当てられて、僕は戸惑った。

「……はい。そう、ですけど」

 あなたは? と聞き返したいのも山々だったが、こちらから掛けておきながらそれを言うのは気が引けた。
 男性はさらに続けた。

「母親の名前は、守部 ともえさんか」

 その言葉に、僕は絶句した。

 なぜここで僕の母親の名前が出て来るのだろう。

 様々な憶測が頭を駆け巡り、僕が黙っていると、痺れを切らしたのか男性は再び口を開いた。

「君は、うちの逢生とはどういう関係かな」

 逢生ちゃんの名前が出てきたことで、僕は考えを改めた。
 この電話の相手は、彼女の家族――共に暮らしているという祖父なのではないかと。

「あ、あの。……えっと」

 相手の正体に気づいたことで、少しは話す勇気が出てきたのに、いざ質問に答えようとすると、どう言えばいいのかわからなかった。

 逢生ちゃんとの関係。
 僕たちは、一体どういう関係なのだろう。

 友達、と言っていいのだろうか。
 今まで僕に友達なんていなかったのに?

 なら、知り合いと言えばいいのだろうか。それもなんだか投げやりな感じがする。

「答えられないような浅い関係なのか?」

 詰問するような声色で、男性は言った。何か怒っているのかもしれない。
 僕の喉はカラカラに乾いていた。

「中途半端に関わるようなら、うちの逢生とはもう会わないでほしい」

 有無を言わさぬような、力強い声だった。

 中途半端に関係を持つこと。
 それは、僕が最も忌み嫌っていたはずのことだ。

「……すまない」

 男性は最後にそう、掠れた声で言った。
 そうして強制的に、通話は切られた。

 何も聞こえなくなったスマホを、僕はしばらく無言で握りしめていた。

 逢生ちゃんに何があったのだろう。
 彼女の祖父は、何を思ったのだろう。

 そして、何より。
 僕は一体何をしているのだろう? ――その疑問が一番大きかった。

 初めて彼女と会ったとき、自殺しようとしていた彼女を、僕は無理やり引き留めた。そうして強引に約束を取り付け、何度も彼女に会おうとした。

 それだけのことをしておきながら、いざ関係性を聞かれると、すぐに答えられないなんて。電話で告げられた通りの、中途半端な男だ。

 情けない。
 こんな中途半端な僕が彼女と関わりを持とうとするなんて、思い上がりも甚だしい。
 やはり僕は、これ以上彼女と関わらない方が良いのだろうか。

 ――関わりを持つのなら、最後まで。

 脳裏で、母の言葉が蘇る。

 ――それが出来ないのなら、最初から関わりを持つべきじゃないわ。

 最初から、関わらない方が良かったのかもしれない。

 けれど。

 たとえ短い間だったとしても、彼女と作った思い出。それを忘れることなんてできない。

 僕はもう一度電話を掛け、再び応答した彼に言った。

「お願いです。住所を教えてください。これから、会いに行きます」
 
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