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Chapter #4
会えない
しおりを挟む「みさきち、今ちょっといい?」
大学の昼休み。
ふらりと食堂の方へ立ち寄った私に、舞恋が声をかけてきた。
その顔は明らかに不機嫌さを露わにしている。
何? とそれとなく返したものの、これからどんな話を振られるのかは大方予想がついていた。
「カヒンと何かあったでしょ」
指摘されて、やっぱりそれか、と思う。
「何かって?」
「とぼけないでよ。私だって彼の連絡先ぐらい知ってるんだから、何かあれば私の耳にも情報は入ってくるんだよ」
「カヒンに聞いたの?」
「カヒンと、ともひろ」
その名前もまたか、と思う。
ともひろという日本人は舞恋の元クラスメイトであるのと同時に、カヒンの知り合いでもある。
二人はもともと面識がなかったようだが、舞恋の友人同士ということもあっていつのまにか繋がりが出来たらしい。
さすがにしらを切るのは難しいと判断した私は、仕方なく舞恋に従って二人で昼食のテーブルに着く。
「で? なんでカヒンにあんなこと言ったの?」
「飛行機の話?」
学食のオムライスをスプーンで突きながら私が聞くと、
「飛行機をキャンセルしろって言ったのもそうだし、日本に来ないでって言ったのもそう!」
と、舞恋は手元のハンバーグにフォークを突き刺しながら言う。
「なんで急にそんなこと言い出したの? カヒンはさ、みさきちに会うためにすっごく頑張ってるんだよ。日本までの旅費も自分で稼いでさ、最近は働き過ぎで勉強時間が減って、クラスのランクもちょっと下がったらしいし。こんな優しい彼氏なんてそうそういるもんじゃないよ。なのにどうして——」
「だからだよ」
舞恋の声を遮り、私は語気を強めて言った。
一瞬だけ周りが静かになったような気がしたけれど、構わず続ける。
「カヒンが優しいなんてこと、私だってよく知ってるよ。気配りができて、私を喜ばせることをたくさんしてくれて、私がどんな態度をとっても笑って許してくれる……本当に、私には勿体ないくらい優しい人なんだよ。だからこそ、これ以上彼に迷惑をかけたくないの。私と一緒にいても、きっと彼は幸せにはなれないだろうから」
言いながら、胸の奥でカヒンとの思い出が蘇る。
ブリスベン空港で初めて会ったときのこと。
プレイスメントテストの日に『ガンバッテ』と言ってくれたこと。
電話をかけたらすぐに会いに来てくれたこと。
一緒にお祭りへ行ったこと。
ゴールドコーストや遊園地にも行ったこと。
そして、一緒に遊んだ帰りはいつも、必ず家まで送り届けてくれたこと。
どれもこれも、優しい思い出ばかりだ。
そして、彼からこれだけたくさんのものを与えられていながら、私は何一つお返しすることができなかった。
「私は……彼の足枷になりたくないの。私のために、彼が勉強を疎かにしたり、働き詰めで体調を崩すなんて嫌。私なんかのために、これ以上彼を犠牲にしたくないの」
「犠牲って、そんな大袈裟な……。何もそこまで自分を卑下することないじゃん」
舞恋は顔を引き攣らせながら、それでも負けじとこちらに問いかける。
「なら、カヒンの気持ちはどうなるのさ? 彼がそうやって優しくしてくれるのは、みさきちのことが好きだからでしょ? 今回の日本行きだって、彼がみさきちに会いたいから来るんでしょ? そんな彼の気持ちを、みさきちは踏みにじろうっていうの?」
彼の気持ち。
それに関しては本当に申し訳ないと思っている。
私だって、自分がもっと立派な人間なら、彼の気持ちを真正面から受け止めたかった。
「みさきちだって、別にカヒンのことが嫌いになったわけじゃないんでしょ? お互いに好き同士ならさ、わざわざ自分から離れようとしなくたっていいじゃん。彼のこと、今でも好きなんでしょ?」
「大好きだよ」
私は即答した。
好きに決まってる。
あんなに心優しく誠実な人を、私は他に知らない。
「でも、好きだからこそ……私はもう、彼には会いたくない。もし彼が日本に来てくれたって、私は絶対に会いに行かないから」
言い終えるなり、私は残りのオムライスを一気に口の中へ掻き込むと早々に席を立った。
「ごちそうさま。先に行くね」
「ああちょっと、みさきち!」
話に夢中で箸が止まっていた舞恋の前には、ハンバーグ定食がそっくりそのまま残っている。
「待ってってば。ちょっと! カヒンは絶対飛行機に乗って来るからね! みさきちが会いに行かないなら、私が力ずくでも引き合わせてやるから!!」
何とでも言えばいい。
彼女の言う通り、カヒンはきっと日本へ来るだろう。
けれど私は会うつもりはないし、家の住所だって教えていない。
せっかく高いお金を払って日本まで来たというのに、結局は無駄足になってしまう。
さすがの彼も、今回こそは私のことを許さないだろう。
(きっと嫌われちゃうだろうな……)
想像するだけで胸が痛む。
けれど、これでいいのだ。
むしろ嫌いになってもらった方が、カヒンも私のことを引きずらずに済むだろう。
私のことなんかすっぱり忘れて、彼には幸せになってもらわないといけないのだから。
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