35 / 62
Chapter #3
フリーダムな教室
しおりを挟む翌日。
放課後に舞恋と会う約束を取り付けて、私は授業に臨んだ。
昨夜はほとんど眠れなかったせいであくびが止まらない。
しかも今日は抜き打ちの小テストがあり、静寂の中で眠気と闘うのはなかなかの苦行だった。
例によって問題文はどれも子ども向けレベルで、私は一瞬にして空欄を埋めてしまう。
残り時間はまだまだあるし、もういっそ寝てしまおうかな、なんて考えていると、
「Hey, Misaki.」
と、急に隣の席のフィリピン人男性から声をかけられた。
まさかテスト中に話しかけられるとは露にも思わなかった私は、驚いてそちらを向く。
すると、隣からまっすぐにこちらを見つめてくる彼は先生にバレないよう小さな声で、
「Tell me answers, please.」
答えを教えて、とまさかの要求をしてきた。
「えっ……?」
思わず固まった私の手元へ、彼はノートの切れ端のようなものを滑らせてくる。
見ると、その表面には③、④、と数字だけが書かれていた。
おそらくは三問目と四問目の答えを教えろということだろう。
(これってアリなの……?)
テストで隣の席の男子に答えを教えてあげる、なんていうシチュエーションは少女漫画でも発生しない珍イベントだろう。
もはやカンニングというレベルではなく、いっそ清々しい程の堂々とした不正行為だ。
呆気に取られたものの、しかし頼られるということ自体は悪い気はしない。
幸い先生もこちらの動きに気づいていないようだし、どうせならこういったことも今のうちに経験しておこうかな、と思う。
きっと、日本に帰ったらもう二度と経験できないだろうから。
私は指示通りに二つの問題の答えを書き、彼に返した。
「Thanks.」
ニカッと嬉しそうに笑った彼は、すぐさまテスト用紙にそれを書き写した。
(本当に自由だなぁ)
日本では考えられないようなことが、こうして毎日のように起こる。
面白くて、貴重な時間。
それがもうじき終わってしまうのかと思うと、途端に名残惜しくなってしまう。
日本に帰ったらもう、こんないい年して子どもみたいなクラスメイトには会えないし、腕毛のたくましい先生にも会えないし、スコットの下ネタも聞けなくなる。
……まあ、それはどうでもいいか。
一番の心残りはやはり、カヒンに会えなくなることだ。
彼は、私が日本へ帰った後も、私を好きでいてくれるだろうか。
昨日のオリバーの件もあるし、心配事ばかりが増えていく。
不安を拭えないまま昼休みになり、私はいつものようにスージーと二人でお弁当を食べた。
私が元気がないのに気づいたのか、彼女はおやつに持ってきていたティムタムを分けてくれる。
お言葉に甘えて一枚頬張ると、途端にチョコの甘ーい味が口の中に広がって、ほうっと息を吐く。
何度食べても罪な味だ。
スージーも少し前からティムタムにハマっているようで、ここ数日は休憩時間ごとに口に放り込んでいる。
心なしか、顔の輪郭がほんのりと丸みを帯びてきたような気もするが、私の気のせいだろうか。
そういえば、舞恋も最近ダイエットしていると言っていたっけ。
オーストラリアに来てから、私も食事の量は明らかに増えている。
あまり気を抜いているとすぐに太ってしまうかもしれないので、気をつけねば。
午後の授業では、とあるテレビ番組を見ることになった。
海外で有名なクレイアニメらしい。
どう見ても対象年齢が幼稚園から小学校低学年くらいの、動物を主人公にした可愛らしい子ども向け番組だ。
二十歳前後の学生から四十代の子持ちまで、いい年した大人がこんな平和なアニメを真剣に見ている様はシュールだった。
けれど、このクラスの英語レベル的に考えるとまさにこれくらいが丁度いいのだろう。
ただでさえ寝不足で睡魔に襲われる中、お腹いっぱいの状態でこの映像を見せられるのは拷問に近かった。
たまに手の甲をつねったりしながら何とか眠気と闘い、やっとのことで残り十分ほどというところまで来たとき、何の前触れもなく教室の扉がガラガラと開かれ、私の眠気は吹っ飛んだ。
見ると、扉から入ってきたのはサウジアラビア人の青年だった。
このクラスで一番のお調子者。
今朝から授業を欠席して姿を見せなかった彼が、まさかの残り十分というタイミングで登校してきた。
これには先生も苦笑いで、
「Hey, the class is almost over.」
授業はもう終わりよ、と言うと、それを聞いた彼は悪びれる様子もなく、
「Good morning.」
おはよう、と爽やかに挨拶する。
しかも、彼の身なりはなぜか全身真っ白な民族衣装だった。
本人曰く、今日はこれからお祭りがあるらしい。
てっきりお祭りの後にそのまま来たのかと思えば、まさかのこれからだった。
(フリーダムすぎる……)
何事にも動じない、さすがのメンタルだった。
私も見習いたい。
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~
みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。
ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。
※この作品は別サイトにも掲載しています。
※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる